第19話

 宏樹とめぐみはお互い恋人同士を演じ、腕を組みながら繁華街を歩いている。


「とりあえず、そこの雑貨屋に入ってみようよ」


 めぐみが宏樹の腕を引き、二人は輸入雑貨の店に足を踏み入れた。

 店内に入ると海外製の雑貨から漂ってくるキツめの香料の匂いが鼻をつく。


「なんでこういう店ってすごい香料の匂いがするんだろうな?」


 宏樹はこういった輸入雑貨の店の香料のキツイ匂いがいつも気になっていた。


「海外の生活雑貨って必ずといっていいほど香料で匂いがついてるよね。私はこういう匂いが好きだから輸入雑貨の店に来るのは嫌じゃ無いけど、宏樹はキライ?」


「うーん……あんまり好きじゃないかな? なんか口の中がザラザラしたような感じになるんだよね」


「そうなんだ? じゃあ出る?」


「いや、大丈夫だよ。こういう所でしか買えないアメリカンな飲み物とか見るの好きだしね」


 日本向けの海外製品は無難なものしかないが、直輸入のものだと変わったテイストのドリンクとか置いてあり、宏樹はそういう変わった飲み物が好きだった。


「あ、ドクペのチェリー味だ。これ意外と美味いんだよね」


 宏樹はショーケースの冷蔵庫で冷やされている、いかにも直輸入ですと言わんばかりの缶のドリンクを指差した。


「ドクペってあの薬臭いドクターペッパーのこと?」


「そうそう、それのチェリー味だよ。チェリー味はあんまり売ってないから珍しいな」


 めぐみが言う薬臭いというのは間違ってはいないが、慣れるとクセになる味で類似の炭酸飲料では物足りなくなる魅力がドクターペッパーにはあった。


「ドクターペッパーは昔、子供の頃飲んだ時に薬臭くて美味しくなかったから、それ以来飲んでないなぁ」


「チェリー味は少し薬臭さも緩和されてるからし、クセになる味だし久しぶりに飲んでみる?」


「そうだね……気にはなるから飲んでみたいかな?」


 クセになると聞かされると、どういうものなのか気になるのは人の性だろう。めぐみも気になるようだ。


「よし! じゃあ、買おう!」


 めぐみがこれを飲んだ時にどんな反応をするか楽しみな宏樹は、ドクターペッパーのチェリー味を買い物カゴに入れる。


 その後、雑貨を数点買った二人は店を後にした。


「さて……早速飲んでみようか」


 店を出て少し歩いたところで宏樹は足を止め、買い物袋からドリンクを取り出した。

 プルタブを開けるとプシュという音と共に缶の飲み口に中身が少し溢れる。


「そうそう! この匂い! めぐみも嗅いでみ?」


 宏樹が差し出したドリンクの飲み口に鼻を近付け匂いを嗅ぐめぐみ。


「やっぱり薬臭い……けど、なんか飲めそうな気がする」


「じゃあ、俺が口をつける前にどうぞ」


「先に飲んでいいよ。宏樹の反応を見て飲むか決めるから」


 ――先に宏樹に飲んでもらえば間接キスできる!


 だが、めぐみは最初から間接キスを狙っていたので、先に宏樹に飲ませようと渋るフリをしているだけであった。


「でも、俺が口をつけた後じゃ嫌じゃない?」


「そ、そんなことないよ! むしろご褒美――」


「え? 今なんて?」


 思わず本心が漏れそうになっためぐみの言い掛けた言葉は宏樹には聞き取りづらかったようだ。


「な、何でもない! とにかく宏樹が先に飲んで!」


「わ、分かった……」


 必死なめぐみの迫力に押され、宏樹は缶に口をつけ、黒い液体をひと口飲み込んだ。


「うん、普通のドクペと違って、チェリーの風味がして美味い。これならめぐみにも飲みやすいんじゃないかな?」


「わ、分かった……飲ませて頂きます……」


 ――ドクペを飲むだけで、そんなに覚悟が必要なのか?


 意を決して飲もうとするめぐみの姿に宏樹は並々ならぬ覚悟を感じた。

 だが、実際には間接キスが恥ずかしくて、めぐみは躊躇しているだけであった。


「うん……美味しい! 宏樹すごく美味しいよ!」


「そ、そう、それはよかった……」


 予想以上に興奮した様子のめぐみは少し顔を赤く染めていた。


 ――そんなに美味しかったのかな……?


 こうして、めぐみが間接キスで喜んでいることは宏樹にバレずに済んだ。


「宏樹、ちょっと寄りたいお店があるんだけどいい?」


「もちろん。今日はめぐみの行きたいところは遠慮なく言ってくれ」


 ――本当にデートしてるみたいだな。


 宏樹はこうしてめぐみと自然に会話ができていることで、本当のカップルのような気持ちになってきていた。




「それじゃあ次はここね」


 駅前の複合施設で洋服を見て回った後、めぐみは一軒のお店の前で足を止めた。


「え⁉︎ ここに入るの?」


 宏樹がその店を見て驚くのも無理は無い。

 なぜなら、そこはランジェリーショップだからだ。


「そうだよ。新しい下着が欲しいから宏樹に選んでもらうと思って」


「い、いや、俺は外で待ってるからめぐみは一人で買ってきてよ。さすがに恥ずかしいよ」


「一緒に選ばなきゃ意味がないの。だからほら」


 一緒に入ることを渋る宏樹の意見は無視し、めぐみは宏樹の腕を取り強引に店の中に入っていく。


「ねえ、宏樹。どれが私に似合うと思う?」


「い、いや……めぐみさんならどれでも似合うと思いま――じゃなくて思うよ」


 宏樹は緊張から一瞬素に戻ってしまい敬語を使いそうになる。


「それじゃダメなの。宏樹に選んでもらったのがいいの」


 借りてきた猫のように大人しくなった宏樹に上目遣いで懇願するめぐみ。


「わ、分かったよ……」


 そんな顔をされて断れるはずもなく、宏樹は一緒に色とりどりのランジェリーを二人で選び始める。


「こ、これなんてどうかな……?」


 ただの布切れなはずなのに女性と一緒に選んでいるだけで、なぜかいやらしく感じてしまう。宏樹も多感な高校生、めぐみが着けるところを想像してしまうのは仕方のないことだった。


「ちょっと大人っぽい感じだね。宏樹は私にこういうのを着てもらいたいのかな?」


 めぐみは揶揄うような物言いで宏樹の反応を窺っている。


「めぐみに似合いそうかなって……」


「そっか、それじゃあ試着してみようかな」


 めぐみは自分のサイズを選び試着室へと移動した。


「覗いてもいいんだよ?」


 試着室に入ろうとするめぐみは明らかに面白がっているような言葉で宏樹を揶揄う。


「覗きません!」


 試着室のカーテンが閉まり、中から布が擦れる音がする。


 ――中ではめぐみさんは全裸……?


 下着の試着ということは全部脱ぐということだ。服を脱ぐ気配に宏樹はいらぬ想像をしてしまいゴクリと喉を鳴らした。


 しかし試着といっても、ブラジャーしか試着ができないことを宏樹は知る由も無かった。


「宏樹、見てみる?」


 カーテンから顔を覗かせためぐみは、その隙間から綺麗な鎖骨と胸の谷間が見えてしまっていた。


「め、めぐみさん⁉︎ み、見えてますよ!」


 慌てた宏樹は強引にカーテンを閉めた。


「あん、せっかく似合ってるか見てもらおうと思ったのに」


 試着室から聞こえてくるめぐみの声も今の宏樹に拷問に近かった。


「宏樹に選んでもらったこれ買うね」


 試着室から出て二人でレジへと向かう途中、めぐみが突然身体を寄せてきた。


「今度、着てるところ見せてあげる」


 めぐみは宏樹の耳元に口を寄せボソッと呟いた。

 突然、顔を近付けてきためぐみに囁かれ、その吐息が耳に当たった宏樹はビクッと身体を震わせた。


「み、見せなくていいです!」


「えー見たくないの?」


「そんな簡単に見せられるモノじゃないでしょう? 揶揄わないでくださいよ。まったく」


「宏樹になら見せてもいいよ」


 やれやれといった様子の宏樹とは対照的にめぐみの顔は真剣そのものだ。


「ほ、ほら、さっさと会計済ませましょう」


 どう返事してよいのか宏樹には分からなかった。女子とお付き合いをしたことがない宏樹には、上手く会話を繋げるほどのスキルは持ち合わせてはいない。


「宏樹に選んでもらった下着嬉しい!」


 会計を終え、ご機嫌なめぐみは再び宏樹の腕に自分の腕を絡め、スキップしそうな勢いのめぐみに引っ張られ二人で店を出た。

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