第7話
6月に入り、じめじめと蒸し暑い日が続くようになった。
まだ梅雨には入っていないらしいが、これから雨の日も続くようになる。
ボクは雨が好きだ。
どんよりとした暗い雲は、ボクの心そのもののように思えて親近感が湧くし、雨はボクの代わりに涙を流してくれている。
そんな気がするからだ。
対して、結葉は雨が嫌いらしい。
彼女はなんだかんだ言って活動的だし、ピクニックにも好んで行くくらいだ。
普段はボク以外の人と関わろうとしないけど、彼女が本気を出せば、学校で誰からも好かれる人気者にだってなれるんじゃないかな。
そう思うと、結葉とボクは本当に真逆だ。
みんなではなく、ボクを選んでくれていることに、申し訳なさと誇らしさを感じる。
ちょっと複雑だけど、すごく幸せだ。
今は昼休み。結葉はいない。
委員会の集まりがあるようで、気だるそうに教室を後にしていた。
そんなところを見計らっていたのか、ちょっとした事件が起きた。
「お前が武田だよな?」
「……そうですけど……」
おそらく上級生だろうか、仲間を二人連れてボクの前に現れた。
服装が自由なのをいいことに、チャラチャラした格好。
変な香水の匂い。
高校生のくせにネックレスとか変な指輪をつけている。
顔はそこまで悪くないので、女の子からはそこそこモテそうだ。
その証拠に、周りのクラスメイトの女の子たちもキャーキャー言っている。
ボクとは完全に住む世界が違うはずなのに、何の用だろうか。
「お前、朱宮と仲が良いんだって?」
「……まぁ、そうだと思いますけど」
「じゃあさ、朱宮を俺に紹介してくんね? 前に見かけたときに声かけたんだけど、無視されちゃってさ。お前から言ってくれたらちょっとは融通が利くんじゃないかと思ってよ」
そういうことか。
わざわざボクをだしにして結葉と仲良くなりたいと。
結葉が無視をしたってことは、仲良くなりたくないってことじゃないか。
彼女のその選択を無視するわけにもいかないし、こんな男に結葉を近づけたくない。
「お断りします」
「はっ? それどういう意味? わざわざ下級生の教室に来てお願いしてやってるんだぞ? 別に顔つなぎくらいいいじゃねぇかよ」
「彼女が無視したってことは、顔を繋いでも同じだと思います」
「てめぇ、さっきからすかした態度取ってんじゃねぇぞ、こらぁ!」
ドン!
ボクの隣の席の椅子が蹴り飛ばされた。
正直……怖い。
でも、ここで引き下がったら結葉が何されるか分からない。
いつものようにすればいい。ただ無関心で。
そう、いつもの結葉みたいに。
「その面も気に食わないんだよ。さっきから人を見下すような目をしやがって」
男の腕がこちらに近づいて来る。
殴られる。怖い。逃げたい。
目をつぶって覚悟を決める。
と、そのとき————
「何してるんですか!?」
結葉がボクの前に現れた。
そこには、いつも周りに見せる冷めた表情ではなく、怒りにあふれたものすごい剣幕だった。
「ちょっと、後輩の教室に遊びに来ただけだよ」
「柊に何したんですか?」
「何もしてねぇよ。なぁお前ら」
後ろにいる仲間と教室中のクラスメイトに同意を求める。
仲間たちはそれに続くように何もしてないと言い張る。
クラスメイトたちはみんな俯いて言葉を発しようとしない。
普通はこんなことに関わりたくないはずだ。みんなの反応は正しい。
「先生こっちです!」
「おいお前ら! 何をしているんだ!?」
真中さんが先生を呼ぶ声が聞こえたかと思うと、担任の大林先生がやってきた。
そのおかげでなんとか無事に乗り切ることができた。
しかし、先輩が去り際に「あとで覚えてろ」とボソッと呟いたことだけが頭に残っている。
「で、どうしたんだ? なんであんな騒ぎになったんだ?」
あの騒動の後、そのままお昼休みを終えて普通に授業かと思いきや、結葉と一緒に生徒指導室に呼び出され、大林先生に事の顛末を話すことになった。
「だから、先輩が勝手に柊に絡んできただけですって! ねぇ、柊?」
「う……うん……」
ボクは相槌を打つことしかできず、何が起こったのか正直何も分かっていないはずの結葉が答えてくれている。情けない限りだ。
「まぁ、あいつらも受験生だから少しストレスでも溜まってたんだろ」
「許せって言うんですか?」
「そうは言ってないだろ。あいつらも、別に誰かれ構わずちょっかいを出すはずもないわけだし、その……」
「私たちにも非があると?」
「だからそこまで言ってない。先生はな、平和に学校生活を送ってほしいだけなんだ。学生だからってあまり羽目をはずし過ぎないようにしてくれよ」
生徒指導室で無意味な時間を過ごしているうちに、授業が終わってしまった。
教室へ戻る途中、
「マジなんなの? あのゴリラ! こっちは全然悪くないのに、あたかも絡まれるお前らが悪いみたいな言い方! あの人絶対に大騒ぎにしたくないだけだよ」
「うん……」
こうやってボクの代わりに怒ってくれるおかげで、ボクの心は少しずつ平静を取り戻せる。
急に結葉が立ち止まる。
「ごめんね……」
立ち止まったかと思うと、手で顔を覆いながら、しゃがみ込んでしまった。
「なんで結葉が謝るの? 悪いのはボクだよ」
「あの人たちが来たのって、私のことででしょ? 前にも話しかけられた気がするし」
「……」
「ごめん……ごめんね、柊。許して。許して……」
「結葉は全然悪くないよ! ボクにもう少し勇気があればこんなことには……」
「許して……。ごめんね……」
さっきの先輩相手に怒った姿も初めてだったが、こんなにも取り乱す結葉を見たのも初めてだ。
いつもはどんなに孤独でも何も動じず恐れない彼女が、こんなにも震えている。
恐ろしい夢を見てしまって、その恐怖が頭から離れられないような、ずっと目の前で起きているかのような、それくらいに何かに怯えている。
このまま授業に出られるはずもなく、ボクたちは再会した日に待ち合わせた校舎裏の階段で休むことにした。
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