第3話
時は流れ、4月。新しいクラスにて。
「柊ちゃん。2年生もまた同じクラスだね。よろしく!」
「うん、よろしく」
結葉が転校してきて早くも3カ月が経ち、新学期を迎えた。
桜の木も満開に咲き誇り、門出を祝ってくれているみたいだ。
肌寒さはまだ感じるものの、日差しは徐々に元気を取り戻し、そろそろコートまで着込まなくてもよくなりそうだ。
ボクは相変わらずクラスで目立たないようにしているが、
「ねぇねぇ、朱宮さん。わたし、朱宮さんが転校してきたときから、ずっと話したいと思ってたんだよね! すごく可愛いし!」
「あっ、私も私も!」
「仲良くしよ!」
「朱宮さん、めっちゃ可愛くね? 俺、狙っちゃおうかな」
「お前じゃ無理だろ」
「うっせ!」
このように、結葉はその見た目の良さから嫌でも目立ってしまうので、クラスの人から注目され、机に群がってきたり、陰からヒソヒソと話のネタにされたりしている。
普通の人なら、嘘でも笑顔を浮かべてその場を適当に受け流したり、はたまた、クラスの中で浮かないように温厚な態度で接するところだろう。
しかし、結葉は違った。
「うん。ごめん、お手洗い」
感情の籠っていない声と、目だけ笑っていない表情を浮かべて、席を立った。
振り返ったと同時に、後ろの離れた席に座るボクの方を見たかと思うと、
「ふふっ」
のんきに手を振りながら教室から颯爽と出て行った。
「なにあの態度」
「なんかちょっと感じ悪いかも」
「仲良くする気ゼロかよ」
早くも女子たちからヘイトを集める始末だった。
もう少し周りの子と仲良くなってほしいんだけどな。
結葉はボク以外の人と仲良くしているところを見たことがない。
まぁボクも同じようなものなんですけど。
でも、あんな態度を取ってたらクラスにも居づらくなっちゃうだろうし、心配だ。
結葉の今後を案じていたとき、突如声を掛けられた。
「武田さん」
「ん?」
声の方に顔を向けると「真中沙央梨まなか さおり」が消しゴムを差し出しながら、こちらに微笑みかけている。
一年のときも一緒のクラスで、委員長としてどんな人にも隔てなく接している優しい人だ。
たまたま彼女のハンカチを拾ったことがきっかけで、何気ないことでも話し掛けてくれるようになった。
「この消しゴムさんって、武田さんの?」
「あっ、そうみたい。ありがとう」
「いえいえ。また一緒のクラスだね。一年のときはあまりお話しできなかったし、今度こそは仲良くできると嬉しいな♪」
「そうだね。よろしく」
「あっ、そうだ! 太陽さんも元気を取り戻して温かくなってきたし、今度一緒にお外でお昼食べるのとかどうかな?」
両手を合わせながらお昼のお誘い。
おっとりしていて放っておけない雰囲気もあるが、こうやってクラスメイトとコミュニケ―ションを取ることで、少しでも過ごしやすい環境を作ろうとしてくれているのだろう。
本当に優しい子だ。
そんな優しさと周りへの敬意の表れなのか、何に対しても「さん」付けで呼んでいる。
男女であっても、物に対してだとしても。そこはちょぅと変わってるのかもしれないけど、根本的に良い子なのは間違いない。
そんな真中さんからのお誘いを断るわけにもいかないが、いつもは結葉と食べてるし、どうしたものか……。
あまり答えに困ったように見えてしまうと真中さんに申し訳ないので、適当にこの場を濁そうかと思ったとき、
「ねぇ、柊、何の話?」
真中さんとボクの間を遮るように、結葉が笑顔でやって来た。
あっ、これは嘘の笑顔だ。
「朱宮さんもどう? みんな一年生のときはあまりお話しできなかったし、お昼ご飯を一緒に食べて仲良くなろうかと————」
「大丈夫」
「えっ?」
「柊はいつも私とお昼ご飯を食べてるから、そういうのは大丈夫」
「そ、そっか。じゃあまた機会があったらお誘いするね」
なかば強制的に話を中断させられてしまった。
真中さんは苦笑いをしながらも、終始優しい雰囲気は崩さず自席に戻っていく。
結葉は転校して最初の頃は周りと仲良くする気があったのか、話を合わせたり、心からではないが、それなりに笑って会話をしていた気がする。
でも、一カ月経たないうちに、今のようなボク以外の人には冷たい態度で接するようになった。
「柊はあの子と一緒にお昼が食べたかった?」
「別に」
「もしかして怒ってる?」
「怒ってないよ」
「なんか機嫌が悪そうだよ?」
「悪くない。教室だからあまり話したくないだけ」
「そっか。じゃあ今日も柊のおうち、行ってもいい?」
「うん」
「やった。じゃあまた放課後ね」
結葉が自席に戻るのを見届け、新しい担任が来るのを待つことにした。
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