幼馴染のパンツを脱がせたら、十年後に責任とってねと言われました。

ヤマモトタケシ

第一部

第1話

 照りつける日差しが眩しく、暑い日だった。


 連日の茹だるような暑さの中、夏休みに入ったばかりの小島宏樹こじまひろきは照り付ける真夏の太陽の下、ブランコに腰掛け虚空を見つめていた。


 周りには暑さをものともせず走り回る子供の姿。陽気にはしゃぐ子供たちとは対照的に宏樹の心は暗く澱んでいた。


『ねえ、ぼくたちといっしょに遊ぼ?』


 宏樹に声を掛けた子供は向日葵のような笑顔を見せた。


 その眩しすぎる笑顔に宏樹は何も答えず顔を背けてしまう。


『ねえねえ、いっしょに遊ばない?』


 その子供は宏樹に無視されたにもかかわらず声を掛け続ける。


『あきらーそんなやつほうっておいてこっちで遊ぼうぜー』


 ――コイツあきらっていうんだ……男なのにずいぶんとキレイな顔してるな。


 ショートカットで真っ黒に日焼けし、Tシャツに短パンという格好のあきらと呼ばれた子供に、宏樹はそんな印象を抱いた。


『ぼくはブランコで遊んでるから!』


 あきらと呼ばれた子供は友達にそう伝え、空いていたブランコに腰掛け漕ぎ始める。


 あきらと呼ばれた子供は黙ってブランコを漕ぎ続け、会話のない二人の間にキィキィという金属の擦れる音だけが鳴り響く。


『あのさ……さっきのともだちと遊んでくれば?』


 沈黙に耐えかねた宏樹は、あきらと呼ばれた子供にそう伝える。


『やっと話してくれた! ぼくはあきらっていうんだ。きみの名前おしえて!』


 あきらは話し掛けられたのがよほど嬉しかったのか、ぱあっと顔を明るくした。


『……ひろき』


 コイツ馴れ馴れしいな、と思いながらも宏樹は自分の名前をボソリと呟いた。


『ひろきくんか……いいなまえだね! これからはひろくんって呼ぶから!』


 そのバグった距離感に面食らった宏樹の気持ちを知ってか知らでか、あきらは人懐こい笑顔を浮かべた。


『あの……あきらくん、さっきのともだちはいいの?』


『いいんだ。ぼくはブランコで遊びたかったから。それと……あきらってよんで!』


『え? わ、わかった。あきら……」


『うん!』


 あきらは満足したのか本当に嬉しそうに破顔した。


『あきらはなんでおれに遊ぼうってこえをかけてくれたの?』


 宏樹は突然声を掛けてきたあきらに疑問を投げ掛けた。


『うーん……ひろくんすごくさみしそうだったから……かな? いっしょに遊べばえがおになってくれるかなって』


『そうなんだ……』


『ひろくんはどうしてそんなに悲しそうなの? よかったらきかせて』


 だが宏樹は答えず黙ったまま地面に視線を落とした。


『そっか……話したくなかったむりしなくていいよ』


『……このまえさ……お母さんがびょうきでしんじゃったんだ』


 宏樹は思い出すのも悲しいはずの出来事を訥々とつとつと話し始めた。


『だから……もうあえないってお父さんがいってて……だから……かなし――』


 宏樹の頭がふわりと何かに包まれ、話していた言葉を途中で止めた。


 ――ッ⁉︎


『かなしいことおもいださせちゃってごめん……』


 黙って話を聞いていたあきらがブランコに腰掛けている宏樹を頭から抱き締めた。


 突然のことに驚いた宏樹だったが何故か心地良くて、そのままあきらの胸に抱かれ続けた。


『ううっ……ひくっ……』


 宏樹はあきらの胸に顔を埋めながら嗚咽を漏らし始める。




『ご、ごめん!』


 どれくらい時間が経っただろうか、泣き終えた宏樹は両手であきら押し退け、逃げるように走り去ってしまう。


『あしたもこうえんにいるからいっしょに遊ぼう!』


 走り去る宏樹の背中に向かってあきらが叫ぶ。しかし宏樹は振り返らずそのまま立ち去っていった。



 あきらの前で泣いてからというもの、恥ずかしさのあまり宏樹は三日ほど公園に行かなかった。


 その後、公園に顔を出した宏樹はあきらと打ち解け元気を取り戻し、毎日のように一緒に遊んでいた。


 夏休みも終わりに近づいた八月の下旬、その日も公園で一緒に遊んでいたあきらの異変に宏樹は気が付いた。


『あきら、きょうはずっと元気ないけどどうしたの?』


『え? ひろくんなに? ごめん聞いてなかった』


 あきらは上の空で今日は会ってからずっとこの調子だ。


『なやみがあるならおれが聞いてあげるよ』


『ぼ、ぼくはげんきだからだいじょう――』


『いいから。ひみつきちに行こう』


 言葉を遮った宏樹はあきらの手を取り、秘密基地へと向かった。


『はあ……はあ……ひ、ひろくん、ぼくひとりで歩けるから……』


 活発な宏樹に引っ張り回され、あきらは息も切れ切れだ。


『あきらはたいりょくがないなぁ』


『ぼくが運動にがてなのはしってるでしょう? もう……』


『ごめんごめん、ほらもうすぐつくから』


 宏樹たちは遊休地にある盛り土の窪みを利用し、そこを秘密基地にしていた。とはいっても地面に段ボールをひいただけの秘密基地だが、ゲームをしたりお喋りしたりと二人だけの大切な場所だ。


『あ、ちょっとまってて。すぐもどってくるから』


 秘密基地に着くなり宏樹はあきらを置いて何処かへと行ってしまう。


『もう……ひろくんごういんなんだから』


 そんな事を言いながらもあきらは少しも怒っておらず、むしろ元気が無いことに気付いてくれたことが嬉しかった。




『おまたせ! ほら、おれのおごりだ。あきらココアすきだろ?』


 そういって宏樹はカップに入ったアイスココアをあきらに手渡した。


『う、うん……でもおごってもらうなんてわるいよ』


『いいんだって。あきらには前にその……げんきつけてもらったし、そのおれいだ!』


 宏樹は初めてあきらと会ったブランコでの出来事を思い出し、恥ずかしそうにしている。


『そういうことなら……ひろくんありがとう!』


 ココアを受け取ったあきらは満面の笑みを浮かべた。


『あきら、なやみがあるならおれが聞いてあげる。まえにおれの話をきいてくれたからこんどはおれのばんだ』


 宏樹がそう言うとあきらは少し考えてから口を開いた。


『……ひろくん……あのね……ぼく――ッ⁉︎ き、きゃあぁぁーーーっ!!』


 突然悲鳴を上げたあきらは手に持っていたココアのカップを落としてしまう。


『む、むし⁉︎ いやぁぁーー!!』


 真上の木の枝からあきらの手に虫が落ちてきたらしく、ブンブンと手を振り回している。


『あ、あきら、もう虫はてについていないからおちついて!』


 あきらは余程虫が苦手なのか短パンがココアで汚れようがお構いなしだ。


『はあ……はあ……』


『あきら、おちついた? まずはそのズボンどうにかしないと』


 落としたココアがあきらの短パンを汚し、淡い色のズボンは酷い状態だ。


『かえったらおこられちゃう……』


 落ち着きを取り戻したあきらは冷静になったようで、怒られてしまうと落ち込んでいる。


『おれがこうえんに行ってズボンあらってくるよ。あついからそのへんの木にかけとけば、すぐかわくからしんぱいしないで!』


『え? こんなとこでズボンぬげないよ……それにひろくんに見られたらはずかしいし……』


『だいじょうぶだって。ここに人はこないし。それにおれたち男どうしだしだろ? なにいってんだよ』


『で、でも……』


『もう、はやくあらわないとココアが落ちなくなっちゃうから!』


 恥ずかしがり、なかなか脱がないあきらに業を煮やした宏樹は汚れたズボンに手を掛けた。


『ひろくん、だめ――』


 宏樹が強引にズボンを脱がすと勢い余って一緒にあきらのパンツまで下ろしてしまう。


『えッ⁉』


 そこで宏樹が見たモノは、あきらの股間には男なら必ず付いているモノが無く、ツルツルの肌に綺麗な一本のスジがあるだけだった。


『き、きゃぁぁーーーっ!!』


 ――あきらは男じゃなくて女だった……の?


『ひ、ひろくんのバカァーーーッ!!』


 あきらは慌てて膝まで脱げていた短パンとパンツを元に戻し、顔を真っ赤に染め逃げるように走り去ってしまった。

 宏樹は呼び止めることもできず、立ち去るあきらの背中を茫然と見送った。


 そして宏樹があきらに会ったのは、これが最後となった。



……………………………………

………………………………

…………………………

……………………

………………

…………

……



 ピピッ! ピピッ! ピピッ!


「ゆ、夢……か……?」


 宏樹はけたたましく鳴り響くアラームの音で目を覚ました。布団の中から手を伸ばし、アラームを止めてから暫し考える。


 ――なんで今更こんな夢を……?


 もう十年も前の忘れかけていた思い出だ。なぜ今になってあんな夢を見たのだろうか?


「……おっと、のんびり感傷に浸っている場合じゃなかった。起きないと」


 布団から這い出た宏樹はパジャマのままキッチンへと向かった。


「親父おはよう。今日は本店の定休日だろ? たまには休めばいいのに」


 部屋を出てキッチンへ向かう途中、宏樹は玄関で出掛ける準備をしている父親の健治けんじに声を掛けた。


「おう、おはよう宏樹。カフェの方も人手が足りないし俺が行かないと他のスタッフに負担が掛かるからな」


「まあ、そうだけど……」


 健治が経営しているコジマベーカリーにはパンの製造と販売のみをしている本店と、カフェベーカリー業態の二号店がある。

 今日は本店は定休日でパンの販売は休みだが、パンの卸もしているので製造だけは行なっている。駅前の二号店は店長に任せているから本店が休みの時は健治の公休日だが、人手不足を理由に休まず手伝いに行くようだ。


「じゃあ、行ってくる」


「ん、行ってらっしゃい。親父、無理はするなよ」

 

「ああ、宏樹も遅刻するなよ」


「分かってるって」


 健治と会話を終えた宏樹はキッチンへと向かった。キッチンからはコーヒーの良い香りが漂ってくる。


「ひろにいおはよう」


 妹の綾香あやかも起きてきたばかりのようで寝癖をつけたままキッチンでコーヒーを淹れている。


「おはよう綾香。親父は今日も休まず店に行っちゃったな。他のスタッフに任せてたまにはゆっくりすればいいのに」


「パパは職人だからね。自分で納得できないとダメなんだよ。あ、ひろ兄そろそろパン焼けるからお皿の準備して」


 トースターからパンを取り出すと香ばしい良い匂いがキッチンに広がる。小島家の朝食はもちろん毎日コジマベーカリー自慢のパンだ。


「いただきます」


 二人して手を合わせ、パンとコーヒー、ハムエッグの簡素な朝食をとる。こんがりと焼けた食パンにバターを塗り一口頬張る。サクッとした食感にパン生地の芳醇な香りが口の中いっぱいに広がる。


「ん、今日も美味いな」


「クラスの友達も美味しいってSNSで宣伝してくれてるよ」


 コジマベーカリーのパンは地元でも手頃な値段で美味しいと評判で、SNSなどでも度々紹介記事が投稿されている。


「それは友達に感謝しないとな。そうやって宣伝してくれるお陰で俺たちは生活できてるわけだし」


「でもさ、あんまり儲かってないんでしょ?」


 SNS等で有名なのでお客で連日賑わっているようだが、綾香の云う通りあまり儲かってはいないようだ。


「んーどうだろうな。俺は売上までは詳しく分からないよ」


 綾香に余計な心配をかけさせないように宏樹は分からないフリをした。


「ごちそうさまでした。片付けは俺がやっておくから綾香は先に顔洗ってきな」


「うん、ひろ兄お願い」


 女性は朝の支度に時間が掛かるもの。だから朝食の準備は綾香が、片付けは宏樹が担当している。


 ――人手が足りてないんだよな……俺も少しシフト増やすかな。


 宏樹は健治の経営しているパン屋でアルバイトをしているので店の状況は把握していた。

 不足しているスタッフを雇う余裕もあまり無いようで、健治がその分をカバーしている。だから、開店前から閉店まで毎日のように働き詰めの健治のことが宏樹は心配であった。


「ひろ兄、洗面空いたよ」


「おう、食器片付け終わったら俺も準備するよ」


 ――とりあえず親父にシフトの事は相談してみるか。


「でもなぁ……親父に相談したところで『心配するな』って言われるのオチなんだよなぁ」


 健治は『店のことは心配するな。お前はちゃんと大学を出て将来のことは自分で決めろ』といつも言っている。

 だから、宏樹がシフトを増やすとか、もっと手伝うと相談するといつも健治は渋い顔をする。


 ――受験までまだ日はあるし、もっと頼ってくれても良いんだけどな。


「ひろ兄、私は先に行ってるね」


「ああ、気を付けてな」


 綾香は宏樹よりいつも先に家を出て行く。学校の友達と待ち合わせして一緒に登校しているのだろう。


「おっと、俺も早く準備しないと」


 小島家の朝はこうして毎日を繰り返し、母親亡き今は家族三人で支え合っていた。

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