【第5章】心の傷と残ったもの

第1話


「「ハァ、ハァ、ハァ……」」


 さっきまで別のところにいたと思ったのに、いつの間にか小さな公園に来ていた。

 それに、ずっと手を引っ張られて走って来たから、息が苦しい……。

 なんだか懐かしい感じがした。


「ハァ、ハァ……。ここまで来れば、ひとまず大丈夫かな……」


 息を切らしながらも、いつものように優しくて柔らかな笑顔を向けてくれた。


「真中さん……」

「ん? なに?」

「どうして警察に突き出さないの……?」


 当然の疑問だった。


 ボクはナイフで人を傷つけた。

 もしかしたら死なせてしまったのかもしれない。


 しかも傷つけたのは、あの男の人だけじゃない。


「だって、武田さんは悪くないんでしょ? 端から見ると、あの男の人が襲ってるようにも見えたもん。あれは正当防衛だよ」

「でも……」


 言葉が何も出てこなかった。

 あれは正当防衛なんかじゃない。

 もっと別の何かが、そうさせたんだ。


 あれ?


 ふと、もう一つ別の疑問が思い浮かぶ。


「……どうしてあそこにいたの?」

「……今日は塾だったから帰りにラーメン屋さんに行ってたの。そしたら、たまたま武田さんを見かけて……。私からも一つ聞いていい?」


 さっきまで急いで走っていたせいで位置がずれていたのか、ボクの頭に被せていたものが、ぽとんと地面に落ちた。


 女の子用のウィッグだ。

 それを見ながら真中さんが尋ねる。


「どうして……、朱宮さんの恰好をしてるの? そのウィッグさんもそうだし、その黒ワンピースさんも朱宮さんが着ていたところを見たことあるし……」



「……」



 また何かが邪魔をして言葉が出てこない。

 胸の奥に、じーんと重い痛みが走る。

 ボクの沈黙に耐えかねたのか、真中さんはいつもの穏やかな声ではなく、悲しみともどかしさを含んだ声でこう告げた。





「おかしいよ……。だって朱宮さんは……、もういないんだよ……?」





 痛い。痛いよ。

 胸を襲っていた痛みは頭に転移する。

 痛い。痛い……。

 でも、あのときの痛みはこんなものじゃなかった。


 そう、あのときの心の痛みは……

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