お前に『幸福』は似合わない

アタラクシア

序章 雨模様のパジャマの少女

第2話 幸福な毎日を

八重が時雨と出会ったのは大学一年生の時だった。初めて受けた講義こうぎ。その隣の席に時雨は座っていた。


最初は特に会話もなかった。だが次の日も、そのまた次の日も。狙っているかのように2人は隣り合わせで座っていた。


次第しだいに会話が生まれてくる。次第しだいに仲が良くなってくる。次第しだいに意識し始める。


温厚でおしとやか。ひかえめなところも八重の好み。対する時雨も、八重の元気で明るい所に好意を抱いていった。




「僕と結婚してください……『こちらこそお願いします』……ふふ」


ショーケースに並べられたネックレスを見ながら、少々気持ちの悪い笑みを浮かべている――と、八重のスマホが振動した。


「おわっ!?」と声を出しつつスマホの画面をのぞく。映し出されたのは『兄貴』の文字。


『――もしもし?』

「なんだよ兄貴」


それは4歳離れた兄からの電話だった。


『光ちゃんから聞いたぞー。告白、成功したんだってな』

「まぁ一応」

『やるじゃねぇか。まさか弟に先されるとは思ってなかったぞ』


兄弟の関係は良好りょうこう。昔から仲良しだ。――しかし光といつ知り合ったのかは疑問だ。

(……考えても仕方ないか)

そこについては特に触れない。


せきはいつ入れんだ?』

「未定だよ。ご両親からの了承が得られてなくて」


まだ告白してOKを貰っただけだ。むしろ本番はこれから。初めて時雨の両親に会った時はもうそれはそれは――。


昔ながらの頑固がんこ親父!……って感じで八重はふるえ上がった。ぶっちゃけると苦手ではあるのだが、流石に挨拶あいさつに行かないわけにはいかないだろう。憂鬱ゆううつだ。


『……男はガッツだ。きちんと真摯しんしに頼めばご両親も納得してくれるさ。可愛い嫁さんのためにも頑張れ』

「んなり来りなことを言われてもなぁ」



歩きスマホ。それも店内。通常ならダメ一択。他に客がいないからこそギリギリ許されている迷惑行為めいわくこういをしながら歩いていると、ひとつのネックレスの前で立ち止まった。


目を惹かれたのだ。黄色のダイヤモンドが付いたネックレス。シンプルながらも美しく、ひかえめでありながらも目が離せない力強さ。


自分の心の中にある時雨の様相にピッタリのネックレスを見つけたのだった。まさに運命的な出会いだ。


「これ……いいな」

『どうした?』

「ネックレス見つけてさ。黄色の……ダイヤモンドか。時雨にすげぇ似合いそう」

『そうかぁ?時雨ちゃんは水色とかの方がいいと思うけど』


なんて言われるも、決めた心は揺るがない。ダイヤモンドに反射する自分の顔がキラリと光った。


「……」


しかし躊躇ためらう。躊躇ためらう理由はネックレスの下にあった。


「13万……」


買えなくはない。だが手軽に出せる値段でもない。


『――誰かが言った』

「どした?トリコでも見てんのか?」

『悩む理由が値段なら買え。それ以外ならどんなにお得でも買うな……ってな』

「……名言をどうも」


――決まった。悩んでいた心が『買う』と決定を付ける。金なんて削ればいくらでも集められる。愛する時雨のためなら金の問題などでもない。


「予約……しとくか」


ネックレスをつけた時雨……ベールを付けている時雨……ほほを赤くしている時雨……。止まらない妄想にひたりながら、八重はネックレスを眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る