第11話

「宮古さん、今日はアルバイト?」


 晶がコジマベーカリーで働き始めてから一週間ほどが経過した放課後の教室で、瑠璃は帰り支度をしている晶に周囲を気にしながらコッソリと声を掛けた。


「うん、そうだよ。瑠璃ちゃん」


 晶は瑠璃のことを“瑠璃ちゃん“と呼ぶくらいに仲良くなっていた。どちらかというと晶の方が懐いているようだが。


「そう、今日はコジマベーカリーで買い物するから店まで一緒に行ってもいい?」


 晶がアルバイトをしていることは瑠璃と雄大以外の他の生徒には秘密にしている。

 学校にも馴染んできた晶は遠慮の無くなってきた男子生徒に誘われたり、告白されたりするくらいの人気になっていた。だから、アルバイト先を知られたりするとお店に男子生徒が押し寄せ、迷惑になるかもしれないからだ。


「うん! それじゃあ一緒に帰ろう! ひろくんはもう先に行ってるから」


 晶と宏樹が同じ店でアルバイトしているのも当然秘密なので、シフトが同じ出勤の日でも一緒に帰ることはできない。


 晶と瑠璃が並んで教室を後にする姿は、最近仲良くしている二人のよく見る光景になりつつあった。




「あれ? ひろくん先に行ったんじゃなかった?」


 晶と瑠璃が店の前に到着すると宏樹と偶然、鉢合わせした。


「ああ、買い物があったから寄り道してんだ……って今日は瑠璃が一緒なのか?」


 宏樹が晶の横にいる瑠璃に目を向けた。


「コジマベーカリーで買い物するって言うから一緒に来たの」


「そうなのか……」


「宏樹、なんか嫌そうな顔してない?」


「べ、別にそんなことないぞ」


 と言ったものの、晶と瑠璃を連れて店に顔を出すと、まためぐみに何か言われるのではないかと宏樹は少し不安だった。


「そう……ならいいけど。こんなとこにいると邪魔になるからお店に入りましょう」


 納得はしていなさそうな瑠璃は宏樹と晶を引き連れ店内へと入っていった。


「めぐみさん、こんにちは」


 瑠璃は入店すると品出しをしていためぐみに挨拶した。


「久宝さん……いらっしゃいませ。今日はお買い物ですか?」


「ええ、今日はコーヒーでも飲みながらゆっくりさせてもらうわ」


「そうですか」


 この二人は相性が悪いのか、どこか冷めた会話を交わしている。


「宏樹くん、今日は可愛い子二人連れて両手に花ですね」


 瑠璃の後から入店してきた晶を見やり、めぐみはどこか棘のある言い方で宏樹に向き直った。


「瑠璃と晶は同じクラスだし二人は仲が良いから、こういうこともあるよ」


「ふーん……あの二人仲が良いんだ? ちょっと意外かも」


 瑠璃の宏樹に対する独占欲のようなものを感じためぐみは意外そうにしている。


「瑠璃は転校してきたばかりの時は距離を置いてたみたいだけど、晶は誰とでも仲良くなれるからね。今じゃクラスの人気者だよ」


「晶ちゃんなら確かに人気者になるのは分かるな」


 コジマベーカリーでもパートの主婦や他のバイトのスタッフともすぐに打ち解けていたので納得だ。


「ひろくん、私着替えるの時間掛かるから先に行ってるね」


「あ、俺も行くよ」


 お客の前でスタッフと長々と話をしているのはマズいと判断した宏樹は、めぐみとの会話を打ち切った。


「それじゃあ瑠璃、俺たちは行くから」


「二人ともお仕事頑張って」


「久宝さんもごゆっくり」


 めぐみはそうひと言瑠璃に告げ、厨房へと戻っていった。



 しばらくするとユニフォームに着替えた晶が店内に現れ、レジに入り業務を始める。そのタイミングを見計らってパンを数個乗せたトレイを持った瑠璃が、晶の担当しているレジに並んだ。


「この二つは持ち帰りで。これは食べていきます。飲み物は……コーヒーのホットで」


「サイズはいかがなされますか?」


「Sでお願いします」


 晶もレジに慣れてきたようでテキパキと瑠璃の注文に対応している。


「宮古さん、ユニフォーム似合ってるわ。すごく可愛い」


「ホントですか⁉︎ 瑠璃ちゃんに褒められて嬉しい!」


「ふふ、それじゃお仕事頑張ってね」


「あ、はい! ありがとうございました!」


 会計を済ませた瑠璃はイートインコーナーへと向かった。


 飲み込みが早く順調に仕事を覚えていった晶はレジ係も任されるようになり、慣れないながらもお客の対応をしていた。




『おい! 会計が間違ってるじゃないか!』


 晶が出勤して二十分ほど経過した頃、イートインコーナーで寛いでいた瑠璃の耳にレジの方から何やら怒声のような声が聞こえてきた。


『た、ただいま確認します』


 買い物を終えた年配の男性客が店を出てから会計が間違っていたことに気付き、店に戻ってきて会計を担当した晶と話しているようだ。


『お客さま申し訳ありません。商品を間違って打ってしまいお客様から余分にお金を頂いてしまいました。今、差額を返金いたします』


 オロオロしている晶に変わってめぐみがミスの対応をしているようだ。


『金を返せば済むもんじゃないだろ! 俺が気付かなければお金を多く取られてたんだぞ! この店は店員にどういう教育をしているんだ⁉︎』


『も、申し訳ございません……』


 間違えた張本人の晶は恐縮して平謝りしてるが、男性が怒鳴り散らしているので萎縮している。


『本当に申し訳ございません……こちらのスタッフはまだ研修中でして……そこはご容赦いただけないでしょうか?』


 めぐみも必死に客をなだめようとしている。


『研修中だからって客には関係ないことじゃないのか? お前たちのような子供じゃ話にならん! とりあえず責任者を呼べ!』


『今、店長は不在でして……』


『なんだこの店は! 責任者もいなくて子供に店を任せっきりなのか⁉︎』


 研修中だからといってそれがミスの免罪符になる訳ではない。だが、お金も戻って謝罪もしてるのでそこは寛容になり謝罪を受け入れるべきだろう。誰にでもミスはあるのだから。


 ――アイツ、いつまでゴネてるのよ!


 友達である晶の恐縮して落ち込む姿を見て、瑠璃は激しい憤りを隠せず席を立ちレジへと向かおうとする。


「瑠璃は座ってて。俺が対応するから」


 迷惑客に文句の一つでも言おうと席を立った瑠璃の肩を宏樹が叩いた。宏樹の真剣な表情を見て瑠璃はそれを思い留まる。


「宏樹……早く行ってあげて」


「ああ、分かってる」


 宏樹は瑠璃を一瞥し、客が騒ぎ立てているレジへと足早に駆けて行った。

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