第2話
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三カ月前。
ケイ先輩に襲われかけた翌日。
ボクは学校をサボった。
最初は行こうかと思ったけど、やっぱり足は動いてくれなかった。
あれだけ「弱いなりにできることをやるしかない」と意気込んでみせたのに情けない限りだ。
結葉にスマホでメッセージを送る。
いつもなら5分以内には返事をくれるのに、1時間経っても、2時間経っても音沙汰がなかった。
もしかして、疲れてまだ寝てるのかな?
そんなことを思いながらボクも二度寝をしたり、ゲームをしたりして暇を持て余した。
返事が返ってきたのは、夜の10時を回ろうとしていたときだった。
『遅くなってごめんね 体調良くなくて一日中寝てた~』
いつものように絵文字やら顔文字やらがキラキラと散らばった文章が送られてきた。
言葉では表現しにくいけど……。
普段の気だるそうな彼女からは想像できないが、メールの文面は可愛らしくアレンジされている。
最初の頃「絵文字って面倒くさくないの?」と聞いたことがある。
ボクらは絵文字なんてなくても、文字だけになったとしても、気持ちはちゃんと伝わると思っていた。
しかし彼女は「柊にはちゃんと女の子として私を見てほしいの♪」と笑って答えた。
『そっか。お大事に。明日は学校行けそう?』
すぐに返事を送ると、結葉の反応も早かった。
『大丈夫そう! はやく柊に会いたいし』
『よかった。じゃあまた明日学校で。おやすみ。』
『うん おやすみ』
スマホを机に置いてベッドに倒れ込む。
結葉はやっぱり体調が良くなかったみたいだ。
明日にはきっと会えるだろう。
ボクはそう思いながら、本日何度目か分からない眠りについた。
しかし、翌日学校に行っても、結葉が姿を現すことはなかった。
『今日も体調良くないの? 大丈夫?』
お昼に送ったメッセージが翌日の夜に返って来る。
『うん』
ものすごい違和感のある文章だった。
絵文字はおろか、たった一言だけの返事。
それに、ここまで返事に時間がかかったことはなかった。
他の人からすれば、普通のことかもしれないけど、ボクたちの仲では異常だ。
心配になったので、ほとんど使ったことのない通話機能を使う。
プルルルル、プルルルル、プルルルル、プルルルル……
十回くらいコールしても出てくれない。
今はお風呂かもしれないし、もしかしたらまだ体調が良くなくて出られないだけかもしれない。
あと五回コールしても出なかったら改めよう。
そう思った四回目のコールで、
『……』
声は聞こえないけど、通話が繋がった。
「……もしもし? 体調大丈夫……?」
『……ごめんね』
「あ、ごめん。ちょっと声が遠いたみたい」
『……ごめんね』
とても弱弱しい声で聞こえてきたのは、謝罪の言葉だった。
「……どうして謝るの?」
『ごめんね……。柊……。ごめんね……』
微かに鼻をすする音が聞こえる。
「なんで泣いてるの? 結葉は何も悪いことなんてしてないよ」
『ううん。……全部、私が悪いの。ねぇ、柊。許して……』
「結葉は悪いことなんてしてないんだから、謝ったり許しをもらう必要なんてないんだよ?」
『違うの……。ダメなの……。私がいるから柊が傷付く……』
「もしかしてケイ先輩のこと気にしてるの? それこそ違うよ! あれは、ボクが弱くて情けないから、少しでも立ち向かおうって思って……。結果的に返り討ちにあっちゃったけど。でもそれは結葉のせいじゃない! ボクが勝手に自爆しただけだよ」
『……ごめんなさい……』
ボクが何を言っても謝まられる。これじゃあ埒が明かない。
「今日はもう遅いし、ゆっくり寝てさ、明日学校でちゃんと話そ? ね?」
『……うん』
電話を切りながら、ため息が漏れる。
結葉はあの事件のことを相当気にしてるみたいだ。
ケイ先輩から助けてくれたときは、まるでヒーローみたいだった。
でもその後の泣き崩れる結葉を見て、ボクは弱いなりに立ち向かうことを決めた。
今度はボクが彼女の手を引っ張ると誓ったんだ。
だから、今度こそはボクが結葉の心の助けになりたい。救ってあげたい。
しかし、その翌日も結葉は学校に現れなかった。
放課後に電話をかける。
何度もコール音が鳴っても繋がらない。
こんなとき、結葉の家に直接行きたいところだけど、そういえば一回も結葉の家に行ったことがないことを思い出す。住所も聞いたことがない。
どうして結葉があんなに思い詰めているのかも正直分からない。
なんだ……。
こんなに一緒にいるのに、結葉のこと、何も分かってなかったんだ。
でも、だからこそ、これから知っていけばいい。
これからもお互いに知らないことがたくさん出てくると思う。
その都度教え合って、理解していければそれでいい。
焦る必要なんてないんだ。
弱い自分を受け入れて、知らないことを知って、少しずつ前に進んでいけばいいんだ。
そう思い立ったボクは、とりあえず『いつでもいいので連絡ください』とだけ、メッセージを送って家に帰った。
ピロン
お風呂上りに髪を乾かしていると、スマホにメッセージが届く。
ボクにメッセージを送ってくれるのは結葉しかない。
画面をタップをして内容を確認する。
『ごめんなさい 許して』
またしても謝罪の言葉。
でも、時間差でもう一通送られてくる。
『私たち、出会わない方がよかったのかな』
さらにもう一通。
『ごめんね 柊』
ボクは、急いで結葉の名前で埋め尽くされた通話履歴から電話をかける。
メッセージが送られて来てすぐに電話をかけたんだ。
席を離れてなければきっと出てくれる。
そう信じて、何度も何度も鳴り響くコール音を聞き続けた。
留守番電話設定にしていないからだろうか、コール音だけが延々と聞こえる。
同時に不安も膨れ上がる。
しばらくすると勝手に切れるので、再び掛けなおす。
それでも電話は一向に繋がらない。
……明日また電話を掛けてみよう。
不安な気持ちのまま眠れるわけもなく、朝まで起き続けた。
眠ったら一瞬で朝を迎えるのに、起きていると永遠にすら感じてしまう苦痛の時間だった。
ようやく朝になり学校に行く。
大林先生が何やら浮かない表情。
そのまま言いにくそうに口を開く。
————昨日の夜、朱宮が亡くなられたそうだ。
……え?
結葉が……死んだ……?
この前電話で話したばっかりだったのに?
会ってちゃんと話そうって約束したのに?
それなのに……死んだ?
今まで味わったことのない、刃物で胸を抉られたかのような痛みが襲う。
痛い……。
痛いよ……。
どうして……。
ボクの世界が壊れた瞬間だった。
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