第2話

 子供の頃の夢を見た日、宏樹が登校すると教室内がいつも以上に騒がしかった。


「雄大、教室がなんだか騒がしいけど何かあったのか?」


 宏樹が声を掛けたのは中学の頃から同じクラスの悪友で横山雄大よこやまゆうだいだ。


「ああ、なんでも今日転校生がこのクラスに来るらしいよ。しかも女子! だから男共が浮かれてるんだよ」


「ああ、それでか。それにしても……新学年でも新学期でもないのに転校生とは珍しいな」


「そう言われればそうだな。でも女子ならいつでも歓迎だよな? な? 宏樹?」


「ま、まあそうだな……」


 雄大に強く同意を求められるが宏樹はあまりクラスの女子に興味が無かった。だから適当に相槌を打つ。


「宏樹、あんまり興味なさそうだな。高校生で枯れるにはまだ早いぞ」


 逆に雄大は高校生男子らしく女子に興味津々で、事ある毎に隣のクラスのあの子が可愛いだの話を振ってくる。


「枯れるって……別に興味が無いわけじゃ……」


「宏樹……もしかしてお前……俺に内緒でコッソリ彼女作ってたりしてるんじゃ無いだろうな⁉︎ どこの誰だ? 俺に紹介しろ! それで彼女の女友達も紹介しろ!」


「いやいや、なんで話がそこまで飛躍するんだよ。彼女なんていないからな」


「まあ、そうだよなぁ。宏樹は俺以上に女っ気ないもんな。期待した俺が馬鹿だったよ」


 ひどい言われようだが当たっているので言い返すことはできない。女子に積極的に絡みにいっている雄大の方が女友達は多いだろう。


「おっと、瑠璃お嬢さまの登場だぞ」


 教室の扉から入ってきた黒髪の女子を雄大は一瞥した。


 “瑠璃お嬢さま“


 雄大がそう呼んだ黒髪ロングで清楚可憐な美少女が教室に入ってくると、クラスメイトの視線が一斉に彼女に集まる。


 彼女の名前は久宝瑠璃くぼうるり。地元でも有名な企業で久宝パンの社長令嬢だ。

 久宝パンはパンメーカーとしては中堅だが、全国のコンビニやスーパーにパンを卸している成長著しい企業で、瑠璃は現社長の娘であり創業者の孫ということで瑠璃お嬢さまなどと呼ばれている。


「相変わらず美人だし存在感あるよなぁ。俺たち庶民とはなんか違うよな」


 雄大が言う通り瑠璃はお嬢さまと比喩されるだけあって気品があり、他の生徒とは違うオーラのようなものを宏樹も感じていた。


「まあ確かにそうだけど、俺たちがお嬢さまって勝手にイメージしてるだけで普通の女子高生なんだと思うよ」


「でもさ、あの歳で許嫁がいるって噂があるじゃん? そういうのを聞くとやっぱお嬢さまっていうイメージを抱いちゃうよな。やっぱ許嫁って大手パンメーカーの御曹司だったりするのかな? 政略結婚的な」


 ――すいません、許嫁は御曹司どころか街のパン屋の息子です。


 何を隠そう小島宏樹が久宝瑠璃の許嫁なのである。

 宏樹と瑠璃の父親同士が高校の同級生であり旧知の仲であった。コジマベーカリー開店祝いのお酒の席で、その時のノリで許嫁にしたらしい。宏樹にとってはいい迷惑である。

 その後、小中高と一緒だった宏樹と瑠璃は幼馴染ということになる。


「で、幼馴染のお前なら許嫁が誰だか知ってるんじゃないの?」


 宏樹が瑠璃の許嫁であることは秘密であり家族以外は誰も知らないことだ。


「さ、さあ……俺も聞いたことないな。幼馴染といってもずっとクラスが一緒だったわけじゃないからな」


 以前、ノリで決めた許嫁なんて勝手に破棄してもいいんじゃないか、と瑠璃に提案したことがあったが、このままでいいと言われたことがある。

 その容姿からモテる瑠璃に言い寄ってくる男子は小学生の頃から多かった。しかし、高校に入ってから許嫁がいるという噂が流れ始め、明らかに告白される回数も減った。

 つまり宏樹は男除けで利用されているということになる。だが、宏樹自身も納得しているし実害も無いので気にはしていない。


「中学の頃は付き合ってるんじゃないかと思えるほど仲良かったけど、最近は宏樹が瑠璃お嬢さまと仲良くしてる姿を見ないな」


 宏樹も人気者の瑠璃の許嫁だなんて事がバレると面倒なので、高校生になってから意識して距離をおくようにしていた。


「雄大、そろそろ先生が来るから席に戻った方がいいぞ」


 雄大とそんな話をしていると時間もあっという間に過ぎ、SHRが始まる時間になった。


「ああ、転校生楽しみだな!」


 そういって雄大は自分の席へと戻っていった。


 しばらくすると教室のドアの開く音と同時に担任の白川茜しらかわあかね先生が教室に入ってきた。

 騒がしかった教室内は一瞬で静かになり白川先生は教壇の前で『おはようございます。これからホームルームを始めます』と告げる。


「みなさんに今日は転校生を紹介します」


 先生のその一言で静まり返っていた教室内がザワザワと騒がしくなる。どんな転校生が来るのかと生徒たちは期待に胸を膨らませていた。


「それでは宮古さん入って来てください」


 白川先生が入室を促すと開き放しだった教室のドアから転校生が入ってきた。と同時に男子生徒の歓喜の叫び声が教室に木霊した。


『ウォォォーーッ!!』


 宮古と呼ばれた転校生の姿に男子生徒のテンションは最高潮に達した。

 ワンサイドアップに纏めた髪を明るく染め、やや垂れ目でパッチリとした目鼻立ち。極め付けは制服を大きく持ち上げた大きなバストに制服のスカートから覗く健康的な太もも。

 教壇の前に立つ転校生は健康的でスタイルの良い美少女だった。

 瑠璃は色白で胸は控えめのスラっとした黒髪ロングの清楚可憐な美少女。宮古と呼ばれた転校生は健康的でカワイイ系の美少女だ。

 同じ美少女でも正反対の二人であった。


「はい、みなさん静かにしてください。今から宮古さんに自己紹介してもらいます」


 担任の白川先生がそう一言告げると教室は一応の落ち着きを取り戻す。


「それじゃ宮古さんお願いします」


 クラス中の男子の注目が転校生に集まる。どんな声を発するのかと期待しているのだろう。


「今日からこのクラスに転校してきた宮古晶みやこあきらと言います。小さい頃この街に住んでいたこともありますが、分からないことばかりなのでよろしくお願いします」


 ――あきらだって……? しかも以前この街に住んでいた?


 今朝見た夢が宏樹の脳裏に浮かんだ。


「まさか……」


 自己紹介した転校生はペコリと頭を下げる。するとまたもや男子生徒からの歓声が上がる。


『メッチャ可愛いな』

『声もカワイイ』

『学校に来るの楽しみになってきたわ』

『俺は瑠璃お嬢さま派だけどな』


 などと男子生徒の浮き足立つ様子が伺えた。


「はい、みなさん静かに。宮古さんは以前この街に住んでいたそうですが、ご両親の仕事の都合で引っ越しをして、つい最近戻って来たそうです。これから仲良くしてください」


 白川先生の言葉に『はーい!』と元気な返事が返ってくるが、ほとんどは浮かれた男子生徒の声であった。


「それじゃあ宮古さんの席は……小島くんの隣が空いているのでそこを使ってください」


 白川先生は宏樹の隣に空いていた席を指差す。


「はい、分かりました。ありがとうございます」


 転校生は宏樹の隣の席まで歩き始める。するとクラス中の男子がその一挙手一投足に注目しているのが分かる。


「私は宮古晶といいます。今日からよろしくお願いします」


 自分の席の前で足を止めた転校生は隣の席の宏樹に丁寧な挨拶をする。


「あ……お、俺は小島宏樹といいます。よ、よろしくお願いします」


 転校生の姿を間近で見た宏樹はその美少女っぷりとその眩しい笑顔に辿々(たどたど)しい自己紹介を返す。しかし、当の転校生は宏樹の名前を聞いた途端に笑顔から一転、真剣な面持ちに表情を変えた。


「ひろき⁉︎ 今、ひろきって……ひろ……くん?  もしかして……ひ、ひろくんなの⁉︎」


 転校生はブツブツと独り言をいい始め『ひろくん』という懐かしい呼び名を叫んだ。


「あ、あきらなのか……⁉︎」


 昔の思い出ではあったものの、今朝夢を見たお陰で記憶に新しく懐かしい呼び名に、宏樹は驚愕に目を見開き、“あきら“という名前を呟いた。


「やっぱりひろくんだ!」


 感極まった晶は教室内であるということも気にせず宏樹に抱き付いた。


 その光景に教室内は阿鼻叫喚の様相を呈した。

 男子生徒からは怨嗟の声が、女子生徒からは黄色い声が教室内に木霊する。


「ひろくん」


「は、はい……」


 先ほどとは打って変わり教室内は二人の動向を見守るべく静かになっていた。


 晶は潤んだ瞳で宏樹を見据え、抱き付いたままでその艶やかな唇を開いた。


「私のパンツを脱がした責任取ってくださいね!」


 ホームルーム中のクラスメイトのいる目の前で、晶は向日葵のような笑顔を宏樹に向けそう言い放った。

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