第17話

「ここが、めぐみのバイト先かぁ」


 めぐみはバイトをしていることを学校で話していても、具体的にどこで働いているかは内緒にしていた。

 めぐみはクラスでも男子に人気があり、バイト先まで男子が押し掛けられると面倒だからだった。


「ホントに変なこと言わないでよ?」


「心配症だなぁ。めぐみの邪魔をするようなことはしないよ。それに……恋敵ライバルも見てみたいしね」


 明日香は晶のことを言っているようだが生憎、今日は病欠だ。


「欠勤したのがその子だから今日はいないよ」


「なーんだ、どんな子か楽しみにしてたのに。まあ……めぐみの愛しい人がどんなのか分かるだけでもいっか」


「明日香、面白がってるだけでしょう?」


「そんなこと無いって。めぐみが変な男に引っ掛からないようにあたしが品定めしてあげる」


「そんなこと言ってるけどただ見たいだけでしょう?」


「バレちゃった? めぐみがカッコイイ言うから興味があるだけ。一条もイケメンだけど性格がねぇ」


 明日香が云うように一条は性格に難ありだ。悪い噂は聞かないがややナルシストっぽいところと空気が読めないところがめぐみも明日香も受け付けなかった。


「じゃあ、入るよ」


 面倒見が良くて気さくに話せて心許せる明日香にめぐみは感謝していた。今日も心配して着いて来てくれたのだろう。


「いらっしゃいませ――ってめぐみさん。お疲れさまです」


 めぐみが店内に入ると品出しをしていた宏樹と鉢合わせした。


「宏樹くん、遅くなっちゃってごめんね」


「いや、来てくれただけでも嬉しいですよ……ってお友達ですか?」


 一条のせいで遅くなってしまったが、宏樹の笑顔を見ただけで嫌な気持ちなど全て吹き飛んめぐみは、そのひと言で胸が熱くなる思いだった。


 めぐみの後ろにいた明日香が同じ制服を着ていたので、宏樹は友達だと思ったようだ。


「めぐみの親友の新田明日香でーす。オーナーの息子くん初めましてぇ」


「は、初めまして。めぐみさんのバイトの同僚で小島宏樹と言います」


 初対面なのに軽いノリで挨拶する明日香に宏樹はちょっと面食らったようだ。


『彼がめぐみのすきぴなんだぁ……優しそうだし宏樹くんカッコイイじゃん。ユニフォームも決まってるし、こりゃ一条の負けだねぇ』


 明日香はめぐみを引き寄せ耳元で宏樹に聞こえないようにボソリと呟いた。


『で、でしょう? 宏樹くんカッコイイって言ったでしょう?』


 めぐみも明日香に想い人を褒められて嬉しいようで顔がニヤけている。


「あ、あの……」


 めぐみと明日香がボソボソと密談している横で、宏樹がどうしていいか分からず困っていた。


「ああ、宏樹くんごめんねぇ。仕事の邪魔はしないから安心して。コーヒー飲んだら適当にあたしは帰るから」


「あ、はい、ごゆっくりどうぞ」


「明日香、それじゃ私は仕事に入るから。またね」


 こうして明日香のお目通りも終わり、めぐみは店の奥へと消えていった。


「宏樹くん、めぐみのことお願いね」


「はい、めぐみさんシッカリしてるし仕事の方は心配しなくても大丈夫ですよ」


「そういうことじゃないんだけどねぇ」


 明日香が言っているのは店員としてでは無く、女性としてのめぐみをお願いしますという意味だが宏樹にそれが分かるはずもない。


「は、はあ……」


 だが、宏樹は明日香がめぐみの何をお願いするのか皆目見当も付かなかった。


「ああ、宏樹くん気にしないでいいよ。いつか分かることだから」


 明日香は謎の言葉を残し、席を確保するためにイートインコーナーへと移動した。パンとドリンクを購入した明日香は一時間ほど店内で過ごし帰っていった。




「お疲れさまでした」


 宏樹とめぐみは閉店時間になり退店し、いつものように二人は一緒に薄暗い閑静な住宅街を歩いている。


「今日は急に友達を連れて来ちゃってごめんね」


「めぐみさんが店に友達連れて来たのは初めてですよね」


「明日香がどうしてもが働いてるとこ見たいって言ってて……」


「あー確かに友達が働いてる姿って気になりますよね」


 明日香が見たいと言っていたのは宏樹のことであるが、本人は知る由もないだろう。


「まあ、見れて満足したと思うから」


 ――宏樹くんの姿をね。


「お友達、めぐみさんをよろしくって凄く心配してましたよ。何かあったんですか?」


 明日香はめぐみが偽彼氏の話を切り出しやすいようにしてくれていたのかもしれない。


「その……宏樹くんにお願いがあるんだけど……」


 せっかく明日香が気を利かしてくれたのを無駄にしない為にも、めぐみは彼氏のフリをしてもらうお願いをする決意を固める。


「お願い……ですか? 俺ができることなら……どんなことですか?」


「え、えと……その……私のか、彼氏になってくれない、かな?」


 緊張してテンパってしまっためぐみは事情を説明する前に、言葉足らずな上にいきなり本題を切り出してしまい、さながら本当の告白のようなお願いになってしまう。


「え……めぐみさん……それってどういう……」


 突然告白された宏樹は事態を飲み込めず呆然としている。


「ああ! そうじゃなくて! そうなんだけど、違くて、その……」


 顔を真っ赤に染めためぐみは動揺を隠せないようで支離滅裂になっていた。


「め、めぐみさん落ち着いて」


 あまりの慌てようを見て逆に落ち着きを取り戻した宏樹は、めぐみに落ち着くよう宥める。


「ええと、彼氏のをして欲しいの!」


「彼氏の、フリ……?」


 ちゃんとお願いを伝えたが、やはり説明不足で宏樹は何のことかサッパリ分からなかった。


「うん、偽彼氏の役を宏樹くんにして欲しいの。実は――」


 ようやく落ち着きを取り戻しためぐみは事の詳細を宏樹に説明した。


「な、なんだそういう事だったんですか……ビックリしましたよ」


「説明不足でゴメン。フリといえど緊張してテンパっちゃったの」


 好きな相手にフリとはいえ彼氏になって欲しいとお願いするのは、告白と同じようなものだろう。緊張するのも無理はないことだ。


「でも、別に相手は俺じゃなくて学校の同級生とかでもいいんじゃ……」


「学校の男子じゃダメ。ずっと学校でも彼氏のフリをしてもらわなきゃならないし、毎日のように顔を合わせる相手だといつかバレちゃうでしょう?」


「確かに……」


「好きでもない人に彼氏のフリを毎日されるのもイヤ」


「でも、俺が彼氏のフリをするのも嫌じゃない?」


「ぜ、全然イヤじゃないよ! ほ、ほら宏樹くんなら、その人と会うようなことがある時だけフリをしてもらえばいいし、帰りに送ってもらってるのも、こ、恋人同士っぽいし……」


 ――宏樹くんなら毎日でも嬉しいけど。


 めぐみは宏樹に聞こえないくらいの小さな声でボソッと呟いた。


「まあ、そうだけど……」


 宏樹は気乗りはしないようだ。フリとはいえ彼氏を演じるのは抵抗があるのだろう。


「ダメかな……こんなこと頼めるの宏樹くんしかいないの……」


 上目遣いで目を潤ませためぐみは宏樹にあざとくお願いする。


「わ、分かりました。俺でよければ力になります」


 懇願するめぐみの可愛さに負けた宏樹は覚悟を決めたようだ。


「ホント⁉︎ 嬉しい……」


 不安そうな表情から一転、めぐみはパアッと笑顔になり宏樹に抱き付いた。


「め、めぐみさん⁉︎」


 宏樹の胸元に晶ほどではないがめぐみの程よい大きさの胸が当たり、その柔らかい感触に心臓の鼓動が速くなる。そして上気しためぐみの身体から良い匂いが発散され宏樹の脳を刺激する。


「め、めぐみさん離れてください! 人に見られちゃいますって」


 人通りの少ない閑静な住宅街とはいえ人がいないわけではない。人に見られたら困る、というのは建前で、これ以上めぐみに抱き付かれていると理性を保つのが困難になると言うのが宏樹の本音だった。


「ご、ごめん……嬉しくて、つい……」


「と、とにかく責任を持って彼氏のフリをします」


「う、うん、宏樹くんありがとう。よろしくお願いします。そ、それでもう一つお願いがあるんだけど……」


「お願いって?」


「えーと……そ、その……」


 めぐみはとても言い出しにくそうだ。


「そ、そんなに言いにくいことなの?」


 何をお願いされるのかと宏樹は身構える。


「次の休みに、デ、デートしない?」


「デート⁉︎ えーと……誰と誰が……?」


「わ、私と宏樹くんに決まってるでしょ!」


 察してくれない宏樹にめぐみは語気を強めた。


「彼氏のフリだけじゃないんですか?」


「ほ、ほら、予行演習しておかないと、いざって時にボロが出るかもしれないでしょう? だ、だからデートを通してお互いのことを知る必要があるかなって……」


 苦しい言い訳をしている自覚があるめぐみは、徐々に声が小さくなっていった。


「そ、そういうものですか?」


 突然のデートの誘いに戸惑う宏樹。


「私、男性とデートとかしたことないし、経験は必要かなって……」


「わ、分かりました。俺も女性とデートとかしたことないので、彼氏のフリをするには必要かもしれないですね」


「ホ、ホント⁉︎ じ、じゃあ詳細はメッセージするね!」


 二人のその様子は側から見ると初々しいカップルが誕生したように見えたことだろう。


 二人はボロが出ないように彼氏のフリの計画を立てながら、めぐみを家まで送り届けた。

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