第5話

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「ケイ先輩の件、残念だったね……」

「スンッ……うん……」

「カナの気持ち、すごい分かるよ……」


 いつも一緒にいるユメとサキの友達二人が、私と一緒に涙を流してくれている。

 私にいつも「可愛い」と言って、私の存在価値をアピールしてくれる二人だ。

 そして今は、放課後にいつも集まるファミレスで、女子高生三人組で泣いている。

 周りの目を気にすることなんてできない。

 どうだっていい。

 今日はずっと泣きっぱなしで、学校もそれどころじゃなかった。

 理由は簡単。


 ————私の元カレが死んでしまったから。


 すでに彼とは2カ月以上も前に別れた。

 でも、イケメンだし、お金持ちだし、女の子からのウケもいい。

 ちょっと悪そうなところもカッコよくて、私の憧れの人だった。

 そんな人と少しの間だけど、彼女としていられたことは私の自慢だった。

 付き合ってすぐに色んな人に自慢してやった。


 あいつのおこぼれをもらった気がして少し癪だけど。

 ムカつくけど。

 それでも付き合えたんだから私は勝ち組だった。


 でも、そんな私の自慢の人が死んだ。


 学校の階段で足を滑らせてしまい、頭を強く打ち付けてしまったことが原因らしい。

 そんな不注意はしない人だと思っていたのに……


 別れてからもずっと目で追っていた。

 振られてからもずっと好きだった。

 だから自然と涙が溢れてくる。

 そんな私を心配して、二人が一日中私を慰めてくれた。

 可哀想な私。


「ユメ、サキ。……もう大丈夫……」

「カナは強いね」

「うん。本当にすごいと思う。カナには私たちが付いてるから大丈夫!」

「……うん! ありがとう、二人とも」


 今日のところは暗くなる前にバイバイした。

 そして、家に帰って一人になった途端、また涙が止まらなかった。



 それから三日が経った。


「カナ、今日もファミレス寄ってく?」

「え~、今日はカラオケにしようよ!」

「おっ! いいじゃん、いいじゃん! 行こ行こ!」

「私、今ドラマでやってる新曲を歌いたい! ねぇ、カナ。一緒にデュエットしようよ!」

「あの月9のやつでしょ? 私も歌覚えたいし、いいよ~!」


 今日もこうして友達と楽しく過ごして一日が終わる。

 ケイ先輩のことは悲しかったけど、時間の経過が少しずつ忘れさせてくれた。

 今をとことん楽しまないと損でしょ。

 ユメ、サキと一緒に喉が枯れるまで歌いまくった。


「バイバイ、カナ。また明日ね~」

「うん! 二人ともバイバイ」


 二人とは家が反対のため、私一人で帰り道を歩く。

 ちょっと遅くなっちゃったけど、補導されるには、まだちょっと早い時間。

 カラオケは駅からちょっと遠い商店街にある。

 もともとこの商店街自体が空いてるから、カラオケもすぐに部屋に案内してもらえる。

 今は人通りがほとんどない。


 コツ、コツ、コツ、コツ


 足音が妙に大きく響いて聞こえる。

 私のだけじゃない。

 私の後ろからも聞こえる。

 さすがに一人で夜道を歩くのは少し怖い。


 恐る恐る後ろを振り返ってみる。


 サラリーマンらしき男の人だ。

 私を追い越し、そのまま去っていく。


「ふぅ~」


 思わず安堵の息が漏れる。

 この先にある飲食街を抜けて駅まで行けば人通りも増えるし、大丈夫だよね。

 少し早歩きで歩みを進める。


 コツ、コツ、コツ、コツ


 まただ。

 私と同じようなスピードで歩く足音が聞こえる。

 また思い違いかもしれない。

 でも、後ろを振り返ってみても誰もいなかった。

 何かの不具合で点滅を繰り返す街頭が恐怖を煽る。

 さらにスピードを速めて歩く。


 コツ、コツ、コツ、コツ


 ねぇ、なんで?

 なんで、私と同じ速さで後ろを付いてくる音が聞こえるの?


 不気味に感じてしまい、ひとまずその場をやり過ごそうと、路地裏に逃げ込む。


 ここなら通る人もいないだろうし、過ぎ去ってくれるだろう。


「はぁ~、勘弁してよ」


 愚痴をこぼしつつ、壁に身を預けて空を見上げる。

 星が一つも見えず、あるのはどんよりした暗い色の雲。

 空一面に雲が広まっているわけじゃないから、少ししたら月が見えてくるのかな。


 でも、この暗いままじゃ気持ちが晴れないよ。

 早く帰って、お気に入りの入浴剤の入ったお風呂に浸かりたい。


 そう思いながら、通りを目指して目線を向けると、


「キャッ!」


 暗くてよく見えないけど、いきなり目の前に人が立っていたため、思わず驚いてしまった。



「……」



 目の前の影は、何も喋ってくれない。


「あの……」


 このまま目の前にいられると前に進めないため、手を差し出しながら一応声を掛けてみた。


 すると、


「え……?」


 差し出した手がものすごく熱くなった。


 ポタ、ポタ、ポタ……


 何かが下に垂れている。

 元をたどってみると、私の掌が刃物か何かで切られていた。


「……痛っ」


 ようやくそのことに気付くと、途端に激しい痛みが襲ってきた。

 傷はそこまで深くないと思うけど、血が止まらない。

 目の前にいる影の手には、小型のナイフが握りしめられている。


「ひぃぃぃっ!」


 大声で助けを呼びたい。

 でも、声が思ったように出せない。

 カラオケのせいなんかじゃない。

 怖くて声が出せないんだ。

 腰を抜かしてしまい、地面に座り込む。

 影はだんだんと近づいて来る。


「こ、来ないで!」


 精一杯の力で叫んだつもりでも、その声はか細く、すぐに下に落ちて消えてしまう。

 切られていない方の手とお尻を使って、なんとか後ろ方向に逃げる。

 服ごと引きずっていたせいで、ポケットに入っていたスマホが、私と影の間に落ちてしまった。

 せめて、スマホで助けが呼べれば……


 ピロン

 

 そう思った矢先、スマホに誰かからのメッセージが送られて来て、画面が光る。

 影がその画面を見る。


 すろと、なぜだか分からないけど、急に後ずさりし始める。


 胸の辺りを抑えて苦しそうだ。


 急に辺りも明るくなっていく。

 雲に隠れていた月が顔を出し始めたんだ。

 その月の光が、影の足元から上へと伸びていく。


 しかし、すべてを明らかにする前に、影はその場から逃げ出してしまった。


 私は頭の整理が追い付かず、ただ茫然とその場にとどまることしかできなかった。

 うっすらと浮かび上がったシルエット。

 どこかで見覚えのあったものだ。

 あれは……まさか……!



 翌日。


 登校してすぐに、ユメとサキに昨日のことを話した。


「ちょっと、カナ、大丈夫なのそれ?」

「本当に痛そう……」

「だから、問題なのはこの傷じゃないんだって、何度言えば分かってくれるの?」


 さっきからずっとこの調子。

 私が問題にしていることを二人に伝えても、全く信じてくれない。


「だってありえないでしょ」

「そうそう、ありえない。どこかの知らない変質者の人と見間違っただけだよ、きっと。それはそれで怖いけど」

「警察にはちゃんと言ったの?」

「今はそんなことどうでもいいの! お願い、私の言うことを信じて!」

「分かったよ。じゃあ、もう一回聞かせて?」

「だから! 犯人だよ! 私にナイフで襲ってきた犯人! 暗くてよく分からなかったけど、最後に月の光が照らしてくれたおかげで分かったの!」

「その犯人があいつってこと?」

「そう! あの服装と髪型、あれは絶対に間違いない。犯人は絶対に朱宮だよ!」


 興奮のあまりそう叫んでしまった瞬間、教室が一気に静まり返り、私たちに注目している。

 その視線にいたたまれなくなったユメたちは小声で答える。


「カナ、落ち着いて。カナの言いたいことは分かったけど、それだけは信じられないって」

「だからなんでよ?」


「だって朱宮は————」



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