第9話 過去への旅路

ポツポツとにわか雨。神様が怒っているような曇天どんてんだ。


「雨か……」


車の窓から空を見上げながら八重はつぶいた。


「なぁ八重。道の駅寄っていいか?トイレしてぇ」

「いいぞ。俺ものどが渇いたし」




時雨を光に預けて八重は時雨が長く住んでいたらしいの家へと向かっていた。場所は徳島県の日和佐ひわさ町。さびれた街並みが目につくどこにでもあるような田舎いなかだ。


平日だからというのもあるが人はかなり少ない。数少ない住人もほとんどが老人。これでは将来が心配になる。


田舎いなか特有のあわい雰囲気は感じるものの、よくある田舎いなかせまいコミュニティやら、異常な風習などは一切見つからない。ただの田舎いなかだ。


「……静かだな」


缶コーラを飲みながらつぶやく。こんな時にコーヒーを飲めたらかっこいいのだろうが……残念なことに八重はコーヒー系統が苦手だ。カフェオレすら飲めないくらいに。


「ここで時雨は育ったのか……」




光と電話していた時。八重は時雨の実家の住所を聞いていた。


日和佐ひわさかぁ……ド田舎いなかだな」

『徳島なんてどこもそうでしょ』

「違いないな。明日行ってみるよ」

『時雨はどうするのよ』

「頼んだ」

『頼んだって……』

「時雨も俺ばっかより、付き合いの長いお前にも会いたいだろうし」

『まぁ私も会いたいけどさぁ』

「……本音を言うとな。時雨のことが嫌になったわけじゃないんだが、流石の俺も介護は疲れるんだよ」

『船乗りなのに?』

「船乗りでもだ」


電話の奥で光が笑う。


『倒れられる方が困るしね。わかった、いいよ』

「ありがとう、本当に助かるよ」

『気おつけてね』

「おう。警察にバレないように不法侵入してくるよ」

『そっちもだけど――なんか嫌な予感がするの』




嫌な予感など当たり前。これからいい事が起こるわけがない。覚悟はとっくにできている。


「――おーまた」

「うぃ」


――弦之介げんのすけには何も説明してないが。


「というかさー。そろそろ教えてくれよ。どこに行くんだ?」

「時雨が昔住んでいた家だよ」

「時雨ちゃんが?」


弦之介の車に乗り込みながら話す。八重は免許めんきょを持っていない。なので弦之介に頼んで車を出してもらった。汽車で行ってもよかったが、金がかかるのを八重は嫌った。


ちなみに徳島県には電車がない。……だからどうしたって話だ。


「なんで?」

「ちょいと気になってな。時雨は昔のことを話したがらないし。今の状況で昔の話なんかしてみろ。また包丁を首に刺しかねん」

「そもそもなんで時雨ちゃんの昔を知りたいんだよ」

「……夢を見るんだよ。時雨の過去っぽい夢」

「ふぅん……どうせ今日は暇だったからいいけどよ」


壁スレスレで右にハンドルを回す。重力と恐怖がしんぞうに触れた。


「……もうちょっと安全運転で頼む」

「文句言うな。これがロックってやつだ!」

「『ロック』はなんにでも使える便利な言葉じゃないぞ」




道のはしに車を止める。


「――ここが、か」


――崩れそうな屋根。かわらは所々がれている、今にもすべり台のようにすべって落ちてきそうだ。


木造もくぞうの壁。放置されてきたからか、かなりくさっている。木の柱もだ。こうなってしまってはつぶれるのも時間の問題だろう。


手入れもされてないので庭は草だらけ。どれもこれも八重の腰までの長さはある。



「よし」


軽い準備体操をしてへいによじ登った。


「ちょ、お前なにしてんだ!?」

「家に入るんだよ」

「それって不法侵入ってやつじゃないか?」

「うん」

「は、犯罪じゃねぇか……」

「バレなきゃ犯罪じゃないんだよ」


地面に飛び降りる――嫌な感覚が足から脳へと伝わった。


「うぇ……土がくさってるな」


――それだけじゃない。嫌な感覚は足だけじゃない。背筋が凍るような。まるで


「――ふぅ!」


両頬りょうほほを叩く。


「行くぞ弦之介!」

「ま、待てよ八重。やっぱり危険なんじゃ……?」

「なんだよビビってんのか?」

「ビビってるって言うか……なんというか……」

「こういうのも『ロック』だろ?」

「……はぁ。分かったよ」


弦之介はへいつかんだ――が、登れない。何度もジャンプするが全然登れない。


「運動不足め」

「うるせぇな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る