序章 雨模様のパジャマの少女

第1話 愛の捜し物

BEASTビースト』と書かれた看板かんばんかかげているファミレスがある。地元で愛されている店。雰囲気もラフな感じだ。


子供を連れた夫婦が楽しそうに話しながらビーストに来店する。この場所が目的というより、『目的地に行く前に昼飯を済ませる』のが目的のようだ。


休日のランチタイムなので人が異様に多い。子供は走り、その親が追いかける。あわただしく動くウェイター。だんしょうだんしょうしている主婦たち。さわいでいる大学生。


店内で流れている流行はやりの曲は騒々しい人々の声にかき消されている。だが耳を傾ければ音楽は楽しめる。――男はそれを楽しんでいた。




日差しの当たる角の部分。提供ていきょうされていたハンバーグをぎこちないナイフで切り、口へと運ぶ。シンプルなハンバーグだ。うまみで口が満たされる。


肉汁にくじゅうのどはうるわない。しかし心は満たされた。氷をカランと鳴らしながらコップのオレンジジュースを奥に流し込む。


美味い肉汁にくじゅうだが口の中に残り続けるのもアレだ。冷たいジュースが油を喉へと押し流す。


「……ふぅ」


満足そうに息をつく。それほど高い物じゃないが、腹と心を満たすのには十分だ。



この男――叢雲むらくも八重やえはとても気分が良かった。ハンバーグを食べたからではない。つい先日、彼女である青谷時雨あおたにしぐれへのプロポーズが成功したからだ。


夜の浜辺。黄色に近い砂の上で。さざなみの音を聞きながら。なんてロマンチック。成功すればもっとロマンチックだ。


告白の言葉はシンプルに『結婚してください』だ。周りがロマンチックならば、告白の言葉はあえてシンプルなのがいい。


今思うと恥ずかしいことではある。だが成功した。時雨も喜んでいた。恥ずかしかっても後にはいい思い出となるだろう。だから今は思い出となるまで楽しみに待つ。



さて――思い出よりも先に待っていた人が来た。時雨じゃない。時雨の幼馴染おさななじみである有馬ありまてるだ。


黒髪のセミロング。手入れされて真っ直ぐに伸びた髪はシルクのように美しい。歩く度に揺れる髪は目を引き寄せられる。


身長は151。小柄な体で端正たんせいな顔立ち。男にモテる要素ようそは多い。が、性格が少し問題だ。端的たんてきに言うと喧嘩けんかっぱやすぎる。人にあおられたり、悪口を言われたりすると、秒で手が出てしまうのだ。


ギャップえ……にも限界がある。なので温厚で静かな時雨と彼氏の八重くらいしか、まともな友達はいない。



「よ」

「ん」


軽い挨拶あいさつをしながら八重の前の席に座る。手に持っていたバックを横へ置き、額ににじんでいた汗をハンカチで吹いた。


「なに」

「成功した」

「良かったじゃん。おめでと」


告白の前には光に助言を貰っていた。だから告白したことを光は知っている。


「昼飯は?」

「食べた」

「なんか頼む?」

「ポテト」

「オッケー」


呼びりんを鳴らした。



「それで?私になんの用?まさか……いきなり浮気?」

「なわけないだろ。お前と付き合ったらDVされそうだし」

「あ?」

「ごめん」


優しそうな男性の店員に『ポテト1つ』と頼む。プログラム通りに反復し、キッチンの方へと歩いていった。


「いやさ。もうちょっとで時雨の誕生日じゃん。だから何を渡そうかなって」

「いつも普通に渡してたじゃん」

「そりゃ渡してたけども。彼氏彼女の関係じゃないんだよ?もう夫婦だ。普通のものを渡すのもな……って」

「そんなん言われてもねぇ……私は結婚してないし」

「俺より付き合い長いだろ?」


「まぁそうだけど」と、ちょっと嬉しそうに頬をポリポリとかいた。


「……八重が選んだ物ならなんでも嬉しいと思うよ」

「そーんなありきたりな答えは求めてない」

「あ?」

「ごめん。助言ありがとう」


謝るのが早い。早押しクイズでもこの早さはなかなか見ないだろう。


「――そーいや『ネックレスとか欲しい』みたいなこと言ってたかも」

「ネックレスか……ちょっと探すか」

「時雨なら青色のとか似合うよ」

「高いよなぁ。ついこの前に指輪ゆびわを買っちゃったからなぁ」

「あんた船員でしょ?金は余ってるんじゃないの?」

「そりゃそうだけどさぁ。金は無限むげんにはいてこないんだよ。結婚式の費用とかもあるしさ。……御祝儀ごしゅうぎいっぱい頼むな」

「はいはい」


――光は外を眺めた。空はまだ晴れてはいるものの、不穏ふおんな厚い雲が顔をのぞかせ始めている。


「しっかし……時雨が結婚かぁ」

「なんだよ。盗られるのが悲しいか?」

「うるさい」


店員が皿に盛られたポテトの山を机に置いた。


「――時雨を幸せにできなかったらぶん殴りにいくからね」

「それは逆に説得力がないな。そんな状況になったら俺の事殺しにくるだろ?」

「私のことわかってるじゃん」


時雨に釣られて八重も窓の外をながめる。太陽が雲に隠れていたが、八重はとても暖かい気分に包まれていた。

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