第23話

「あ、晶? どうしてここに?」


 転校初日に晶は校内で迷って、この視聴覚室で瑠璃と会っているところを見られたことがあったのを宏樹は思い出した。


「ひろくんと瑠璃ちゃんが二人して教室を出て行ったから、コッソリ後を尾けてきたの……」


「そ、そうか……」


 あの時は瑠璃が突然声を掛けてきたので、無警戒だったことを宏樹は後悔した。


「それでひろくんは瑠璃ちゃんとここで何をしていたの……? 教室ではできないこと?」


 そう言いながら晶は後ろ手で扉の鍵を閉めて、宏樹に迫ってきた。


「そ、それは……」


 ――瑠璃と話していた内容は聞かれていなかった?


 ここは視聴覚室だったこともあり、ある程度の防音がされており、会話程度の音は外に漏れることはない。


「こういうこと?」


 ――ッ⁉︎


 答えに窮している宏樹に晶は正面から抱き付いてきた。


「お、おい! 晶、どうしたんだよ⁉︎」


「人に見られたら困るような、こういうことを瑠璃ちゃんとしてたの?」


 晶は視聴覚室で瑠璃と宏樹が逢引でもしているのではと思っているようだ。


「る、瑠璃とは話をしていただけだよ」


「どんな話?」


 話の内容まで聞かせないと晶は諦めそうになかった。


「……瑠璃が男子に告白されたみたいで、その相談を受けていたんだ」


「そうだったんだ……瑠璃ちゃんモテそうだもんね……」


「そ、そうなんだよ、だから教室じゃなくて人に聞かれないようにここに来たんだ」


 全てではないが事実を話したことで晶は納得してくれたようだ。


「瑠璃ちゃんは、どうしてひろくんに相談したんだと思う?」


 瑠璃の話では宏樹が許嫁であることを公にすれば、告白する男子がいなくなるから、という理由だった。


 ――晶はそのことを言っているんだろうか……?


 許嫁が宏樹であることを、瑠璃が晶に話していなければ知らないはずである。

 だが、瑠璃と晶は最近かなり仲良くしている。もしかしたら心を許している晶に本当のことを話しているのかもしれない。


「……晶、さっき瑠璃と何を相談していたのか話すよ」


 これ以上晶に隠し通すのは難しいと判断した宏樹は、本当のことを話す覚悟を決めた。


「うん、聞かせて」


「さっき話した男子に告白されたというのは本当だ。それも何人かに告白されたと瑠璃は言っていた。全て断ったそうだが、やっぱりその時は相手にも悪いし

、心苦しいと言ってた」


「うん、分かるよ。私も転校前の学校で何回か告白されて断ったことがあるから」


 ――そうだよな……晶は可愛いし性格も良いから、告白されてもおかしくないよな……。


 前の学校で告白されたことを聞いた宏樹は、どこか面白くないという感情が湧き上がってきた。


「それで、ここからは知っているかもしれないけど……瑠璃に許嫁がいるって聞いたことがあるか?」


「うん、クラスの女子に聞いたことがあるよ」


 やはり許嫁がいることは噂として聞いているようだ。


「その許嫁が誰だか晶は知ってる?」


 宏樹は核心に迫る。


「ううん、それは知らないよ」


 そうやら瑠璃は晶に話してはいなかったようだ。


「その許嫁って……俺なんだよ」


「えッ⁉︎ ひろくんが……」


 さすがに驚きを隠せないようで、晶は呆然としている。


「ああ、親同士が古くからの知り合いで、俺たちが生まれた時に勝手に決めただけなんだけどな」


「そ、そうなんだ……ね……」


 晶は少しショックだったようで、落ち込んでいるのがよく分かる。


「いや、勝手に親同士で決めたことだし……瑠璃も間に受けてはいないと思うよ」


「そうかな……ひろくんがそう思ってても瑠璃ちゃんは……どうかな?」


 晶が何を言いたかったのか宏樹には分からなかった。


「それで俺が許嫁であることをクラスで広めていけば、告白されることも無くなるんじゃないかって話をしていたんだよ」


「うん……瑠璃ちゃんの考えは理解できたよ」


「そっか、晶も分かってくれてよかった。ようは男除けに俺の名前を使いたいって事らしいんだ」


 宏樹は晶に理解してもらえたと思っているが、実はお互いが思い違いをしている。

 宏樹は自分が瑠璃の男除けに利用されると思っているが、本当は女除けとして瑠璃が自分を利用しようとしていることを晶は分かっていた。


「宏樹、それは違うよ……」


「え? それはどういう……」


「最近ね……ひろくんの匂いを嗅ぐと、頭がふわふわしてお腹の辺りが熱くなるの」


 宏樹の質問には答えず、胸に抱き付いていたままの晶が、その豊満な胸を晶の胸板に押し付けてくる。

 晶はバイトの帰りに満員電車で宏樹に送ってもらった時に密着してから、性に目覚めてしまっていた。


「ひろくんの心臓、ドキドキしてる……私で興奮した?」


 その大きな膨らみの柔らかさと、眼前にある髪の毛の良い匂いで宏樹の心臓の鼓動は早くなる。それに晶は気付いたようだ。


 ――ヤバい! このままだと……気付かれてしまう。


 宏樹の下半身に熱いモノが集まってくるのが自分でも分かる。


 戸惑う宏樹の耳に突然、ガタガタという視聴覚室の扉を開けようとしている音が飛び込んできた。


 ――誰か入ってくる⁉︎


 こんなところを先生に見付かったら停学ものだ。晶に密着されて昂っていた気持ちが一気に冷め、今度は冷や汗を流すことになってしまう。


 晶と宏樹は息を殺し、教室に入ってこないことを祈った。

 

『視聴覚室の鍵も掛かってる……と、次の教室は――』


 どうやら使わていない教室の鍵が掛かっているか、先生が確認して回っているようで、扉を開けることなく立ち去ったようだ。


「はぁっ……バレなくてよかった……」


「ひろくん、興奮したね……」


 宏樹とは対照的に、見付かったら停学もあり得る状況で興奮していたようだ。


「い、いや……さすがに心臓が止まるかと思った」


 宏樹は晶を身体から優しく引き離すと、扉に向かい人気がないことを確認した。


「晶、お昼休みももう終わるし、教室に戻ろう」


「うん……分かった」


名残惜しそうにしている晶を他所に、宏樹はそーっと扉を少し開け、周囲を確認して視聴覚室を二人で後にした。





 視聴覚室で瑠璃と晶と密会をした日の午後の授業中、教室のドアが乱暴に開かれ、入ってきた岩田先生が教壇にいる白川先生に耳打ちした。


「小島くん! お父さんが仕事場で倒れて病院に運ばれたそうです。すぐに病院へ行ってください!」


 白川先生が教壇から放った言葉で教室がザワつく。


「お、親父が⁉︎」


 宏樹はガタンと椅子を鳴らし慌てて立ち上がり教壇へと駆けた。


「はい、詳しくは分かりませんが、病院には私も一緒に行きます。小島くんは急いで準備をしてください」


 担任の白川先生が付き添いで同行する事になった。


「この授業は自習にします。後は岩田先生の指示に従ってください」


 宏樹は自分の席に戻る途中、瑠璃の席の横を通り過ぎる。


「宏樹――」


 瑠璃は宏樹に声を掛けようとしたが邪魔してしまうと思い留まった。


「無事でいてくれ親父……」


 宏樹は自分の机の上の教科書もそのままに、カバンだけ持って白川先生と慌ただしく教室を飛び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る