第7話
昨晩、めぐみを家に送った後、バイトの疲れや晶が転校してきた事もあり、宏樹は健治の帰りを待たずに寝てしまった。
「ふあぁぁ……昨日は 色々とあったな……」
宏樹はベットから起き上がり昨日のことを思い出す。
「親父に聞きびれちゃったな。次会ったらちゃんと聞かないと」
“店を手放す“
藤沼社長と健治の会話で出た不穏な言葉。宏樹は一体何が起こっているのか不安を隠せなかった。
「考えるだけ無駄だな。まずは事実確認をしないとな」
宏樹は眠い目を擦りながらキッチンへと向かった。
「親父はもう仕事に行っちゃったよな?」
コーヒーの香りが漂う廊下をリビングへと向かいながら、玄関に健治の靴がないことを確認する。
「綾香、おはよう」
キッチンでコーヒーを淹れている綾香に声を掛ける。
「ひろ兄おはよう。今日は早いじゃない?」
「ああ、昨日はバイトから帰ってすぐに寝たからな。お陰でパッチリと目が覚めたよ。それで親父はもう出掛けちゃったよな?」
「うん、お父さんならとっくに行ったよ」
「昨日も遅かったんだろうし、無理し過ぎじゃないか?」
「お父さんも頑固だからね。無理するなと言っても聞かない気がするよ」
健治は職人気質で気難しいところもあり譲らないところは譲らない。
「だからと言ってもなぁ……朝から晩まで働き詰めじゃ身体壊しちゃうよ」
「あ、ひろ兄パン焦げちゃう。私はフライパンから目を離せなからお願い」
綾香はハムエッグを焼いていて、小島家の朝食はほぼ毎日パンとハムエッグだ。
「いただきます」
宏樹は小さい頃から健治に食べ物は大切にしろ、作った人には感謝をしろと教え込まれているので食事前は必ずいただきますをする。
「綾香から無理はするなって言えば聞くんじゃないか? 親父は綾香に甘いからな」
宏樹には厳しい健治であったが、綾香を溺愛している。父親というのは娘には甘い傾向があると聞いたことがある。
「私からも言ってるんだけどね。店は俺の生き甲斐だって中々聞いてもらえないんだよ」
――そんな大切な店を身売りする話を藤沼社長としていたのか……断っていたにしろ何か起きてるんだろうな。
「もうすぐ、めぐみさんが辞めちゃうからバイトを増やすように親父に頼んでみるよ。辞めてから増やしても遅いからな」
新人がいきなり仕事ができるわけでは無い以上、研修期間が必要なのでめぐみが辞める前に働き始めて欲しい。健治がその辺をちゃんと考えているのか確認する必要がありそうだ。
「ああ……そういえばそうだったね。この前メッセージで話していた時にそんなこと言ってた」
綾香は店にちょくちょく顔を出しているのでめぐみと面識があり連絡先も交換して時々一緒に遊びに出掛けているようだ。
「めぐみさん高校三年生だからな。もうすぐ受験なんだよ」
結局、綾香からのお願いでも健治は休んではくれないみたいだしお手上げであった。
「ごちそうさまでした。綾香、片付けはやっておくよ」
「ひろ兄よろしく」
今日もまた小島家はいつもの朝を迎えていた。
◇
晶が転校してきて二日目の朝、宏樹が教室に入ると彼女の周りには晶とお近付きになりたい男子や、宏樹との関係を知りたがっている女子の人だかりができていた。
クラスメイトに囲まれた晶に横目に宏樹は黙って自分の席に座った。
――こりゃ声を掛け難いな。
「あ、ひろくんおはよう!」
晶が宏樹に声を掛けると周りにいたクラスメイトの注目が集まる。
「あ、ああ……晶、おはよう」
昨日の晶の言動で色々と注目を集めてしまった宏樹はなんとなく居心地が悪そうだ。挨拶だけ交わすとクラスメイトの壁に遮られ晶とはそれ以上会話ができなかった。
――転校二日目にして晶は早くも人気者だな。
「宏樹、朝から冴えない顔してるな。あ、冴えないのは元からか」
晶の人だかりから抜け出してきた雄大は会うなりいきなり失礼なことを言ってくる。
「雄大、朝っぱらから失礼な奴だな」
「冗談だって。それよりさ宮古ちゃんの両親、沖縄出身なんだってな。宮古ちゃんも健康的な感じだし納得だよな」
「そうなんだ? 知らなかったよ」
宮古という苗字から考えれば確かに沖縄っぽいなと宏樹は思った。
「なんだ、宏樹は知らなかったのか? 古い知り合いなんだろ?」
「昔の知り合いって言っても小さい頃で、しかも短かったからな」
そう、古い知り合いといっても一ヶ月くらいの短い付き合いでしかない宏樹は、晶のことはほとんど知らない。
「その割には宮古ちゃん宏樹に心許してるよな」
「そ、そうかな?」
心許してるとはどういうことか分からないが、パンツを脱がしてしまった過去がある割には嫌われてはいないようだった。
「ホント、お前は察しが悪いというか鈍感だよな」
やれやれといった様子の雄大は呆れ顔だ。
「そうれってどういう意味だよ?」
「まあ分からなければいいんだよ」
「なんだよ、それ」
そこまで言うなら最後まで言えよと思った宏樹だが、ここで言い合っても無駄だと諦めた。
「それよりさ、今日の放課後、宮古ちゃんの歓迎会でカラオケ行くんだけど宏樹も行くだろ?」
――まだ登校したばかりの朝なのにもう決まってるんだ。
「今日もバイトだから俺は無理だな」
「そうなのか。それじゃあ仕方ないな。でも宮古ちゃんガッカリするだろうなぁ」
「最近忙しいみたいで親父も無理してるようだし少しでも店を手伝わないと」
「宏樹も大変だな。宮古ちゃんにはお前はバイトで行けないって伝えておくよ」
「ああ、頼むよ」
――晶もすぐにクラスに馴染めそうだな。
クラスメイトから歓迎されている晶はすぐにクラスメイトと仲良くなれそうで、宏樹は安堵の胸をなで下ろした。
◇
「それじゃあ私は行って来るね」
放課後、クラスメイトの歓迎会でカラオケに行く晶は、帰り支度をしていた宏樹に声を掛けた。
宏樹がカラオケに行けないことを既に雄大から聞いた晶は、昼休みに私も行かないと言い出した。宏樹がクラスメイトとの交友も大事だからと説得し、何とか納得してもらい今に至る。
「ああ、楽しんでこいよ」
「うん、ひろくんもバイト頑張ってね」
晶はクラスメイトと連れ立って教室を出て行った。
「宏樹は瑠璃お嬢さまをよろしくな!」
晶たちクラスメイトの一段を見送っていると、いきなり背中を叩かれた。
「お、おい! 雄大! どう言う意味だよ⁉︎」
雄大は宏樹の話を聞かずに晶たちを追って教室から出て行ってしまった。
「なんなんだよ、まったく……」
――雄大のやつ瑠璃がどうとか言っていたけど一緒にカラオケに行ったんじゃないのか?
「宏樹、アンタは行かなかったんだ?」
雄大が出て行った教室のドアを眺めていると、後ろから声を掛けられ宏樹は振り返る。するとそこには瑠璃が立っていた。
「俺は今日バイトだからな。そういう瑠璃はカラオケ行かないのか?」
「私は騒がしいのあんまり好きじゃないし、それに……」
「それに?」
「そ、そんなことかいいのよ! それより今日は久しぶりに一緒に帰らない?」
瑠璃は言い掛けた言葉を途中で切り、一緒に帰ろうと宏樹を誘ってきた。
「別に構わないけど……さっき言った通りバイトだから途中までだぞ?」
「今日はどっちの店でバイトなの?」
どっちの店というのは販売のみの本店か、駅前のカフェスタイルの方かということだ。
「今日は駅前の方」
「そう……ならお店に寄ってお茶していくわ」
「えっ? マジで?」
「なに? 私が行ったら不都合でも?」
「いや……そんなことはないけど……」
昨日、晶を連れて行った時に彼女と勘違いされ、その翌日にまた女子を連れて行ったら更に誤解されそうなので本当のところは瑠璃を連れて行くのは避けたかったが、そんなことを言えるわけもなく宏樹は渋々といった様子だ。
「それじゃあさっさと行くわよ」
「は、はい……分かりました……」
こうして瑠璃は宏樹を付き人のように従え教室を後にした。
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