第24話
「鎌田さん! 親父の様子は⁉︎」
病院に到着すると処置室の前のベンチシートにパートの鎌田が腰掛けていた。救急車で健治が運ばれた際に付き添いで一緒に来たのだろう。
「宏樹くん! 今は安定しているみたいだから落ち着いて。まだ、中には入れないみたいだから、ここに座って待ちましょう」
宏樹はのんびり座っていられないのか、立ったままだった。
「意識ははっきりしていますので少しの時間ならお話しはできます」
処置室から出てきた看護師から容体の説明を聞いた宏樹は、白川先生と二人で処置室に入ろうとするが看護師に静止される。
「失礼ですが、そちらは?」
看護師が白川先生を一瞥する。
「この子の担任で付き添いで来ました」
「失礼しました。では、こちらへどうぞ」
看護師に促され処置室に足を踏み入れる。
「よう、宏樹」
処置室に入ると健治は意識はあるようで、危機感のない気の抜けた声で宏樹に挨拶をする。
運び込まれた病院の処置室で点滴の針を腕に刺し、ベッドに横になっている健治と対面した宏樹は、意識がある事を確認するとホッと胸を撫で下ろした。
「よう、じゃないだろ⁉︎ 心配したんだぞ!」
あまりにも危機感がない健治の振る舞いに、思わず声を荒げる宏樹。
「患者さんに負担が掛かりますのでお静かに」
それを看護師に宥められる。
「あ、すいません……」
「小島くん、落ち着いて話しましょう」
「そちらは?」
健治が白川先生に目を向けた。
「失礼しました。担任の白川と申します。お父様が倒れたと聞いて付き添いで参りました」
「……それはご迷惑をお掛けしました」
「いえ、お母様がいらっしゃらないとのことなので、私が変わって手続き等はしますので安心してください」
宏樹には大人の家族が健治しかいない。入院とかになれば色々とやることがあるだろう。
「何から何まで申し訳ありません。よろしくお願いします」
「はい、お任せください」
その後、患者に負担がかかるからと退室を促されて処置室を二人は出た。
「ひろ兄!」
処置室を出ると教師を伴った綾香が宏樹の元に駆け寄ってきた。
「綾香!」
「パパはどうなの⁉︎ 大丈夫なの⁉︎ ねえ!」
綾香は混乱しているようで処置室に入ろうとしていた。
「綾香、落ち着け! 今、少し話してきたが意識はあるし大丈夫だ。今は親父に負担が掛かるから会えないけど安心しろ」
「よかった……」
宏樹のそのひと言で綾香は少し落ち着きを取り戻し、安堵の表情を見せた。
「詳細なことは検査結果が出ないとハッキリしたことは分かりませんが、過労からの貧血と思われます。検査入院が必要となりますので、ご家族の方は入院の準備をお願いします」
処置室から出てきた医者の見立てを聞いた宏樹は、やっぱり無理が祟ってしまったのかと唇を噛んだ。
その後、健治は病室に移されしばらく入院となり、翌日から宏樹は学校に来なくなった。
◇
宏樹が学校を休み始めて三日目の昼休み、瑠璃は誰も座っていない彼の席を見つめていた。
「はぁ……どうしたらいいんだろ……」
瑠璃は溜息をつきながら周囲を見回した。すると晶の姿が目に留まった。
――宏樹の様子を宮古さんに聞いてみよう。
晶は一緒にバイトをしているから宏樹の今の状況を知っているかもしれない。
そう思った瑠璃は席から立ち上がり、晶の座っている机に移動した。
「宮古さん、少しいい?」
「瑠璃ちゃん……」
声を掛けた瑠璃の切羽詰まった様子に気付いた晶は、少し
「宮古さんは、宏樹が今どうしてるか知ってる?」
瑠璃が今、一番知りたい事を晶に尋ねた。
「ひろくんは本店と二号店を掛け持ちして毎日、朝から晩までお父さんの代わりに働いてるみたい……」
「朝から晩まで⁉︎ 毎日?」
瑠璃はパン屋の朝が早いことを知っている。晶の話を聞く限り宏樹はかなり無理をしている事が窺える。
「うん……他のスタッフに迷惑を掛けられないからって……」
「全く……宏樹らしいわね……でも、あまり無理をすると今度は宏樹が……」
宏樹は基本的に他人に優しく自分を犠牲にするタイプだ。瑠璃に対してはまあ……アレだけど。それは置いておくとして、宏樹が無理していることは分かった。
「うん、私もバイト増やそうと思ってるけど、お父さんの仕事は私じゃ出来ない事が多くて……」
まだ新人の晶はパン製造にはあまり関わっていないのだろう。
「そうなんだ……それでも宏樹の力になってあげて。私は仕事を手伝ってあげられないから……」
「うん、分かってる。瑠璃ちゃんも一回会いに行ってあげて」
「私は両親と明日お見舞いに行こうと思ってるの。うちの両親は宏樹のお父さんと古い付き合いだから」
「そっか……ひろくんと幼馴染だもんね。瑠璃ちゃんが羨ましいな」
「でも、付き合いが長ければいいって訳でもないわ。長過ぎて言わなくても分かるだろうって相手に甘えてしまったりね……」
今の瑠璃と宏樹の状況が正にそれだ。瑠璃はこれ以上宏樹に悪い虫が付かないように嘘をついて、許嫁という立場を利用しようとしている。
「それは……瑠璃ちゃんが、ひろくんの許嫁であることに甘えてるってこと?」
「宮古さん、どうしてそれを……」
「この前、ひろくんと二人で話す機会があって、その時に教えてもらったの」
『瑠璃の許嫁が宏樹』という話を広めるという願望は叶ったものの、瑠璃は素直に喜ぶことができなかった。
「……宮古さんの言う通り、私は親同士が勝手に決めた許嫁という立場を利用して宏樹に甘えていたのかもしれない」
「瑠璃ちゃん、そんなことないよ。私も過去のことを持ち出して『責任取ってね』なんて言ってしまって、ひろくんに迷惑を掛けてるし……」
晶は身体を使って宏樹に迫り、なんとか気を引こうとしている。自分の欲望のために宏樹の優しさにつけ込んでいる自覚が晶にあった。
「私たちは宏樹に甘え過ぎだね……」
瑠璃がポツリと呟いた。
「うん……」
晶も同じように思っているのか、小さく頷いた。
「折原さんは凄いよね。勇気を出して告白して、自分の気持ちをちゃんと伝えて……私には怖くてできないな……」
瑠璃は知らないことだが、めぐみも彼氏ができたと同級生の男子に嘘をついてる。
全員が全員、自分の恋に精一杯で手段を選んではいなかった。
「そうだね……私も今は無理かな……」
二人の間に沈黙が流れる。
自分たちの身勝手な行動を反省しているのかもしれない。
「宮古さん、私たちが今、宏樹にできることは、負担を減らすことしかないと思うの」
沈黙の中、瑠璃が口を開いた。
「うん」
「だから……私たちの感情を押し付けるのは止めて、お互いにできることをやりましょう」
「瑠璃ちゃん……分かった。私はバイト先でできるだけ支えるようにする」
「宮古さん、宏樹が無理しないように……お願い。私は……私にしかできないことを考えるわ」
いかに今まで宏樹に甘えていたのかを自覚した瑠璃は、新たな決意を胸にするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます