第8話 時雨の謎

――数日後。


「ごめんなさい。ごめんなさい……」

「安心しろ。時雨は何も悪くないから」


時雨の容態ようだいは変わらず。病院に連れて行っても『経過観察ですね』としか言われなかった。結局は自宅療養りょうようである。


そんな時雨を介護するために八重は仕事を休職した。24時間一日中ずっと時雨の隣。いくら時雨を愛してるといっても、人間である以上は肉体的にも精神的にも疲れが溜まってしまう。


「ごめんなさい……私が……私が悪いから……」

「時雨……」

「もう幸せになろうとは二度と思わないから……」

「…………?」

「だから……もう誰も……



あの日からずっと変な夢も見続けている。


ある日は時雨が小動物を殺している夢。

ある日は時雨が子供を虐めている夢。

ある日は時雨が窓ガラスを割っている夢。

ある日は時雨が人を殺している夢――。


そんなことをするような人じゃないことは一番知っている。そのはずだ。


しかし毎日ずっとこんな夢を見続ける。ということは、八重も心のどこかで何か時雨に対する違和感を――。


「――――違う。そんなわけがない」


八重は断言できた。自分が時雨を疑うような真似は決してしないと。


じゃあなんで変な夢ばかり見続けるのか。もしかすると――なにかの予兆かもしれない。それとも神からのお告げかもしれない。


何にしろ行動に移す。早速行動を開始した。




「――あ、もしもし?」

『もしもし?』


時雨が眠っている間。八重はてるに電話した。


『時雨はどう?』

「元気……とは言えないな。今は眠ってる」

『そう。何かできることがあれば言ってね』

「ありがとう。助かるよ」

『あんたのためじゃないよ。全部時雨のため。勘違いしないでよね』

「ははは、キツい言葉だな」

『ツンデレってやつよ。またなんかあったら連絡して。すぐ駆けつけるから。それじゃ』

「おう。ありがとう――待て待て待て。電話したの俺からだぞ。要件くらい聞け」


電話の奥で笑っている光にジト目で抗議する。


『ごめんごめん。ちょっと気を使ってあげたの。……疲れてるでしょ?声だけで分かるよ』

「疲れがどうした。痩せ我慢こそ日本男児のほまれだよ」

『無茶しちゃダメだよ。あんたが時雨を支えてあげないといけないんだからね』

「……わかった」

『それで何の用なの?』


八重は時雨の頭をでながら話す。


「――お前。時雨と付き合いが長いんだろ?」

『まぁ、うん』

「小さい頃はどんなだった?」

『どんなだったって……今とあんまり変わらないよ。無口でひかえめ。友達は私とくらい。――でも人には好かれやすかったわね。無口なわりには』

「そうか……」

『……どうしたの?』

「……お前に言ったら怒るかもしれない」

『聞かせて』

「実は――」



――八重はここ最近ずっと見ている夢のことを話した。


「――ってことなんだ。もう本当に自分が情けなくてな。疲れてるにしても最悪すぎる」

『――それ。私も同じ』


帰ってきたのは意外な答えだった。


「同じ?」

『私も同じような夢を見てたの。時雨が兎を殺す夢。しかも小学生の時にクラスで飼ってたって兎』

「お前もかよ……」

『……実はね。その兎は……誰かに殺されてたんだよ』

「――は?」


また予想外の言葉だ。思わず聞き返す。


『だから私も一瞬だけ思っちゃったの。もしかしたら……って』

「そんなことするわけないだろ時雨が!」

『うん。私も同じ意見。おかげで鼻が痛い』


偶然なのか。こんな偶然がありえるのか。嫌な妄想――をする前に自分を殴った。


「――時雨がそんなことをするわけない」

『そりゃそうだよ』

「だけど同じ夢を見るのは偶然とは思えない」

『それは私も思ったんだけど……だから何?って話になるんだよね』

「思うにだ。どんな理由であれ、時雨のが関係してくるのは確実だろ?」

『うん』

「なら簡単だ。――時雨の過去を調べる」

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