第12話

「スタッフのミスによりお客さまにご迷惑をお掛けし大変申し訳ありませんでした」


 怒りが鎮まらない客へ宏樹が歩み寄り二人に代わり謝罪の言葉を述べると


「めぐみさんはそっちのレジをお願いします」


 会計待ちのお客様を対応するようにめぐみに指示する。


「なんだ、また子供か? 俺は責任者を出せと言ってるんだ」


「あいにく店長は不在で代わりに私が謝罪いたします」


「お前が謝ってどうなるというんだ? 責任者が責任を取るものだろう?」


「私は店長が不在の時に代理を務めております」


 オーナーの息子といえど高校生を責任者に据えるわけがない。いまの状況を収めるための方便である。


「お前みたいな子供がか?」


「はい、私はこの店のオーナーの息子です。ですのでオーナーに変わって謝罪しております」


「そうか、ならお前たちのミスで俺の貴重な時間を浪費したのはどう責任を取ってくれるんだ?」


「お客さまが当店のパンをご贔屓にしていただいてるのは存じております。そのような大事なお客さまにご迷惑をお掛けしたことは大変申し訳なく思っております。今後はこのようなことが無いようにスタッフの教育を徹底し、お客さまに気持ち良くお買い物して頂けるように努力していく次第です」


「なんだ? 俺がこの店に何回も来てるの知ってるのか?」


「はい、存じております。当店のパンを気に入っていただけているようで大変嬉しく思います。パンの美味しさを理解していらっしゃる大事なお客さまに迷惑を掛けたことは私も心苦しく思います。このようなミスをお客さまにご指摘して頂き私も改善すべき点について勉強させていただきました。ありがとうございます。今後はもっと美味しいパンを提供しお客さまに今日のお返しができればと思っております」


「そ、そうだな……ここのパンは美味いからな。つまらないミスでこの店の評判が下がるのは勿体無いだろう。ちょっと言い過ぎたかもしれないがこの店を思っての事だ」


「そこまでお気遣いいただき大変恐縮です」


「君は若いのにシッカリしてるな。さすがオーナーの息子だ。この店も安泰だな」


「自分などまだまだです。今後もご指導ご鞭撻よろしくお願いします」


「お、おう今日は長々と済まなかった。そこの嬢ちゃんも頑張るんだぞ」


「は、はい今日はご迷惑をお掛けしました」


「いいんだ。誰にでもミスはあるからな」


 そう言って機嫌を良くした迷惑客はお店を後にした。


「ふう……ようやく帰ってくれたか……」


「ひろくん……ありがとうございます。迷惑掛けちゃってごめんなさい」


 晶は落ち着きを取り戻したようだが少し涙目になっていた。あのような男の怒声を浴びれば無理もないことだろう。


「ああ、いいんだよ。ミスは誰にでもあるし、たまにああいう客はいるからね」


「相変わらずクレーマー対応が上手いね。見ていて感心したわ」


 めぐみは呆れたようでいて褒めているようだ。


「本当に宏樹くんは怒ってる客を宥めるのが上手いねぇ」


 いつの間にかレジに来ていたパートの鎌田が宏樹の横で関心している。


「鎌田さん、見てたんなら助けてくださいよ!」


「私が口を出してもねぇ。そのまま任せちゃった方が収まりそうだったから見てたの」


「工藤店長の真似をしただけですよ」


 工藤店長はクレーム対応が上手い。宏樹はそれ見て真似しただけだと言う。


「宏樹、それにしても……すごい下手に出てたわね。ガツンと言ってやればいいのに」


 気が強い瑠璃にとっては弱腰の対応に見えたのだろう。


「ああいう客に強く出ても解決しないんだよ。自分が正しいと思い込んでるから絶対に引かないんだ。否定すると頑なになって時間が無駄になるからね。だから相手の話を肯定していけばいずれ納得して帰っていくから。それに……」


「それに?」


「店先で店員と客が揉めてる姿を見たら他の客も気分が悪いだろ? だから、できるだけ穏便に済ませたいんだ」


「宏樹って……思ったより大人なのね。見直したわ」


「瑠璃はあの客に食って掛かる勢いだったけどな」


「そ、それは今考えるとやらなくてよかったと思ってる。でも宮古さんが可哀想で見ていられなくて……」


 友達が責められて困っているのを見れば誰でも文句を言いたくなるだろう。だが、第三者の瑠璃と違い、宏樹は店の看板を背負っている以上、軽率な行動はできない。


「瑠璃ちゃん……心配してくれて嬉しい……」


 少し凹んでいる晶は感激しているようで、ウルウルとした瞳で今にも瑠璃に抱き付くのではないかという表情で見つめている。


「さあ、気を取り直して業務に戻ろう」


 宏樹はパンと手を叩き業務再開を促した。


「ひろくん、堂々としててカッコよかったよ」


 厨房に戻ろうとした宏樹に近付いた晶は耳元でそう囁いた。


「そ、そうかな?」


「うん、昔からカッコ良かったけど今はもっともっとカッコイイよ」


 晶にベタ褒めされた宏樹は恥ずかしくなり、どう返事をしていいか分からず俯いてしまう。


「ちょっとそこ! 仕事中にイチャイチャしてるんじゃないわよ! そういうことは外でやりなさい外で……いや外でもダメだから!」


 宏樹と晶のやりとりを見ためぐみは二人に割り込んだが、言っていることは支離滅裂だった。




「さっきは大変だったけど晶ちゃん大丈夫?」


 休憩に入っためぐみは晶が先ほどのクレームを引きずってないか心配で尋ねてみた。


「めぐみさん、さっきは驚きましたけど今は大丈夫です」


「なら良かった。ああいったクレームはこれからもあると思うから、あまり気にしないでね」


「はい、まずは自分のミスでお客さまに迷惑を掛けないように頑張ります」


「でもね、明らかにこちらに非がないのにクレーム入れてくる事もあるから、レジは結構気を使うんだよ」


「ミスとかそういうのじゃなくてもクレームとか入れてくるんですか?」


「そうそう、パンは包装してない商品だから一度会計して店外に持ち出したものは基本的に返品は受け付けないなんだけど、他の商品に変えたいと言ってくる客がいて、断ると延々と文句言ってきたりとかね」


「私はまだ会ったことないですが、そういうお客もいるんですね」


「トング使わずに素手で取ったパンを元の場所に戻そうとした客もいるしね」


「それは……マナーの問題ですね……」


「まあ、色々な客がいるってこと」


「そういう客には当たりたくないですね……」


「まあ、自分で対応しきれなくなったら店長を呼べばいいから。いなければ他のスタッフもいるし大丈夫だよ」


「ひろくんすごい上手に対応してて同い年とは思えないかったです」


「宏樹くんは歳の割には落ち付いてるし、やっぱりオーナーの息子っていう自覚が本人にもあるから私たちより少し大人なのかも」


 普段から工藤店長や他のパートの人や、藤沼社長などの大人に混じって仕事をしているので、ただアルバイトをしている他の高校生と比べると、宏樹は仕事に対する意識が違っているのだろう。


「ひろくんは見た目もカッコいいけど、クレームにも堂々と対応してて中身も大人でカッコいいですよね?」


 宏樹のことをカッコいいと同意を求めてきたが、めぐみはどう返事をしていいのか悩んだ。

 ベタ褒めすると宏樹への好意がバレてしまうし、否定すると晶が落ち込むだろう。


「ま、まあ、さっきはカッコ良かったかもね」


 だからめぐみは先ほどのクレーム対応の時のこと限定で宏樹を褒めることにした。


「でしょう? ひろくんは小さい頃からカッコ良かったんだ」


 その言葉で晶が宏樹と古い知り合いであることをめぐみは思い出した。


「晶ちゃんと宏樹くんと幼馴染だって聞いてるけど会ったの十年ぶりなんでしょう? そんな昔のことって覚えてるものなの?」


 当時好きだったとしても子供の頃の話だし、その好意を十年も持続し続けることなんてあるのだろうか? めぐみは晶の本心が知りたくなり遠回しに尋ねてみた。


「うん……当時のことは鮮明に覚えているよ」


 晶は少し恥ずかしそうに、宏樹との出会いから別れまでを語り始めた。

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