第4話
教室を抜け出した宏樹は旧校舎の視聴覚室へと向かっていた。
生徒数が増加した時に学校は新校舎を建設したが、生徒数減少により旧校舎の教室はあまり使われなくなり現在は物置きなどに利用されている。
旧校舎の物置きとなっている視聴覚室の扉の前で宏樹は足を止めた。扉を開け中に入ると生徒が活動している教室とは違った生活感の無い独特な埃っぽい空気で満たされていた。
無造作に置かれた無機質な備品の中に可憐な姿の女子が椅子に座っていた。
「瑠璃、メッセージで突然こんなところに呼び出してどうしたんだ? それに鍵はどうやって開けたんだよ」
宏樹が慌てて教室を出ていったのは瑠璃がメッセージで『旧校舎の視聴覚室にすぐに来て』と呼び出されたからだった。
「この視聴覚室はね……掛け忘れたのか分からないけど、ずっと前から鍵が掛かってないの。だから私は一人になりたい時はここに来て本を読んだりしてたんだ。秘密基地みたいなものかな?」
そう言われてみると、昼休みに瑠璃が長時間教室にいない時がある事を宏樹は思い出す。いつも生徒に囲まれている瑠璃は一人になりたい時もあるのだろうと納得した。
「だから……中から鍵を掛けてしまえば外からは鍵無しでは開かないの」
そう言いながら瑠璃は椅子から立ち上がり、宏樹の横を通り過ぎ扉の前で立ち止まった。
「これでここは密室だから何をしても大丈夫よ」
瑠璃は扉の鍵を掛けた。
そして宏樹に向き直る。その表情は少し紅潮してるのか密室という状況も相まって、瑠璃に妙な色気を感じてしまい宏樹は少し緊張していた。
「そ、そうなんだ……」
宏樹の上擦った声が視聴覚室に響く。無言になり気まずくなるのを避けるため宏樹は言葉を続けた。
「瑠璃さっきはすまなかった。デリカシーが無い発言だったと反省してる」
雄大の言葉を思い出した宏樹は瑠璃と向き合い謝罪した。
「ううん、私も大人気なかったし、もう怒ってないから」
その言葉を聞いた宏樹はホッと胸をなで下ろした。
「瑠璃とは小さい頃からずっと長い間一緒にいたから、なんか家族みたいな感覚になっちゃって。気を置けない相手だからって何を言ってもいいわけじゃないのにな」
宏樹にしてみると小さい頃からお互いに憎まれ口を叩き合っていたのがクセになってしまっていたのだろう。
「か、家族……ワイフ……妻……つまり子作り……⁉︎」
瑠璃は何を想像したのか顔を赤く染め何やらブツブツと言っている。瑠璃のそのだらしない顔ときたら折角の美少女が台無しだった。
――そ、それは飛躍し過ぎじゃないですかね?
「おい瑠璃! 現実に戻れ! 変なこと口走ってるぞ!」
我に返った瑠璃はわざとらしくコホンと咳払いし宏樹に向き直った。
「そ、それより!」
瑠璃は突然宏樹の制服のネクタイを掴み、自分の方に引き寄せてきた。瑠璃の整った顔がキスしてしまいそうなほど宏樹の目の前まで接近し思わず息を飲む。
――ち、近い!
キスをしてしまいそうなほど接近した瑠璃からはシャンプーや石鹸とは違った良い香りがフンワリと漂ってきて、その匂いだけで宏樹の心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。
時間にして数秒間、無言で二人は見つめ合っていたが先に瑠璃がその形の良い唇を開いた。
「宮古さんのパンツを脱がしたって言ってたけど、どういうことか説明してちょうだい」
どうやら宏樹がここに呼び出されたのはそれを問いただすためだったようだ。
「さっき不問にするって言ってなかった?」
「そ、それはそれよ! 許嫁が性犯罪者だったら困るでしょう⁉︎ だから確認はしておかないと」
「性犯罪者って酷いな⁉︎ アレは不可抗力で意図してやったわけじゃないから!」
「本当? イヤらしい事しようとしてワザとやったんじゃ無いでしょうね?」
「ないない、それは誓ってもないから! それにホント十年も前の小さい頃だからそんな気持ち湧かないよ」
それ以前に当時は晶のことを女子と認識していなかったから邪な気持ちを抱くも何もないだろう。だが、男と認識している相手のパンツを脱がしたということになると、また面倒なので宏樹は黙っていることにした。
「そう、ならいいわ」
瑠璃は納得したのか掴んでいたネクタイを離した。
「わざわざ呼び出したのはそれを聞く為だったのか? 教室でも良かったんじゃない?」
「他の生徒がいるところでパンツを脱がした話なんて聞ける訳ないでしょう?」
「まあ、そう言われてみればそうか。でも晶は気にしてなかったような……」
考えてみると晶がクラスメイトの前でパンツを脱がされたと言い出したわけで、本人的には聞かれて困るという話ではないのかもしれない。
「瑠璃が聞きたいことはこれで終わりってことでいいかな? もうすぐ昼休み終わるし」
「それで宮古さんのことはどうするつもり? 責任取ってとか言ってたけど……」
「まあ……きっと勢い余って言っちゃっただけだろうし、放置でいいんじゃないかな? 本気で言ってるんじゃ無いと思うよ」
責任を取ると言われても結婚するわけにもいかないし、宏樹にはどうすることもできない。ならば放置して忘れてもらう他ないだろう。
「そんな簡単にいかないと思うけど……」
楽観的に考えている宏樹とは対照的に瑠璃は簡単にいかないと考えているようだ。
「もう昼休みも終わるしこの話はまた今度しよう」
晶抜きでこの話を続けたところで解決するわけでも無い。
「そうね……予鈴も鳴ったし教室に戻りましょう」
「二人で一緒に視聴覚室から出たとこ誰かに見られると面倒だし、俺が先に出るから瑠璃は後から出てくれ」
人気の無い旧校舎といえど、どこに誰がいるのか分からない以上警戒は必要だ。
「あら、見られてもいいじゃない? その時は私たち婚約者同士だからって言えばいいのよ」
「たださえ今朝の晶の件で誤解されてるんだから、これ以上変な噂が流れるのはゴメンだ」
瑠璃の許嫁が宏樹だと知られたら、どれだけ嫉妬と反感を買うか想像に難しくない。平穏な学校生活を送りたい宏樹はそれだけは避けたかった。
「しょうがないわね。それじゃあ別々に出ましょう」
瑠璃は完全には納得していないようだが二人は別々に視聴覚室を出ることにした。
「あれ……ここどこだろ? 迷子になっちゃった……」
電話をすると宏樹が教室を出ていった後、晶もトイレに行くと教室を抜け出していた。だが、用を済ませていざ教室に戻ろうと思った晶は迷子になってしまい校内を彷徨っていた。
「……ひろくん?」
晶が人気の無い廊下を歩いていると少し離れた一室のドアが開いた。予鈴が鳴り響く中、教室に戻れないと焦っていた晶は、開いた扉から出てきた唯一の知り合いの宏樹を見付けホッと胸を撫で下ろした。
「ひろくん!」
晶は喜び勇んで宏樹の元へと駆け寄る。
「あ、晶⁉︎ どうしてここに?」
背にした視聴覚室の扉から瑠璃が出て来るのではないかと気が気でない宏樹は、チラチラと扉に視線を送っていた。
「トイレに行ったら迷子になって教室に戻れなくなっちゃったの……」
「そ、そうか……それじゃ一緒に教室へ戻ろうか」
宏樹が二人で立ち去ろうとすると背後の視聴覚室の扉がガラッと音を立てて開いた。
「久宝さん⁉︎」
扉の開いた音に反応した晶が振り向くと、そこには視聴覚室から出てくる瑠璃の姿があった。
「宮古さん? どうしてあなたがここに?」
「ひろくんが出てきた教室から久宝さんも……?」
いまいち状況が飲み込めないのか晶はキョトンとしている。
『瑠璃、お前なんでいきなり出てくるんだよ⁉︎』
宏樹は晶に聞こえないよう瑠璃に詰め寄りひそひそと話し始めた。
『そんなの知らないわよ! 後から出てこいって言ったからそうしただけじゃない』
ヒソヒソと会話している二人に瑠璃はジト目を向けた。
「あの……お二人はそこの教室で何をしていたんですか?」
「あ、アレだよ! 瑠璃が先生に頼まれた備品を探しててさ、重い荷物があって一人じゃ無理だから俺も手伝いに来たんだよ! な?」
もの凄い説明的な台詞だなと自覚しつつも宏樹は必死に言い訳を考え瑠璃に同意を促した。
「そ、そうそう! 男手が欲しく宏樹を呼んだの。こんなんでも一応コイツも男だしそれで手伝ってもらってたの」
――こんなんで悪かったな。瑠璃は俺のこと何だと思ってるんだ?
微妙にディスられてる気がしないでもないが瑠璃は合わせてくれたようだ。
「でも、二人とも何も持っていないようですけど……」
備品を探しに来て、何も持たずに出てきた二人に晶は疑念の眼差しを向けた。
「み、探してた物が見つからなかったんだよ。な? 瑠璃?」
「そ、そうそう、見つからなかったから諦めて教室に戻ろうと思ってたの」
「そうですか……てっきり二人は付き合ってて……その……逢引でもしてるのかと……」
宏樹も瑠璃も焦っていたため不自然で言動であったが晶は疑わず納得してくれたようだ。
「違う違う。俺と瑠璃はそんなんじゃないから」
男と女が密かに会っていたということであれば逢引と言えなくはないが、それは二人の関係性が恋人同士とかの場合に限ってだろうから逢引きでは無いと言える……はずだ。
「よかった……」
それを聞いた晶はホッとした様子を見せたが、瑠璃は何やら不満そうに黙っている。
「そ、そろそろ授業始まっちゃうから教室に戻らないと」
この微妙な雰囲気に耐えられなくなった宏樹は二人を促し教室へと戻った。だが授業が始まる直前に美少女二人を連れ、教室に戻った宏樹はクラスメイトの注目を集めることになり、午後の休み時間にクラスメイトから質問攻めに遭うハメになった。
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