第3話


「おかしいよ……。だって朱宮さんは……、もういないんだよ……?」


 浮かない表情の真中さん。

 まるで間違いを犯した人に対して諭すように、ボクを真っすぐ見つめている。

 でも、真中さんが何を言っているのかは理解できなかった。

 

 ドクン、ドクン


 胸の奥が騒がしい。

 

 ボクは冷静を装いながら反論する。


「おかしいって、何が? おかしいのは真中さんだよ。だって、結葉はいつもボクの隣にいるんだから」


 そう。

 学校に行かなくなってからも、結葉はずっと側にいてくれた。

 ボクがどんなに情けなくて、だらしなくても、ボクを優しく抱きしめてくれた。


 ……何かがボクの中から飛び出そうと暴れている。


 やめろ……。出てくるな……。


 目をつぶり、なんとか抑え込む。


 一方の真中さんは、ボクの返答に納得がいかないようで、


「違うよ! 朱宮さんは亡くなったの……。武田さんはそれを受け入れられなくて—————」

「そんなこと分かってるんだよ!」


 ドバァァァ!


 せき止めていたものが一気に決壊する。

 流れ出したものが止まらない。止められない。


「結葉が死んだ? そんなこと分かってるよ。先生が話したときにボクもその場にいたんだから。知らない訳ないだろ!」


 落ちていたウィッグを蹴り飛ばす。

 結葉の髪型に寄せたウィッグを。


 でもすぐに罪悪感が込み上げ、急いで取りに行き、抱え込む。

 背を向ける状態になってしまったため顔は見えないが、恐る恐る真中さんが尋ねてきた。


 正面に向き直し、質問を聞く。


「もしかして……、廣部さんが襲われたっていう事件は……」


 ボクの目ではなく、下の方に目を向けている。

 その視線の先を確認すると、自分の手に血がついていることが分かった。

 おそらく、さっきの男の血だろう。


「そうだよ。ボクがやった。ケイ先輩が階段から落ちたのも、先生の車が壊されたのも全部ボクだ」

「どうして、そんなこと……」

「どうして? だって結葉はあいつらに殺されたんだよ? このメッセージを見て」


 ポケットからスマホを取り出し、最新のメッセージ履歴を見せる。



『ごめんなさい 許して』

『私たち、出会わない方がよかったのかな』

『ごめんね 柊』



 力が尽きたかのように、スマホを持っていた手をだらんと下げる。


「いつもは気だるそうだけど、ボクのことをいつも思っていてくれて、守ってくれて、優しかった子が、こんなメッセージを最後に残したんだ。元をたどれば全部ボクが弱いのが悪い。だから、ボクだけを傷つけてくれればそれでよかった。でも、あろうことか結葉まで追い込んで……」


 さらに強くスマホを握りしめる。


「私も助けてあげられなかった。ううん、助けなかっただけかもしれないね。私も同じようなことをされると思ったら怖くて……」

「それが正解だよ。でもボクは我慢できなかった。こんな理不尽な世界に彼女を殺されたんだって思ったら、無意識に身体が動いた。きっと結葉はボクの中にいて、ボクに敵を討ってほしいって思ってるに違いない。だから結葉に成り代わって復讐することにした。……ボクは正しいことをしたんだ!」



 ペチン!



 初めての痛みが頬を貫く。


「そんなの朱宮さんのためじゃない! 朱宮さんのことを利用して、自分の復讐がしたいだけだよ!」


 今度は柔らかくて温かい感覚がボクを包み込む。

 真中さんがボクを抱きしめている。


 なんだか懐かしい……。

 身体は少し小さいかもしれないけど。

 ボクの胸に顔を埋めた真中さんは言葉を続ける。


「本当はね、私、ずっとあなたのことが好きだったの。実は今でも好き」


「え……?」


「ごめんね。こんなときに。いつも武田さんを見てたんだよ? 初めて話したあの日からずっと、背中を追いかけてたんだよ? ……いつも一緒にいる朱宮さんが羨ましかった。でも、その朱宮さんも亡くなって、武田さんも学校に来なくなって……」


 顔が見えてないので、真中さんの今の表情は分からない。

 でも、胸には熱い吐息。そして微かに聞こえる鼻をすする音。


 すると、一歩、二歩と下がり、真剣な眼差しをボクに向ける。

 公園のかすかな街灯が彼女のうるんだ瞳を明らかにする。


 そんなことお構いなしに、彼女はボクを見つめる。

 決心が固まったのか、少しの沈黙の後、彼女は口を開いた。 



「でも、今度は私があなたを守る」



「……守るって言ったって、ボクは人を殺したんだよ? 気持ちは嬉しいんだけど、悪いことをしたら、いつか絶対に暴かれる。罰を受ける。そう時間も経たないうちに警察にも捕まって————」

「大丈夫!」


 再びボクに近づいた彼女は、ボクの両手を自分の両手に絡ませる。恋人繋ぎだ。


「私に考えがあるの。絶対に武田さんを守れる方法が」

「方法……?」

「うん! 私に任せて。でも準備があるから、明日おうちで待っててくれる?」


 ふと、いつか見た、華奢で綺麗だけど逞しい背中を思い出す。


「……うん」


 いつの間にか自然と返事をしていた。

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