第2話
放課後。校舎裏の階段にて。
昨日は始業式とホームルームだけで終わったから楽だったものの、今日から普通に授業が始まった。
正直、勉強は好きじゃないので、いきなりの5時限授業は骨身にこたえた。
そうしてようやく迎えた放課後。
部活動に勤しむ者、校外で活動する者、バイトで小銭を稼ぐ者など、生徒によって放課後の過ごし方は様々だ。
ボクはというと、特にやりたいこともないし、そもそも友達を作ろうともしなかったので、学校が終わればすぐに自宅に帰り、おうち時間を満喫するために全力を注いでいた。エリート帰宅部員だ。
しかし今日は、かの転校生・朱宮結葉と放課後に話す約束をしていたので、ここにいるというわけだ。
まだ1月ということもあり、正直寒くて凍えているが、校舎内だと何かと人に見られてしまいそうなので、誰も来ないこの場所で落ち合うことにした。
「あっ、いたいた! 転校初日でこの学校のことすらよく分かってないのに、こんなひっそりとした隠れスポットを待ち合わせ場所に指定するとか、シュウちゃん意地悪すぎるよぉ」
白い息を吐きながら、今朝に引き続き不満顔。
改めてよく見てみると、本当に綺麗な女の子という印象だ。
小さい頃は可愛いって感じだったけど、その可愛さを残しつつ、美人さに磨きがかかっている。
右サイドの髪の一部は丁寧に編んだ状態でたらんと下げられ、あどけなさと美人さが絶妙に混ざり合い、きっと男には苦労してこなかったんだろうなと軽く嫉妬心が芽生えてしまうほどだ。
でも、一つだけ訂正しておきたいことがある。
「その『シュウちゃん』って呼び方はどうにかならない? もうお互い子供じゃないんだし」
「じゃあ、なんて呼んでほしいの?」
「普通に『柊』でお願い」
「分かった。……柊……」
「は、はい」
「ふふっ。なんか照れくさいね。じゃあ、私のことも呼び捨てで『結葉』でお願いします。どうぞ」
名前を呼んでほしいのか、手を差し伸べ、言葉を促そうとする。
「じゃあ……ゆ、ゆ、結葉……」
「へへっ。やっぱり恥ずかしい。改めてよろしくね、柊」
「うん」
結葉の言う通り、めちゃくちゃ恥ずかしいのですが……。
さっきまで余裕のある感じだった結葉の顔が、少し赤くなっている。
ボクの顔も同じくらい、いや、それ以上に赤くなっているんじゃないだろうか。
だって、昔とは比べ物にならないくらい美人さんになって、それでも昔と変わらずに接してくれているんだから。
そこからはお互い話すことは尽きず、寒さも忘れて話し込んでしまった。
結葉は小学4年生のときに、父親の仕事の都合で福岡に引っ越したそうだ。
関東のはずれにあるこんなド田舎からすれば未知の領域である。
そして、またしても仕事の都合でこちらに戻って来たのだ。
「親に振り回されてばっかりだったけど、この学校に来て本当によかったよ。でも、この学校って、柊の家からはちょっと遠くない? 県だって違うのに」
「まぁそれは……色々とね。制服もなくて楽だし」
「だよね! 服装が自由の高校ってそんなにないからびっくりしちゃった。でも今日は転校初日だし、無難に標準服で来たけど。周りの子は私服とかジャージばっかりだよね」
「標準服を着るのは始業式とか卒業式くらいだからね。年に10回も着ないかも」
「そうなんだ。あんま派手な格好はするつもりないけど、一足早く大学生気分を味わえてる気がして楽しいね♪」
「ボクはいつもこんな服装だけど」
「もうちょっとおしゃれしてもいいんじゃない?」
「なんだかんだ服を選ぶのも面倒だし、これに落ち着いちゃった」
履いているスラックスと、モッズコートの下に着込んだちょっと大きめの地味パーカーに視線を移す。
ここ、私立蒼乃(あおの)大学附属高校は、自由な校風が特徴の学校だ。
エスカレーター式で蒼乃大学に進学する者もいるが、それは、大学は行ければいいやと思っている人がほとんどだ。
たいていは、レベルが上の大学を目指している。
そういった進路のこともだが、基本的には生徒の自主性に任せた学校運営がされているので、服装も自由だ。
主に始業式や卒業式のような式典のときだけ、標準服と呼ばれる学校指定のブレザー系の学生服を着ることになる。
ボクは先に言った通り、服を選ぶのが面倒なので、下は標準服のスラックス、上は適当に無地で地味なパーカースタイルを取っている。
「でも、制服デートってちょっと憧れてるから、それはそれで残念かも」
ボクの隣に腰かけたかと思うと、肩に寄りかかって来た。
「ちょッ! 近いって!」
「えー、いいじゃん。昔は一緒に手を繋いだり、お風呂にだって入ってたんだし」
「それは昔のことじゃん。今は昔と違うというか、その……美人になってて緊張するというか……」
「えっ、美人になった? もう柊ったらそんなに褒めても何も出ないんだぞ?」
「地獄耳だな」
「違うよ。柊の声は透き通ってて綺麗だから、よく聞こえるの」
「えっ?」
そんな誉め言葉にドキッとする暇もなく、ボクの後ろに移動した結葉が、背中から優しく包み込むように抱き着いてきた。
「本当に会えてよかった。本当に……。シュウちゃん」
「呼び方が戻ってる」
「うん、ごめん。でも今だけは許して」
そういう彼女の身体は、どこか震えているようだった。声だって、安心感だけじゃない何かが含まれている気がする。
これが寒さのせいなのか、はたまた別のことが原因なのかは分からない。
今は彼女のしたいようにさせてあげたい。
これがボクの役割なんだとさえ思えた。
そこまで時間は経たなかったと思うが、急に身体が解放される。
「ふぅ、久しぶりにシュウトロゲンを補充できました」
「なにその……シュウトロゲンって」
「それはね……私の、私による、私のための柊ちゃん成分です~! わしゃわしゃ~♪」
「髪をわしゃわしゃするのやめっ! 元から癖ついてるのにさらにぐしゃぐしゃになる!」
「よいではないか、よいではないか~」
「よくない!」
身体を起こし、わしゃわしゃ地獄から逃れる。
「昔は長かったけど、少し短くなったね」
「年を追うごとに癖も強くなっちゃって伸ばせなくなったからね。それに、長いとあまり男らしくないし、短くしても似合わないしで、結局中途半端な長さになっちゃったけどね」
「でも、すごく可愛いと思うよ」
「可愛いって言われても嬉しくないし」
「もう、柊ちゃんは素直じゃないんだから」
「だから、ちゃん付け禁止!」
「あははっ!」
「もう!」
この感じ、すごく懐かしい。
もう一度会いたかった女の子。
大好きだった女の子。
こうしてまた出会えて、昔みたいにじゃれあって。
こんなに人と笑い合ったのはいつぶりだろうか。
突然舞い降りた運命の出会いに感謝しないと。
別に何か依り代があるわけではないのだけど、青い空をのぞかせている天に向かって感謝の言葉を送ることにした。
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