第22話

「めぐみさんだっけ? 宏樹はどうして付き合わなかったんだ? いい子なんだろ? 話を聞く限りでは。好みじゃなかったとか?」


 昼食を食べ終わった宏樹は先日めぐみに告白されたことを、教室の片隅で密談するように雄大に相談していた。

 宏樹はめぐみに告白されたことにより異性、というより瑠璃、晶、めぐみに対しての感情というものを意識し始めていた。


「いや、めぐみさんは美人だし性格も良いし、好みか好みじゃないかと聞かれたら、まあ……好みだよ」


「瑠璃お嬢さまといい晶ちゃんといい、このリア充が……爆発しろ」


 雄大は羨ましいなこの野郎、と冗談ぽく言ってはいるが目は真剣そのものだった。


「まあ、冗談はさておき……それで付き合わないってことは瑠璃お嬢さまか晶ちゃんのことが宏樹は引っ掛かってるんだろう?」


 雄大は中学の頃から宏樹と仲が良い。だから全てお見通しだった。


「まあ、そうかな……誰に恋愛感情を抱いてるとか自分でも分からないし……」


「分からないし?」


 雄大が宏樹に言葉の続きを促す。


「そもそも恋愛感情ではないのかもしれない」


 宏樹は三人に抱いている感情が何なのか、それが分からないから雄大に相談したのだ。


「でも、クラスの他の女子と比べたら三人は特別なんだろ?」


 雄大はクラスで友達同士で集まりお喋りに花を咲かせている女子グループに目を向けた。


「まあ……クラスの他の女子とは明らかに違う感情ではあるかな」


 宏樹にしてみればクラスメイトの女子とはあまり接点がなく、良いも悪いも分からなかった。


「宏樹はクラスの女子との関係が薄いもんなぁ……」


「そうなんだよ。学校行事とかで話す以外の会話をしたことがほとんどないから何とも思わないんだよな」


「でもさ、あの子可愛いな、とかオッパイ大きくていいな、とか思ったりしないわけ?」


「雄大、お前いつもそんなこと考えてるのか?」


「そりゃそうだよ。俺たちは多感な高校生男子だぞ? 女子をエロい目で見るのは当たり前だろ⁉︎」


「当たり前とか言われてもなぁ……」


 開き直った雄大の台詞から、彼がいつもそんなことを考えながらクラスの女子を見ていることが分かり宏樹は呆れ顔だ。


「なに? 宏樹は晶ちゃんたちをそういう目で見ないのか?」


「いや……そうでもない、かも」


 三人に接近されたり密着されたりすると、宏樹といえどもドキドキしたり女性を意識してしまう。


「だろ? 他の女子に興味がなくても、その三人に対しては特別な感情を抱いているってことだよ。それが恋に発展するのか、そもそも既に恋なのかもしれないしな」


「雄大……お前女子と付き合ったことがないのに凄いな」


「女子と付き合ったことがないは余計だ! 女心は分からんが男心は俺に任せろ!」


 悲しい事実でありながらも雄大は、誇らしげに胸を張った。


「雄大が男心の代表みたいに言われてもな。でも、雄大に話してよかったよ。自分の心と向き合うためのヒントになったよ」


「宏樹は真面目に考え過ぎなんだよ。可愛い子と仲良くなれたら難しく考えずに付き合ってみる! お前はクラスの女子からも人気があるんだからさ」


「え? 俺って人気あるの?」


「悔しいが宏樹は顔だけは良いからな。カッコイイとか女子が話してるのは聞いたことがあるぞ」


「だけ、は酷いな」


「顔だけでも良いって言われてればいいじゃない? 俺なんかな……いつも女子ばかり見ててキモいとか言われてたらしいぞ」


「雄大は感情に正直過ぎるんだよ。少しは自重しろ」


 雄大は友達として信用できるし良い奴だ。そうでなければ宏樹はめぐみたちの事を相談しないだろう。


「それは無理だな。俺は自分のリビドーに正直に生きる!」


「犯罪者にはなるなよ……?」


 雄大は自重する気はないようだ。それさえなければ彼女くらいできそうなのに、と宏樹は溜息をついた。


「話が盛り上がってるところ悪いんだけど……」


 雄大が熱弁しているところで後ろから不意に声を掛けられ、振り返るとロングの黒髪の華奢な女子が立っていた。


「る、瑠璃⁉︎ な、何か用か?」


 雄大との会話を聞かれていたかもしれないと思った宏樹は、動揺した様子で瑠璃に尋ねる。


「横山くんお話中にごめんなさい。宏樹に少し話があるから借りるね」


「宏樹なら焼くなり煮るなる、久宝さんのお好きなようにどうぞ」


「と、取って食おうって訳じゃないから!」


 雄大の冗談を真にうけた瑠璃は顔を赤くして否定する。


「……雄大、ちょっと行ってくる」


 瑠璃が宏樹に直接声を掛けることは珍しいことだ。宏樹は自分が何かやらかしたのかと心配になった。




 瑠璃に連れられて、宏樹は例の旧校舎の使われていない視聴覚室にやってきた。


「で、こんなところに連れて来るってことは、人には聞かれて困る用事かなんか?」


 人気の無い旧校舎で使われていない教室で、唯一鍵を掛け忘れている視聴覚室は秘密の話をするには絶好の場所だ。


「ま、まあ、そんなところよ」


 瑠璃は宏樹に向き合わずに目を逸らしている。その態度がなにか言いにくいことであると暗示していた。


「それで何かあったのか?」


「わ、私たちって許嫁よね?」


「まあ、親同士が勝手決めたことではあるけど……そうだな。で、それがどうしたの?」


「私たちが許嫁であることを今まで内緒にしてきたけど、それとなくクラスで公にしていきたいなぁって……」


「えっ⁉︎ 急にどうしたんだ……瑠璃?」


 瑠璃が許嫁であることを公表しようと言い出したことに宏樹は驚きを隠せない。


「じ、実は最近ちょくちょく男子に告白されていて……断るのも心苦しいし……その……相手が近くにいる男子なら告白する前に諦めてくれるかなって……ほら、今は私に婚約者がいるなんてあくまで噂じゃない? だから……その……」


「瑠璃が告白されてるなんて全然知らなかった……誰なんだ?」


 告白されたというのは瑠璃の嘘である。宏樹に許嫁がいれば他の女性が寄りつかないようにする為の、瑠璃の浅はかな考えであった。

 めぐみが宏樹に告白したことによって、瑠璃は宏樹が他の女性に靡いてしまうのでは、と危機感を覚えたのだ。


「そ、それは相手の人にも失礼だから教えられないわ。それでどうなの?」


「……」


「知られたら困るから無理とか? 宮古さんとか」


 答えに窮し黙っている宏樹に痺れを切らした瑠璃が晶の名前をあげた。


「あ、晶は関係ない、よ」


 実際には関係ないとは言えない宏樹は言葉を詰まらせた。


「じゃあ、何か問題でも?」


 瑠璃も宏樹の女除けのためになりふり構ってはいられないようだ。


「……少し考えさせてくれ」


「分かった……いきなり決めてと言われても困るわよね」


「ああ、すまない」


「じゃあ、私は教室に戻るから」


 そう言って瑠璃は視聴覚室を出ていった。


「瑠璃のやつ急にどうしたんだ……それに何回も告白されているって言ってたよな……」


 瑠璃が他の男に告白されている姿を想像すると、面白くないと思う感情が湧き上がってきたことに宏樹は気が付いた。


 宏樹が視聴覚室でそんな事を考えていると、視聴覚室の扉が開いた。


「瑠璃、何か忘れ――あ、晶……? どうしてここに?」


 何か忘れ物でもして瑠璃が戻って来たのかと扉に目を向けると、そこから顔を出したのは晶であった。

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