第5話

「ひ、ひろくん、今日一緒に帰らない? その……久しぶりに会ったからゆっくり話がしたいなぁって」


 午後の授業が終わり帰り支度をしている宏樹に晶が遠慮がちに声を掛けてきた。


「ごめん、今日はバイトがあるからゆっくりはしていられないんだ」


「そっか……じゃあ仕方ないね。無理言ってごめんね」


 晶は残念そうに項垂れた。


「えっと……途中までなら一緒に帰れるけどそれでよければ」


 落ち込んだ晶を見兼ねた宏樹はそう提案すると


「ホント⁉︎ じゃあ途中まで一緒に帰ろ!」


 落ち込んでいた晶は一転、パアッと表情を明るくした。


「それでひろくんはどこでバイトしているの?」


「俺は駅前にある親父のパン屋でバイトしてるんだ」


 宏樹はコジマベーカリー二号店で今日はバイトが入っていた。本店が休みの日は二号店に手伝いに行っている。


「そっか、それなら駅前まで一緒に帰れるね」


「ああ、ゆっくり話せないけど積もる話もあるし、俺も晶と二人で話したいと思ってたところだよ」


「うん! 私もずっと話がしたいと思ってたんだ」


 えへへと照れ笑いを浮かべた晶は男の子と見間違えていた幼少の頃と比べて女性らしくなり、思わず見惚れてしまうような笑顔を見せた。


「それじゃあ行こうか」


 二人が教室の扉に向かって歩いているとクラスメイトから注目されているのが分かった。

 転校してきたばかりの美少女を連れて一緒に帰る素振りを見せれば当然と言えば当然である。


「宏樹、宮古ちゃんと一緒に帰るのか?」


 二人は雄大の目にも留まったようた。


「ああ、十年ぶりに会ったんだし色々と話したいからな」


「まあそうだよな……俺も一緒に帰ろうと思ったんだけど、積もる話もあるだろうし二人で楽しんでこいよ」


 宏樹と一緒に帰るつもりだったようだが、雄大は気を利かせてくれた。雄大は人の機微に敏感で空気が読めるところを宏樹は尊敬している。

 宏樹は他人の機微には鈍感でイマイチ空気を読めないところが難点だった。


「悪いな。次は三人で帰ろうな」


「横山くん、ごめんなさい。ひろくんお借りしますね」


「ああ、別に気にしないでくれ。それより……宏樹は奥手だから押し倒すくらいの勢いが必要だからね」


「お、おしたおすっ⁉︎」


 雄大が妙なことを言い出し、晶は恥ずかしそうに顔を赤く染めた。


「雄大、お前何言ってんだよ⁉︎ 駅前まで一緒に行くだけだぞ」


 ――宏樹の鈍感さにはみんな苦労しそうだな。


 雄大は呆れた顔でボソッと呟く。


「宏樹、宮古ちゃん、それじゃあな」


 雄大は言いたいことだけ言ってさっさと教室を出て行った。


「晶、俺たちも行こうか」


 雄大のひと言で固まってしまっていた晶の腕を引き二人は教室を後にした。




「そっか……あの時、晶に元気が無かったのは、もうすぐ転校して会えなくなるからだったんだな」


 駅前へと歩きながら向かう途中、二人は最後にあった日のことを思い出していた。


「うん、あの時ひろくんに言い出し難くて……結局あんな形で会えなくなっちゃたの後悔してたんだ……」


「晶……ごめんな。あの時俺が変なことしなければ……」


「そ、そんなことないよ! こうしてまたひろくんと再会できて嬉しかったし……それに……」


「それに?」


「その……ひろくんカッコ良くなってて……ちょっとドキッとしっちゃった」


 晶は顔を上気させ上目遣いで宏樹を見上げた。


「そ、そんなことないと思うけど……晶も……その……か、可愛くなっててビックリした」


「ホント⁉︎ ひろくんに可愛いって言われて嬉しい……」


 お互いに褒め合った二人は急に恥ずかしくなり黙ってしまう。

 

「ここがコジマベーカリーの二号店だよ」


 気恥ずかしさから会話が無くなった二人は無言で歩き続け、ほどなくして店の前に到着し足を止めた。


「ここがお父さんの店なんだね」


「そう、それじゃあまた明日学校で」


「ちょっとお店で買い物していっていい? せっかくだからパンでも買って帰ろうかなって? ダメ?」


 晶は上目遣いで宏樹にお願いする。そんな顔で聞かれたらダメと言えるわけがない。


「あ、ああ別に構わないよ」


「やった!」


 ここで別れるつもりだった宏樹だが懇願する晶の可愛さに負け、一緒に店の中へと入っていった。



「いらっしゃいま―― って宏樹くんじゃない」


 パンの陳列棚に品出しをしていたスタッフはアルバイトの折原おりはらめぐみだ。

 めぐみは宏樹の一つ上の高校三年生で受験が控えているため、もうすぐアルバイトを辞める予定だ。

 めぐみは仕事柄いつもポニーテールに髪を纏め、その整った容姿でお客に人気がある。めぐみが目的でお店に通っている常連もいるくらいだ。


「めぐみさんお疲れさまです。これからシフトに入ります」


「はい、よろしく……って、その子はどちら様? もしかして彼女さんとか……?」


 めぐみは宏樹の横にいた晶を一瞥し不安気な表情を浮かべた。


「いやいや学校の同級生だよ。今日、うちのクラスに転校してきたんだ」


「ふーん……転校してきたばかりの可愛い女子ともう仲良くなったんだ? 宏樹くんって思ったよ手が早いんだね」


 めぐみの言葉には少し棘があるように感じたのは気のせいだろうか?


「て、手が早いなんて人聞きが悪いこと言わないでくださいよ。ちょっとした古い知り合いなんですから」


「そう……私は折原めぐみです。よろしくね」


 そういってめぐみは品定めするように晶を一瞥し、自己紹介をする。


「あ、あの……私はひろくんの同級生で宮古晶といいます。よろしくお願いします」


 晶は緊張した面持ちでめぐみにペコリと頭を下げた。


「それじゃあ俺はバイトに入るから晶はゆっくり買い物していって」


「うん、分かった。ひろくんバイト頑張ってね」


「ここはカフェもあるから良かったらコーヒーでも飲んでいって」


 宏樹はそう告げると店の奥へと消えていった。




「宏樹が彼女を連れてきたって⁉︎」


 宏樹の父親の健治が慌てて厨房から顔を出しレジにいた宏樹に詰め寄った。


「どうして彼女になってるんだよ親父⁉︎ 彼女じゃなくて友達だからな」


 宏樹が女子を連れてきた話がスタッフ間で伝言ゲームのように伝わり、健治に全く違う話になって伝わったようだ。


「まあとにかく彼女さんにはコーヒーでも飲んでゆっくりしていって貰えよ。代金は俺が払うから」


「だから彼女じゃないって……」


 人の話を聞かない健治に宏樹は呆れ顔だ。


「晶、好きなドリンク注文していいよ。パンも一緒に奢るからそこでゆっくりしていって」


 宏樹はパンをレジに持ってきた晶に声をかけ奥のイートインコーナーを指差した。


「え、そんな悪いよ。ちゃんと払うから」


「オーナーの親父がそう言ってるんだら遠慮しなくていいよ」


「そう……じゃあ遠慮なくご馳走になります。ええと……レモンティーでお願いします」


 晶はお礼を言ってレモンティーとパンを受け取り、店内のイートインコーナーへと移動した。


「宮古さん凄い可愛いよね。宏樹くんはああいう子が好みなの?」


 隣で先ほどからチラチラとその様子を伺っていためぐみが宏樹に質問してくる。その眼差しは真剣そのものだ。


「そういうわけじゃないけど……」


 晶の容姿は宏樹にとってかなり好みであった。だが、それをハッキリとめぐみには言えない宏樹は言葉を濁した。


「宏樹くん、どうも。小島社長いる? 今日、会う約束をしているんだ」


 なぜか不機嫌そうなめぐみにどう返事をしていいか戸惑っていると、一人の男性がレジの宏樹に声をかけた。


「あ、藤沼社長お世話になってます。今、親父を呼んできますので事務所でお待ちください」


「めぐみさん、藤沼社長を事務所に案内してくるのでレジをお願いします」


 めぐみと微妙な雰囲気になってしまった宏樹に藤沼真己ふじぬままさき社長の来訪は渡りに船だった。


「それでは藤沼社長、こちらへどうぞ」


「ありがとう」


 めぐみにレジをお願いし宏樹と藤沼社長は店の奥へと消えていった。

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