第16話

「めぐみ、今日バイト休みでしょ? 帰りにカラオケ寄って行かない?」


 授業を終えた放課後、帰り支度をしているめぐみにクラスメイトの新田明日香にったあすかが声を掛けた。


「明日香ごめん。今日は欠勤が出て代わりに出勤するから無理」


「そうなん? めぐみは良く働くねぇ」


「お店も欠勤が出て困ってたから」


「なんて言ってるけど、お目当てはオーナーの息子なんでしょ?」


 親友の明日香はめぐみがバイト先の男子に好意を持っていることを知っている。


「そ、そんなことは……あるけど……」


 めぐみは今や宏樹が目当てでバイトに行っているようなもので、それを否定することはできなかった。


「おー恋する乙女だねぇ。めぐみ可愛いよ。ひひ」


「もう、揶揄わないでよ」


「もうすぐバイト辞めるって言ってたけど、そのオーナーの息子に告白するん?」


 明日香は見た目がギャルで派手にしているが、友達想いでめぐみの一番の親友だ。だから、めぐみは包み隠さず話していた。


「そのつもりでいるんだけど……強力なライバルが現れちゃったから、どうしようかなって」


「ああ……大企業の社長令嬢で幼馴染だっけ?」


 明日香が言っているのは瑠璃のことで、めぐみが話しているのは晶のことだろう。


「ううん、まだ明日香には話してなかったけど、もう一人いるんだ。しかも同じバイト先に」


「まだライバルいるの⁉︎ オーナーの息子ってモテるん?」


「まあ……カッコイイし優しいし頼りになるし……」


「はいはい、ご馳走さま。それで、一条とどっちの方がカッコイイ?」


 明日香は同じ教室にいる一人の男子を一瞥した。

 明日香のいう一条とは、めぐみのクラスメイトの一条貴哉いちじょうたかやのことだ。イケメンの一条はクラスの女子から人気がある。


「比べられないよ。一条くんはそういうのじゃないし」


「でも、前に告白されたっしょ?」


 めぐみは以前、一条に付き合って欲しいと告白されたが好きな人がいると一度断っている。

 だが一条は引かず、めぐみが好きな人と上手くいかなかった時は交際を考えて欲しいと言われていた。そんなキープするような真似はできないとめぐみは言ったが、一条はそれでもいいと話を聞いてもらえなかった。


「そうだけど……別に私は彼に興味無かったし何とも思ってないよ」


 そう言いながらめぐみが目を向けると、一条と目が合ってしまう。

 慌てて目を背けるが、自分の席でクラスメイトと話していた一条が立ち上がり、めぐみ達のところに歩み寄ってきた。


「折原、この後少し時間を貰えるか? 少し話がしたい」


「ごめん、今日はバイトがあるから無理」


「10分、いや5分だけでもいいから話をさせてくれないか?」


 一条は悪い人ではないが自分本位なところがあり、めぐみは少し苦手であった。


「……分かった。あまり時間がないから少しだけだよ」


「悪いな。ここじゃ話し難いし屋上へ行こう」


「明日香、ちょっと行ってくる」


「うん、教室で待ってるよ」


 明日香にひと言告げ、めぐみと一条は教室の出口へと向かった。


『あの二人あれだよね?』

『一条くん諦めてないみたいだし、また告白するのかな?』

『実はもう付き合ってるんじゃない?』


 一緒に教室を出て行く二人を見送りながらクラスメイトはヒソヒソと話し始めた。

 望んでもいない噂話をされめぐみは小さくため息をついた。




 めぐみの通っている高校は屋上が開放されていが、高校生ともなると屋上で遊ぶようなことも少なくなり、利用する生徒が少なく絶好の告白のポイントになっている。

 以前、一条に告白された時も屋上だった。


「それで話って何?」


 早くバイトに行って宏樹に会いたいめぐみのテンションは低く、あからさまに不機嫌そうにしている。


「バイトで急いでるところを悪かったとは思うけど、そんなに邪険にしないでくれ」


「バイト欠勤が出てホント急いでるんだ。用件は早くして欲しい」


「分かった。手短に話すよ。前に話した件、覚えてるか? 折原が好きな人と上手くいかなかったら考えて欲しいって話。それを聞かせてもらえないか?」


 ――やっぱりその話か。


 あれから時間が経ってるからすっかり忘れたのかと思っていたが諦めてはいなかったようだ。

 めぐみの好きな人、宏樹とは付き合えてはいない。前回と同じように好きな人がいるからと一条に伝えたところで今回も諦めてくれそうもない。

 一条に興味が無いからと振ったとしても、一条の性格からして好きになって貰えるように努力するとか言い出しそうだ。

 付き合える可能性がある限り一条はめぐみを諦めないだろう。


「私……この前好きな人に告白して付き合うことになったんだ。ごめんね」


 だから、めぐみは嘘をついた。


「う、嘘だろ……? ほ、本当か⁉︎」


「うん……だから私のことは諦めて。一条くんはモテるんだし私より良い人いっぱいいるよ」


「女子なら誰でもいいってわけじゃないんだ……分かるだろ?」


 めぐみだってそれくらい分かっている。一条の性格はともかくルックスはモデル並みに良い。だけどめぐみは全く一条に興味が無い。ルックスとか関係なく好きな人がいればその人にしか興味は湧かないものだ。


「それは分かるよ……でも、もう彼氏がいるから」


「……分かった。これ以上しつこくして折原に嫌われたくないし……だからといって諦めるわけじゃないけど」


 諦めたわけではないと言ってはいるが、一条は納得したようだ。


「うん、ごめんね……それじゃ私、急いでるから行くね」


 嘘彼氏の話をデッチ上げ納得してもらえたのはよかったが、やはり嘘をついて騙すことに、めぐみは心を痛めた。




「めぐみ、早かったね。どんな話だったん?」


 教室で待っていた明日香が興味津々な眼差しで尋ねてきた。


「ごめん、時間が無いから今度話すよ」


「んじゃ、帰りながら話そ?」


「うん、じゃあ行こっか」


 めぐみと明日香は教室の出口へと向かった。


「一条、おつー。あたしら帰るね〜」


 教室を出ると遅れて屋上から戻ってきた一条に明日香が声を掛ける。

 めぐみは一条にペコリと頭を下げて足早に下駄箱へと向かい校門を抜けて駅前へと向かった。


「なるほどね〜。ホント一条ってめぐみの好きなんだ。一途なんだねぇ」


 めぐみから屋上でのことを聞いた明日香は一条が一途で意外だと言っている。


「私も宏樹くん以外に興味がないから一条くんの気持ちも分かるよ」


「でもさー彼氏になったって言っちゃったけどどうすんの? 告って付き合っちゃえばいいんだろうけど、そもそもそのオーナーの息子って脈アリなわけ?」


 明日香は痛いところを突いてくる。


「それは……」


 脈アリなのかと聞かれて答えに窮しためぐみは足を止め地面に視線を落とした。


「あーライバル多いって言ってたもんね。今はまだ難しいのかあ」


「でも、どうせ告白するつもりだし当たって砕けてみるよ」


 めぐみは一か八かの賭けに出るつもりらしい。


「でも、確率が低いのに当たって砕けるのはどうかと思うなぁ。あたしに良い考えがあるんだけど」


「いい考えって……?」


「そのオーナーの息子にさ『同級生に言い寄られてて、彼氏がいれば諦めるって言われたから、私と一緒にいる時は彼氏のフリしてもらえる?』ってお願いしてみれば? それで、そのまま付き合ってるフリから誘惑して既成事実を作っちゃえばいいんじゃない?」


 明日香の提案は宏樹に偽彼氏を演じてもらい、なし崩しでそのまま恋人関係になってしまえということだ。


「き、既成事実って⁉︎ 付き合ってもいないのにそんなこと……」


「どうせ付き合ったらするんだし順番は関係ないんじゃない?」


「そ、それはそうだけど……それで拒否されたら……」


「めぐみ可愛いし迫られて断れる男なんていないって。自信持ちなって」


「……う、うん分かった! 誘惑するかは置いといて今日バイトで会うから彼氏のフリお願いしてみる」


「それじゃあ、あたしもバイト先に一緒に行くから」


「今から?」


「もちろん。めぐみが恋する男がどんなのか見たいし。邪魔しないからさ。コーヒーでも飲んでさっさと帰るから」


「分かった……変なこと言わないでよ?」


「分かってるって」


 こうして口車に乗せられためぐみは明日香を連れてコジマベーカリーへと急いだ。


―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ――


お久しぶりのヤマモトタケシです。

16話から改稿して連載を再開しました。

約十万文字、ラノベ一冊分のひと区切りまで更新して行きますのでよろしくお願いします!


2023/3/3

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