第28話

「一週間休んだだけなのに、すごい久しぶりな気がするな……」


 宏樹は教室の扉の前に立ち、そんなことを考えていた。


「宏樹! 久しぶりだな! ようやく登校できるようになったんだ?」


 雄大は嬉しそうに宏樹の後ろから背中を叩いた。


「いてぇ! 雄大、もう少し手加減してくれよ⁉︎」


 叩かれた背中が思った以上に痛かったのか、宏樹は少しムッとした表情で雄大を睨んだ。


「わ、わりぃ……久しぶりに宏樹の顔を見れて嬉しかったから、つい……」


「そ、そういうことなら仕方ないな……」


 親友の雄大に会えて嬉しかったと言われた宏樹は少し照れているようだ。


「積もる話もあるし、席でゆっくり話そうぜ?」


「そうだな」


 宏樹と雄大は教室に足を踏み入れた。


「なんか、注目されてるな……」


 教室にいた生徒の視線が宏樹に集まった。父親が救急車で運ばれたことは全員が知っていることで、注目されるのは無理もないことだ。


「まあ、当日は宏樹がいなくなった後も大変だったしな、仕方がないとは思うよ……それで親父さんはどうだったんだ?」


「ああ、過労による貧血で倒れただけで今は元気だよ」


「そうか……それはよかった。大病や怪我じゃなくて安心したよ」


「心配掛けてすまなかったな」


「一週間も宏樹が学校休んていれば心配もするに――」


「本当よ、すごく心配したんだから!」


 雄大の言葉を遮るように、二人の会話に突然割り込んできた人物がいた。


「瑠璃……」


 振り向くと、そこには瑠璃が仁王立ちしていた。怒っているとも心配してるとも、どちらにも取れる表情であった。


 雄大だけでなく瑠璃にまで心配を掛けてしまったようで、宏樹は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。もう少し早く学校に行くべきだったと宏樹は反省する。


「店の方が大変だったから手伝っていたんだよ。それで学校休んでたんだ」


「そうか……それで店の方は大丈夫なのか?」


 雄大が心配そうな表情で宏樹に顔を向けた。


「ああ、めぐみさんが一時的に復帰したし、他のスタッフも協力してくれているから何とかなりそうだ」


「……折原さん戻ってきたんだ?」


 瑠璃にとってめぐみは一番警戒すべき恋敵ライバルである。その相手が戻ってきたことに何も思わないわけではなかったが、今は宏樹を助けてくれることに感謝した。


「ああ、俺に学校へ行けって」


「そう……折原さんが戻ってきたなら安心かな……私は宏樹のお店の手伝いはできないから……」


 瑠璃は直接宏樹の助けになれない悔しさに歯噛みした。


「いや……親父のお見舞いに来てくれただろう? それだけで十分だよ」


「その時に健治おじさんにお店のこと色々と聞かせてもらったから……」


「政光おじさんに店のこと親父は話したんだ……それで政光おじさんは何て?」


「……選択肢としては悪くないって言ってた」


「そっか……政光おじさんがそう言うんだったら……そうなんだろうな」


 売却も悪くないという政光の意見は、宏樹にとってはショックであった。大企業の経営者が言うことであれば無視することはできない。


「お店は私がなんとかするから……だから、そんな顔をしないで……」


 その落ち込み様を見た瑠璃が、人目も憚らずショックで落ち込んでいる宏樹の手を握った。


「えーと……俺はこの話を聞いててもいいのか?」


 瑠璃と宏樹が何の話をしているのか全く分からない雄大は、途方にくれている。


「わ、悪い! もう時間もないし雄大にはお昼休みに話すよ」


「お、おう……」


「そ、それじゃ私は席に戻るね」


 宏樹の手を握っていたことに思い出した瑠璃は、恥ずかしかったのか顔を仄かに赤く染め、そそくさと自分の席へと戻っていった。





「親父、お待たせ」


 宏樹が健治の代わりに退院の手続き等を済ませ、待合室にいる綾香達三人の元に駆け寄った。

 土曜日で学校が休みだったため、宏樹は綾香と瑠璃を伴って病院に健治を迎えにきていた。


「宏樹、代わりに手続きしてもらって悪いな」


 健治が自分で手続きすると言ったが、宏樹が「色々と経験したいから」と自分から買ってでたのである。


「いや、こういう事は自分でもできた方がいいし、何事も経験だよ」


「そうか……宏樹も大人になったなぁ……」


 健治は宏樹の成長をしみじみと感じていた。


「親父、大袈裟だって。入院した時は何も分からなくてオロオロしてて、白川先生に任せ放しだったからさ」


「そういうのを成長したって言うんだよ」


 分からないことや、経験のないことを率先して学ぼうとする姿勢が、成長して大人になっていると健治は言っている。


「そうなのかな……?」


「私もそうだと思うよ。健治おじさんが入院して何もできなくて、宏樹は不甲斐ないって思ったんでしょう?」


「そうだな……瑠璃の言う通りだよ」


 健治が入院したことで、色々な面で高校生である宏樹は自分の無力さを痛感した。その経験が今の宏樹に繋がっていた。


「瑠璃ちゃん、わざわざ休みの日に付き添ってもらって悪いね」


「いえ、父も行きたいとは言ってたんですが、生憎仕事があるみたいで……」


「政光も立場的に忙しそうだな……瑠璃ちゃん、あいつが無理しないようにシッカリ見張っててくれな」


「はい、無理しそうだったら、首に縄を付けてでも家に帰らせますので」


「おお、そりゃ心強いけど怖いな」


 健治はガハハと楽しそうに笑った。


「瑠璃、俺たち今日はこのまま家に帰るけど、一緒に来て夕飯でも食べるか? 今日は綾香が退院祝いにご馳走作るって言ってたし」


「え? 家族水入らずなのに私がいたら邪魔じゃないかな……?」


「瑠璃ちゃんは家族みたいなもんだから、邪魔なんかじゃないぞ。遠慮せずに来るといい」


「そうだよ、家に来るの久しぶりだし、瑠璃ちゃんに色々と話を聞きたいし……来なよ?」


 健治も綾香も瑠璃が来ることに賛成だ。


「そ、そうかな……? じゃあお言葉に甘えて夕飯ご馳走になろうかな……」


 宏樹の家族に歓迎され、瑠璃は悪い気はしなかった。寧ろ嬉しくてスキップでもしそうなくらい内心では浮かれていた。


「じゃあ、決まりだな。タクシー捕まえてさっさと帰るか」


 そう言って宏樹は遠目に見えたタクシーに手を挙げ、拾ったタクシーで健治たちは帰途についた。

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