お前に『幸福』は似合わない

アタラクシア

プロローグ

第0話 夢想

「違う」


赤黒くなった部屋で少女は座り込んでいた。年齢は10歳くらいだろうか。真っ赤なカチューシャをしている。


「違うよぉ」


血まみれになっている包丁。振り上げて落とす。その先は――まだ小さなすずめであった。


もはや原型など無くなっている。腸はミンチになり、肉はスクランブルエッグのように粉々になっている。


それでも――少女は包丁を振り下ろすのを止めない。


「違う……違う」


何度も。何度も。何度も――。


部屋に誰かが入ってきた。少女の母親のようだ。


時雨しぐれ――あなた何をしているの!?」

「お母さん……」


少女が振り向く。母親は酷くおびえた表情で自分の娘を見ていた。


「この子。違うの。私はもっと大きいの。これとか、これ」


少女はミンチになった内蔵を指さす。


「羽も生えてないし。もっと硬いし」

「なに……何を言ってるの……!?」

「直さないと。私と同じように」


母親は腰を抜かしていた。自分の子に対して。自分の子が完全に狂っていることにおののいて。恐怖して――。


「――足りない」

「え……?」

「足りない。直すにはもっといる」

「もっと……いる……?」

「もっと。もっと。もーっといる。――ねぇお母さん」


少女は揺らりと立ち上がった。包丁をにぎりしめたまま。そのまま母親の元へと歩み寄る。


歩幅はごく自然。本当にに歩いていた。千鳥足ちどりあしでも、ぱらいのような動きでも、ましてや幽霊のような動きでもない。ごく普通の少女のように。


「いや――来ないで――!」

「お母さん。ちょうだい」


――母親は後ずさりするも、少女の歩みの方が速かった。


「あの子を同じにしてあげるの。ねぇ――ちょうだい」


包丁を振り上げる。赤色に光った刃は母親へと落とされた――。

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