第20話
ランジェリーショップを後にした宏樹たちは、カフェで休憩を挟みながら本屋に行ったりショッピングを楽しんだ。
「めぐみ、そろそろ日が暮れてきたし何か食べて帰ろうか?」
「もうそんな時間かぁ……宏樹は何が食べたい?」
「そうだな……荷物もあるし、ゆっくりできる店がいいかな……サイゼリヤが近くにあったからそこしようか」
「うん、それでいいよ」
百貨店のレストラン街などは高校生の宏樹たちの財布には厳しい。サイゼリヤなら財布に優しく学生の味方だ。
「そういえばSNSで一時期、『初デートでサイゼリヤを選ぶ男なんてあり得ない』って話題になってたんだけど、やっぱりあり得ないのかな?」
「うーん……学生の私たちならサイゼリヤでもいいけど、社会人になったらそれなりのお店に連れて行くのが常識なのかなぁ? でも、サイゼリヤに連れていかれたくらいで幻滅するなら、その程度の好意しかないんだろうし付き合わなくて正解かもね。価値観が合わないんだから」
「まあ、そうだよな。めぐみの言う通り価値観の問題だから早目に知ることができて、お互いにとってはいいことかもな」
「私は、宏樹と一緒ならどこでも楽しいよ」
めぐみはそう言って再び宏樹に自分の腕を絡めた。
――デートって心臓に悪いな……。
めぐみは平気でスキンシップをとってくるが、宏樹は未だに腕を絡めたりされると、その柔らかさにドキドキしてしまっていた。
「そ、それじゃあ行こう」
宏樹は平静を装ってはいるものの、声は少しうわずっていた。
「うん!」
「ごちそうさまでした。めぐみ、本当に奢ってもらっちゃっていいの?」
「うん、今日は無理を言って付き合ってもらったからそのお礼だよ。だから気にしないで」
「分かった。遠慮なくご馳走になるよ。もう時間も遅いしめぐみは門限があったはずだからそろそろ帰ろうか」
めぐみはバイトがある時以外は門限が二十一時だ。このまま帰ればちょうどいいだろう。
「もう、こんな時間か……楽しいとあっという間だね」
「ああ、俺も楽しかったよ」
「ホント⁉︎ 宏樹も楽しんでくれて嬉しい」
女性とお付き合いをしたことがない宏樹だが、何となくデートというものがどういうものか分かった気がした。
「じゃあ、家まで送っていくよ」
――⁉︎
歩き出そうとすると宏樹の手が暖かいものに包まれた。
「宏樹……手を繋いで帰ろ? 今日は恋人同士なんだよね?」
「そ、そうだな」
めぐみはさらに宏樹の指に自分の指を絡めてきた。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。
「こうやって指を絡めると気持ちいいね……」
絡めた指の柔らかい感触と上気しためぐみの表情を見た宏樹は、何とも形容し難い感情が湧き上がってくる。
駅前から人気の無い閑静な住宅街まで二人は手を繋ぎ、めぐみの家へと向かっている。
「宏樹、デートなんてお願いを聞いてくれてありがとう」
「デート楽しかったし、めぐみには感謝してるよ」
「本当⁉ よかった……宏樹が楽しんでくれてよかった……もちろん、私もすごく楽しかった」
彼女役を演じていたのではなく、気持ちは宏樹の彼女になっていためぐみの今日の振る舞いは恋人そのものだった。
「私たち相性良くない? このまま付き合っちゃおうよ」
「めぐみ、また俺を揶揄って――」
そう言い掛けた宏樹はめぐみの真剣な表情を見て言葉を止めた。
「私、前に冗談は言わないって言ったよ? 覚えてる?」
以前めぐみをバイト先から送った時にそのような事を言っていたことを宏樹は思い出した。
「ああ……覚えてる」
「私……宏樹なら……ううん、宏樹じゃなきゃイヤ。本当は仕事を辞める時に言うつもりだった、けど」
めぐみは胸から溢れる宏樹への想いをもう止めることができなかった。
そして、めぐみは繋いでいた手を離し宏樹に正面から向き直った。
「今日、宏樹とデートして楽しくて、嬉しくて……もう止めることができないの」
めぐみはそこで言葉を止め小さく深呼吸した。
「宏樹……あなたのことがずっと好きでした。私と付き合ってください」
めぐみは宏樹の目を正面から見据え、静かにその想いを目の前の大好きな人に打ち明けた。
告白を終えためぐみは宏樹の胸に飛び込み、両手を背中に回し顔を胸に埋めた。宏樹の両腕はそのまま下ろしたままだった。
時間にして十秒も満たない時間だろうか、無言だった宏樹は両手をめぐみの肩に添え、優しく自分の身体から押し戻した。
「ごめん……めぐみと今は付き合えない」
その言葉を聞いためぐみはビクッと肩を震わせた。
「……やっぱりダメ、なんだ……理由を聞いてもいい? やっぱり久宝さんの事が好きだから? それとも晶ちゃん?」
顔を上げためぐみは目に涙を溜め、その瞳は街灯の光を反射し輝いていた。
本当は今にも泣き出してしまいそうなのを必死に我慢し、めぐみは気丈にも理由を尋ねた。
「めぐみと今日デートして付き合ったらきっと楽しいだろうなあって思った。それは本音だ」
「だったら――」
だったら私と付き合っても、と言い掛けたがめぐみはそこで言葉を止めた。
「だけど……めぐみが俺にとって大切な人であるように、瑠璃も晶も等しく大切な人なんだ」
どう気持ちを伝えていいか分からず宏樹は言葉を止めた。
「俺が……誰が好きなのか……もちろん三人とも好きだけど恋愛感情というものを誰に抱いているのか自分でも分からないんだ。いや……恋愛感情というものが分からないのかな?」
宏樹は自分の感情を必死に伝えようとしているが上手く表現することができなかった。
瑠璃や晶やめぐみの三人に迫られればドキドキすることは自分でも分かっていた。実際そうだった。だが、それは恋愛感情なのか、それとも魅力的な女性に感じる性的な生理によるものなのか宏樹は判断することができなかった。
「そう、なんだ……だったら……まだ私にもチャンスがあるかな」
めぐみはポツリと呟いた。
「宏樹の心がまだ誰のものでもないなら私は宏樹のこと諦めない」
俯いていためぐみは顔を上げ宏樹の顔を覗き込んだ。
「でも、これで私が一歩リードしたよね? 宏樹はこれからイヤでも私の事を意識するようになったでしょ?」
前向きなめぐみらしい発言だった。
「ま、まあそうかもね」
「告白は不発に終わっちゃったけど、完全にフラれたわけじゃないし今日はこれで良しとするよ」
「めぐみ、ごめんな」
宏樹は今、謝ることしかできない。何か言ったところでめぐみを傷付けたことには間違いないのだから。
「ううん、宏樹の気持ちを聞けてよかった。勝てないまでも負けてもいないことが分かったしね」
どこまでも前向きなめぐみであった。
「そ、それじゃあ遅くなったしそろそろ帰ろうか」
ここまで直球で好意をぶつけられた宏樹は照れくさくなり、どうしていいか分からず話をはぐらかした。
「それじゃあ今日も送ってくれてありがとう。楽しかったよ」
「俺も初めてのデートは楽しかったよ」
めぐみの家の前で足を止めた二人はそのまま会話を続けていた。
「初めてのデートの相手が私で嬉しい……それじゃあ今日のお礼を渡すから宏樹、ちょっとこっち来て」
そういってめぐみはカバンを開け手を入れた。
「お礼なんていいのに」
そう言いながら宏樹は近寄り、カバンから何かを取り出そうとしているめぐみの手に注目した。
――⁉︎
カバンに意識を向けていた宏樹の頬に温かく柔らかいものが触れた。
その柔らかい感触はめぐみの唇だった。
「口にキスするのは恋人同士になったらね」
そう言って離れためぐみの髪からふわりと良い匂いが宏樹の鼻腔をくすぐった。
「おやすみなさい! またバイト先でね!」
めぐみも恥ずかしかったのだろう、顔を真っ赤に染め自宅の玄関まで走っていった。
宏樹は頬に手を当て茫然とめぐみの背中を見送った。
「帰るか……」
惚けていた宏樹は我に返り自宅へ向けて歩き出した。
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