第4話

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「おいケイ、聞いたか?」

「何を?」

「ゴリ林だよ。あいつ、夜中に自慢の愛車をボコボコにされたらしいぜ」

「マジか。あいつ正直うざかったし、なんかスカッとするな」


 いつもと変わらない日常。

 いつもと変わらない教室。

 いつもと変わらないメンツ。

 周りは大学入試のため、ピリピリとした重たい空気。


 でも、いつもつるむコイツらは、そんな空気に逆らい、自由気ままに生きている。

 もう勉強なんてかったるいことはしたくない。

 勉強なんてしなくても、そのままエスカレーター式で附属の大学に行けるし。

 だから自然とコイツらといることが増えた。


 でも、俺はコイツらとは全く違う人種の人間だ。

 そもそも格が違う。


 目の前の二人は、必死で悪ぶっているようにしか見えない。

 群れてなきゃ何もできない無能どもだ。


 だから、俺の後を付いて、俺の威厳を示す道具になればそれでいい。

 そうすれば、他の低能どもも近づいては来ない。

 近づきたいものには自分から食らいつき、すべて自分のものしてきた。

 親がそこそこ金を持っているおかげで、何でも金で解決してきた。

 おまけに俺は見た目もいい。

 だから女にだって苦労したことがない。

 気に入った女なら、最初は抵抗されても必ず自分のものした。

 思う通りにさせてきた。

 でも、あいつだけは他のクズどもとは違ったんだ。


 ————朱宮結葉。


 あいつは、今までの女とは一味も二味も違っていた。

 他を寄せ付けない圧倒的オーラ。

 まさに俺にふさわしい。


 そんな俺たちを邪魔する奴がいた。


 影が薄すぎて、名前はもう思い出せねぇが、朱宮の周りをうろちょろして目障りだったことだけは覚えてる。

 からかってやったこともあった。

 あのときは、結局思い通りにならなかったが。


 ……思い出したらなんかムカついてきた。


 そんなことを思っていると、さっきから煩わしい声が聞こえていたことに気付く。


「……ケイ?」

「あ? なんだよ」

「いや、飼い犬が石か何かで殴り殺された事件が————」

「それ、俺に何か関係あんの?」

「別にそういう訳じゃ……」

「なんか今日は気分が乗らねぇから、適当に時間潰してるわ」


 最初に配られた教科書類が全部詰め込まれた自分の席を立ち、そのまま教室から出ていく。


「おい! 授業は出なくていいのか?」

「……」


 何か言われた気がしたが、とりあえず無視。

 別に不良になりたいわけじゃない。

 ただ面倒だから自分のやりたいようにするだけ。

 こんなとき、屋上で昼寝でもできたら最高だ。

 生憎、一般生徒は立ち入り禁止なので、行けたとしても屋上に繋がる入り口までだが。

 まぁ、人は来ないし、ひとまず放課後までそこで時間を潰すか。


 目的地に到着し、腕を枕代わりに仰向けで眠る姿勢になる。

 ムカついたときは寝るに限る。



 俺は……物には当たらない。

 ……そこらのクズとは……違う……

 ……

 …



「ん……」


 何やら眩しいものを感じて目を開く。

 視界には、赤い光が扉の窓越しから差してきていた。


「……けっこう眠っちまったみたいだな」


 大きく伸びをして再び窓の外を見る。

 今は何時だか分からないが、夕日が沈みかけているところだった。


 少し寝すぎたためか、身体がだるい。

 あいつらも帰っちまったかな。

 いつもつるんでる二人とは、学校終わりにゲーセンに行ったり、他校の女生徒にちょっかいを出したりして遊ぶことが多かった。


 でも、すでに下校時刻から大分時間が経ってしまったようで、学校の中からは声が聞こえない。

 外から部活動で無駄に汗を流してる連中と、そこまで上手くない楽器の音だけがかすかに聞こえてくるだけ。


「ふわぁ~~」


 あくびをしながら階段を降りる。

 そのとき、


「……ん?」


 一瞬、誰かに見られた気がして辺りを見渡す。


 当然誰もいない。


 まだ寝ぼけてしまってるのかもしれない。

 でもまだ眠れそうだ。

 家に帰ったら飯食って、さっさと寝てしまおう。


 この学校は4階建てで、3年の教室は4階にある。

 すぐに自分の教室に到着し、ほとんど何も入っていないスクールバッグを手に取る。

 今日もつまらない一日だった。

 2階にある昇降口へ行くために再び階段を降りる。


 すると、




「え……?」




 急に背中が押された感じがした。


 足元を見てみると、階段を踏み外している……?


 それどころか、身体が前のめりの状態で階段の真下に目がけて落ちている。



〈背中が押された感じ〉がしたんじゃない。

 事実として、何者かに〈背中を押された〉んだ。



 態勢を整えようにも、空中姿勢のまま身体をコントロールすることは不可能。

 すると、押された反動で身体がよじれ、階段の上の方を向く姿勢に変わる。


 死ぬときは走馬灯が見えるという。

 たしかに、なんか世界がゆっくりになっている。

 端から見たら一瞬の出来事。

 でも、今の俺にはその何倍もの時間に感じる。


 あぁ、本当につまんねぇ人生だった。

 そんなつまんねぇ人生の俺は、いったいどんな走馬灯が見られるんだ?


 しかし、見たのは走馬灯なんかじゃなかった。

 階段の上にそっと佇む影。


 あれは……



「嘘……だろ……?」



 世界は途端に真っ黒になった。



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