第2話


「それで? あんたは何を深刻に悩んでたのよ?」


 ようやく地獄から解放されるも、痛々しい姿のままの俺であったが、杏沙はまるで何事もなかったかのように普通の顔で質問してくる。

 俺が悪いのでこれ以上は何も言及しませんけどね。

 だから素直に質問に答えることにした。


「この前の魔人・ダピルとの戦いだけど、あいつ最後に気になることを言ってたじゃん? あれが頭から離れなくてな」

「ああ、お前たちじゃ魔法少女には絶対に勝てない、あの人は別格だってやつ?」

「それももちろんなんだけど」

「他に気になることでもあったんですか?」


 さっきまでの待合室での一件を優しく見守ってくれていた一葉が会話に混ざってくる。


「『絶対に見た目に惑わされるな。あの人こそが幼い女の子の皮を被った悪魔そのもの』って言ってただろ? 実際どのくらい可愛い女の子なのかと思ってな……」

「気になってたのそこ⁉」

「まぁ新斗くんらしいですね……」

「こう……目をうるうるさせながら虫も殺せないような感じかな?」

「あんたがそれを男のまま表現すると、そこはかとなく気持ち悪いわね……」

「いちいち茶々いれるなよ。……それとも、ちょっとおませさんで、ムスっとした感じかな? それとも……」


 ちょうどいいところに、いい感じの可愛い女の子を発見。


「こんな感じで、金髪を二つに縛っておさげにした異国風な感じかな?」

「そうそう! そんな感じじゃない?」「確かにそうかもですね!」


 ん? あれ?

 三人ともようやく事態の異変に気付き、



「「「って、この子だれぇええええ⁉⁉⁉⁉⁉」」」



 目の前には、綺麗な金髪を二つに結っておさげにした幼女が一人。


「私は杏沙っていうの。あなたのお名前は?」

「リリ!」

「リリちゃんか! どこから来たか分かる? お父さんか、お母さんは?」

「うーん……分かんない……」

「困ったわね……。何かの拍子に親からはぐれちゃって、ここに迷い込んだのかしら」

「それにしても、さすがは杏沙だな。子供に警戒心を抱かせることなく普通に接してて」

「まぁ、子どもは好きだし。でも困ったわね……」

「日本語でちゃんと会話ができてるってことは、この島の子かもしれませんね」

「それか、この国には住んでるけど、旅行か観光でたまたまこの島に来たかのどっちかかも。でも、こういうときは変にトリッキーなことはせずに、警察に相談するのが一番だろ。よし」


 そう思い、リリちゃんと目線が合うようにしゃがんで、


「じゃあ、お兄ちゃんと一緒にお巡りさんのところに行こった? もしかしたらお父さんかお母さんもいるかもしれなよ?」

「おじちゃんだーれ?」

「おじっ……」


 いきなりのおじちゃん認定にたじろぐ俺。

 かすかに後ろから二人の笑い声も聞こえる……。

 そんなに年食ってるように見えるのかな?

 軽くショックを受けながら気を取り直す。


「コホン。お兄ちゃんは、新斗っていうんだよ?」

「アラト?」

「そう。ここにいると、お父さんとお母さんがリリちゃんのことを探せないから一緒にお巡りさんのところに行こ?」

「いや!」


 そういって、俺に抱き着くリリちゃん。

 なおも言葉を続け、


「ここがいい! アラトとお姉ちゃんたちと一緒がいい!」

「こりゃ……困った」

「どうする新斗?」


 杏沙も一葉も同じようにどうしたらいいかの分からない様子。


「とりあえず、ここにいてもらっていいんじゃないか? 一葉ちゃんは近くの交番でリリちゃんを預かってることを伝えてくれる? もし親御さんが警察に行ったときに備えて。杏沙は店の前に目立つように張り紙を張ってくれるか? 親御さんがこの近辺にまだいる可能性が高いし」

「新斗くんはどうするんですか?」

「俺は……。ねぇ、リリちゃん。お姉ちゃんたちがお父さんとお母さんを探すのを手伝ってくれるから、見つかるまでお兄ちゃんと一緒に遊ぼっか?」

「あんたも子どもの相手慣れてるのね? もっといやらしい目つきをするのかと思ったわ」

「しねぇよ! 俺にも妹がいるから、それで慣れててるだけだよ」

「新斗くんの意外な一面を見ちゃいましたね」


 そんな会話をしていると、リリちゃんが三人をゆっくり見渡して、


「アラトはお姉ちゃんたちのカレシ?」

「「ブッーーー‼‼‼」」


 突然のリリちゃんの質問に思わず吹き出す杏沙と一葉。


「リリちゃん、この男が私たちの彼氏なわけないでしょ?」

「じゃあスケコマシ?」

「よくそんな言葉知ってますね……」


 そんな感じで、俺たちはリリちゃんの遊び相手になりながら両親が見つかるのを待った。

 しかし、夕方になってもいっこうに見つかる気配がない。


「見つからねぇな……。警察からもまだ連絡ない?」

「はい……まだなにも……」

「張り紙を見た人からも何か情報とかもらってないよな?」

「うん……。これってもしかして、何かの事件に巻き込まれたとかじゃ……」


 杏沙が深刻な顔をする。


「まさか、そんなわけないだろ。気にしすぎだよ」


 確かに、一人の子どもと離れてもう何時間も経つはずなのに、いっこうに何も情報を得られないのはおかしい。

 杏沙みたいに最悪の事態を考えてしまう気持ちも分かる。


 しかし、リリちゃんはおもむろに立ちあがり、


「アラト、アズサ、ヒトハ。一緒に遊んでくれてありがとう♪」

「えっ? リリちゃん一人で帰れるの?」

「うん!」

「なんだよ……心配して損したわ……」

「初めから遊びに来ただけだったのかもね」

「ほっとしました……」

「リリちゃん。またいつでも遊びに来ていいからね!」


 実際、一緒に遊べて楽しかったし、リリちゃんも楽しそうだった。だからまた会って一緒に遊んであげたい。

 それだけのつもりだった。




「……」




 でも、リリちゃんは急に黙り込む。そして子どもらしい太陽のような笑顔でこう告げた。


「もう一緒に遊べないよ♪」

「えっ? どうしてそんなことを言うの? お兄ちゃんたちとの遊びはつまらなかったかな?」



「だって、私が殺しちゃうから♪」



 その瞬間、鈍く激しい痛みを感じたかと思うと、いつの間にか壁に吹き飛ばされていた。


「ぐわっ!」


 なんとか周りの状況を確認してみると、杏沙と一葉も同じように壁際でうずくまっている。するとそこへ、


「計測不能なほど強力な悪魔反応がいきなり……ダピ⁉」


 ダピルがやってきて今のこの凄惨な状況に驚いている。

 無理もない。


 そして、さっきまで一緒にいた可愛い女の子の笑い声が響き渡る。


「あははははは~っ♪」


「どういうこと……だ?」

「いきなりなにが起こったの⁉」

「痛い……です」


 三人ともやっと立ち上がり、目の前で笑いを続けるリリちゃんと対峙する。


「あはははっ♪ ばっかみたい! あたしみたいな超プリチーな女の子がアラトみたいなフツメに懐くわけないだろ? 身の程をわきまえろ。このロリコン!」

「ロリっ……! そんなことより、さっきの攻撃はリリちゃんが?」

「気安く『ちゃん』付けで呼ばないでくれる? あたしには魔法少女様っていう素敵な称号があるんだから」


「「「「えっ⁉」」」」


 驚きの事実を聞いた三人とAI。


「あたしと仲良くしたいと思ったら、年収は最低1300万円はないとダメね」

「いきなり意識の高い婚活女子みたいなことを言い出したぞ……。それより君は本当に魔法少女なのか?」

「そうだよ♪ あたしの大切な力を分けてあげたタロウが負けたっていうから、その相手がどんな人かと思って来てみれば……とんだ茶番集団でガッカリ」

「ガッカリってどういう意味だよ」

「言葉通りだよ。すごい武器とか秘密基地とか、巨大合体ロボットとかあるかと思ったのに……。拠点がただの汚らしい銭湯で本当にガッカリ。甘い。甘すぎる。お子様向けカレーの甘口より甘いよ」

「さっきまで普通に可愛い金髪の女の子だったのに、急に憎たらしくなってきたわね……」


 杏沙にいたっては、自分たちどころか自分の店をバカにされて怒っている。


「それで? 本当の目的は邪魔な俺たちを殺すことで合ってるか?」

「そういうこと♪ でも殺すまでもないかも。実はこれから面白い遊びをしようとしててね。その邪魔になる前に殺そうと思ってたの。でもたいしたことなさそうだし、その遊びをもっと面白くするために、今は殺さないであげる」

「それって、まさかこの世界を……

「ふふーん♪ それはどうでしょう。まぁ楽しみにしててね♪ それじゃあね、おじさんとおばさんと使えないポンコツイヌ型AIさん♪」


 手を振りながら一瞬にして姿を消すリリちゃん……いや、魔法少女。

 しばらくの沈黙が流れる。

 そして、


「だれがおばさんだぁあああああああああああ‼ 私はまだ四捨五入しても二十歳じゃぼけぇええええええ‼」

「若く聞こえるためにひっそりと四捨五入したな。往生際の悪い」

「あん?」

「いえ、なんでもありません」


 ついでに隣のネコ型AIもブチギレている。


「ダピルはポンコツでもイヌでもないピィイイイイイイイイ‼」


 ひとまず全員落ち着いたところで、


「あいつが魔法少女だったのか……」

「うっかり騙されちゃってたわね」

「タロウさんが言っていた『見た目に騙されるな』の意味がやっと分かった気がします」

「なぁダピル、あいつは実際どのくらい強いんだ?」

「計測不能だから分からないピ。もしかしたらダピルのいた平行世界を滅ぼしたときよりも強くなってるかもしれないピ」

「そんな……。そんなやつに私たちは勝てるの?」


 不安そうな杏沙。一葉も目を伏せることしかできない。


「世界を滅ぼせる力……少なくともそれに匹敵する力がないと厳しいピ」


 周りはややしょんぼりモード。でも分かったことが一つだけある。


「リリちゃん……将来はきっとダイナマイトボディのセクシーガールになるぜ」

「新斗! 今そんな冗談言ってる場合じゃ————」

「そう。冗談だ。でも本当にダイナマイトボディのセクシーガールになるなんて誰も分からないだろ?」

「新斗くん……いつも以上に言ってることの意味が……」

「だから、何事もそのときになってみなければ分からないってこと! 今のこの現状だってそうだ。あいつは確かに強かったけど、実際に面と向かって戦ったわけじゃねぇ。俺たちが力を合わせて戦えば、何か突破口が見つかるかもしれねぇだろ? だからこんなションボリムードは止めにしないか?」

「でも、何かを企んでるみたいだった。それはどうやって……ん⁉」


 いつまでも不安がる杏沙の鼻を人差し指で抑える。


「な、なにしゅるの? 離しなしゃい!」

「へいへい。あいつが何を企んでるのかは分からないが、とりあえず俺たちがしなくちゃいけないことは、日々の鍛錬といつでも戦えるように体力を温存してくことだけだ。前向いていこうぜ!」

「ふふっ。……新斗くんらしいですね」

「もう、分かったわよ」


 こうして俺たちは、いつ来るか分からない魔法少女の企みに備えて、各々できることをしようということになった。


 しかし、その魔法少女の企みは、たった一日で明らかとなる。

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