第2話
「だぁあああ! くそっ! また初回ガチャ、ハズした……! これでリセマラ何回目だよ‼」
「そんなに欲しいキャラがいるんですか」
一葉が純粋な疑問を投げかけてきた。
「ああ。マリンちゃんのSSRが出るまでは、俺は何度だってリセマラしてやる!」
「さっきからその『リセマラ』ってなんなのよ?」
洗濯物をたたみながら、若干呆れ顔で質問をしてくる杏沙。
「リセットマラソン……ソーシャルゲームアプリではよく初回にガチャを引けるんですけど、その初回のガチャでレア度の高いキャラクターや装備が出るまで何回もアプリを入れ直して、ガチャを繰り返し引き続けることをいいます」
「一葉ちゃん、詳しいのね」
「……はい。私も空いた時間はよくゲームをするので……」
ここは杏沙の家の居間。
今は俺も住み込みで働かせてもらっているから実質俺の家でもある。
コンビニエンスYOJOの仕事が一区切りついたので、息抜きに今ハマっているソーシャルゲームに興じているところだ。
「そのゲーム面白いの?」
普段からゲームをしない杏沙が怪訝そうな顔で尋ねる。
そんなにいつも眉間にしわを寄せていると将来が大変だぞ?
しかし、これは布教のチャンス。
「よくぞ聞いてくれた! このゲームは『ウォーター・ウェア―・ストーリー』と言ってだな。可愛い女の子たちに、より魅力的でお似合いの水着を着せてあげて水着コンテストの世界大会優勝を目指す今最も熱いゲームなんだ!」
「女の子に水着って……。それ、いかがわしいものじゃないの? よく規制されないわね」
「分かってない。杏沙氏は分かってないよ。最初はみんな同じような反応をするが、一度やってみると、そのキャラの魅力とストーリーの重厚さにドハマりすること間違いなしだ。まず第一に、水着と言っても、それを着るキャラとデザインをするサポートキャラがいてだな————」
「はいはい、分かったわよ! 何も知らずに疑ってすみませんでした。いつか機会があったら私もやってみるから。それより!」
杏沙が、俺の眉間に突き刺さるんじゃないかと思うくらい鋭く人差し指を向けてきて、
「あんたさっきからテレビつけっぱなし! ゲームするかテレビ見るかどっちかにしなさいよ!」
「だって、一葉ちゃんもいるし、テレビつけないと暇かなと思って……」
「明らかに見てないでしょ! それに一葉ちゃんをだしに使わないの!」
「お前は俺のオカンかよ」
「ああん⁉ なんか言った⁉」
「いえ……なんでもございませぬ……」
「それに、あんた仮にも居候なのよ? 仕事を手伝ってくれるのはありがたいけど、もう少し家の手伝いもしなさいよ! 一葉ちゃんもそう思うでしょ?」
「そう……ですね……」
「くそ……俺のゲーム仲間の一葉を味方につけやがって」
「あんたみたいなのに味方する人なんていないわよ! もう怒った! あんた今日晩飯抜き。水も抜き。トイレもダメ」
「トイレも⁉ ……ぐう畜」
「どういう意味よ⁉」
「『ぐうの音も出ないほど畜生』という意味ですね……。主に酷い行いをする人に対して使う言葉です」
「一葉ちゃん……よくコイツの言ってることが分かるね」
「はい……。普段からネットを使って遊んでるので自然と……」
「それで? どこの誰が畜生だって言うのかしら?」
おかしい……
口は笑ってるのに目が笑ってないよ⁉
「いえ! どこにもそんな人はいませんよ! やだなぁ! 杏沙さんは俺をこの家に置いてくださった命の恩人なんですから! そんな汚らしい言葉なんて使いませんよ!」
「はぁ。あんたってやつは……。ん?」
重いため息をついた杏沙だったが、何かを見つめている。テレビの方だ。
『ブラック企業特集! 辞めたくても辞められない! 辞めたとしても次はない! そんなブラック企業で働いている人を徹底取材!』
うわぁ……。なんか胸が痛くなる内容だな。その様子を見て杏沙が口を開き、
「あんたももしかしたら、一歩間違えばこんな感じになってたのかもね……」
だからお前はオカンか!
そうツッコミたくなったが、すんでのところで抑える。
そのテレビの内容があまりにも過去の自分と重なってしまい、言葉が出なかったからだ。
その番組によると、毎朝『生き生き活動』と称して始業開始前から朝礼に出席させられたり、辞めたくても転職活動をする時間すら与えられなかったり、営業成績が最下位ということでずっと会社から干されていたり……と胸が痛くなるような内容ばかりだ。
いくら本人たちが頑張っていようが、常に周りから見られ、少しでもミスを犯すようなら、挽回のチャンスなくそれなりの評価をされる。
自分ではどうしよもない問題でもそれは変わらない。
関わってくれる上司や同期の仲間が、どの程度力を貸してくれるかも重要だ。
場合によっては学歴ですべてを判断されることも……。
そしてその学歴には、子供時代に親がどれだけお金をかけて勉強をさせてくれたのかという議論もあるらしい。
仕事も、人間関係も、親も自分の力ではどうにもならないことがある。
自分に降りかかってきたものの範囲で精いっぱい頑張るしかないのだ。
そういった意味では『人生はゲームのガチャと同じ』とネットで言われることもあるが、まさにその通りなのもしれない。はたして俺の人生ガチャは当たりなのだろうか……。
いかん!
こんなに深く悩んでしまってどうする!
俺らしくもない!
悩んでもしかなのいことをいくら考えたってしょうがない!
今はマリンちゃんSSRをガチャで引き当てることだけを考えよう。
そう思い、ガチャ開始のボタンを押す。
ポチ
すると、豪華な演出でガチャが起動。
「おお! これはもしかしてSR? それともSSRか……⁉」
ガチャの中身が公開されようとしたそのとき!
「大変ダピ! 大変ダピ!」
「ちょっ! ダピル! 画面の前に立つな! 見えないだろ!」
「そんなこと言ってる場合じゃないピ! 今までで一番の強大な悪魔の力を感じるピ!」
「マジか⁉ じゃあ急ぐぞ! 幼女戦隊出動だ‼」
すぐさま現場であるオフィス街に駆けつける。
そして、目の前に広がる光景は……
「なんだよ……この量は……」
100……いやそれ上はいるんじゃないかと思えるほど、ゴルラの群れが街中で大暴れしていた。
先に人々の避難を優先させ、いざゴルラたちの前へ。
「ちょっと新斗、この量はさすがにヤバくない?」
「私たちだけで大丈夫でしょうか……」
「……これなんてムリゲー? でも、やるしかないだろ! なぁダピル、強大な悪魔の力って、こいつらが群れをなしてるからってことか?」
「ダピ……。たしかにあいつらも群れをなすことにより強大な力となっていることは確かだけど、もっと恐ろしい何かが潜んでいる気がするピ」
「怖いこと言うなよ……。今のところ悪魔の姿も見えないし、さっさとゴルラだけでも片付けちまおう!」
「わかったわ!」「はい!」
三人が横一線に並ぶ。
「「「YOJOパワー・コンプレッション‼」」」
「小さき炎で悪を焼滅! 赤のヒーロー! 幼女レッド!」
「小さき水で悪を水滅! 青のヒーロー! 幼女ブルー!」
「小さき雷で悪を雷滅! 黄色のヒーロー! 幼女イエロー!」
「「「キュートな見た目でグレートパワー! 幼女戦隊リトルガールズ‼‼‼」」」
「なんか久しぶりに言った気がする」
「何言ってるのよ! さっさとやるわよ!」
杏沙のその声を合図に、それぞれがゴルラたちと対峙していく。
思いのほか広がって暴れ回っているため、三人が分散して戦うしかない。
しかし、俺たちも日々の鍛錬で強くなっている。
たとえゴルラが何百体いようが雑魚なことには変わりない。
そんなこんなで、10分もかからずゴルラどもの制圧に成功した。
「私たち、やっぱり強くなってるわね」
「そうだな。最初に比べれば雲泥の差だ」
「でも油断は禁物です……」
いっこうにして悪魔が現れない。しかし、
「新斗くん! あれ!」
「ん?」
そこにはサラリーマンらしき男が一人ポツンと立っていた。
すると近くからゴルラの生き残りが一匹現れ、そのサラリーマンめがけて飛びついていく。
「あぶない!」
持ち前のスピードを生かし、サラリーマンをゴルラから守ろうとした。その瞬間、
「ヴォオオオ……!」
ゴルラが一瞬にして灰と化し、完全に消滅。
「ふんっ。この世界のお別れも兼ねて元の姿に戻ってみたはいいが、ゴルラに襲われかけてしまった。ご主人様を見分けられないとは、所詮は低能の集まりというわけか……」
奇妙な笑いを浮かべるその男は、もはや人間というには無理があるほど、圧倒的な魔の力に溢れていた。
もしかして、こいつがダピルの言っていた強大な悪魔の力の持ち主?
でも見た目は明らかに人間だぞ?
「新斗!」「新斗くん!」
杏沙と一葉が合流。サラリーマンの男と対峙する。
「気をつけろ、二人とも。こいつはただの人間じゃねぇぞ」
「えっ? どう見たって普通の男の人に見えるけど……」
「でも、あのゴルラを一撃で倒してましてよね……?」
俺たちの疑問に答えるかのように、サラリーマンの男が笑い出す。
「ふはははっ! そう。僕は人間じゃない。『元』人間だ」
「人間じゃない? それはどういう意味だ?」
「こういうことだ」
「「「うっ⁉」」
そのサラリーマンの男を暗い影のようなものが包み込む。
そして現れたのは、顔はそのままだが、頭に角をはやして、まるで悪魔のような姿になってしまった男がそこにいた。
「お前たちが幼女戦隊か。なんと可愛らしい姿だ。倒してしまうのが悔やまれるよ」
「なんで悪魔みたいな恰好をしてるんだ⁉」
「だから言ったろう。僕は『元』人間だ。路頭に迷い人生に失望していた僕を魔法少女様が救ってくれたんだ。そしてこの力を手に入れた。この世界を滅ぼすほどの力を! ゆえに、今の僕は悪魔の力を持った元人間、つまりは魔人! 名はタロウだ!」
「なんだと⁉」
驚きの真実に驚く俺。
しかし、その圧倒的深刻な空気を杏沙が両断する。
「あの……元人間だとか魔人だとか名前がタロウとかの話はこの際どうでもいいんだけど……なんでブリーフなの?」
そう。
目の前の魔人・タロウは、上は半裸にローブを纏い、下はブリーフ一枚だけの姿だったのだ。
まるで変質者。
よく見る汚い黄ばみが見えそうなので怖くて見たくないが。
その杏沙の言葉に対し、若干バカにされたような感じが気に食わなかったのか、タロウが反抗する。
「ブリーフは至高の戦闘服なんだぞ⁉」
「ぬるいな! 俺はボクサーパンツ派だ」
「ボクサーパンツなんて、意識高い系で性欲の塊の男しか履かないんだよ‼」
「なんだと⁉」
「くだらないことばっかり話さないでくれる⁉ お前らまとめて処すぞ?」
「でも、もとはと言えば杏沙がパンツの話を持ち出したんだろ⁉」
「そうだそうだ!」
「ふふっ♪ 黙らないと、二人とも私がやっちゃうぞ(ハート)?」
「「は、はい」」
杏沙の化けの皮の被った笑顔&死の宣告に身震いする俺とタロウ。
一旦気を取り直して、
「魔人・タロウ! お前に何があったのかは知らないが、魔法少女に手を貸してこの世界を滅ぼそうとするのなら、正義の名にかけてお前を倒す!」
「お前たちに俺が倒せるかな」
「いくぞ! 二人とも!」
「まずは私からいくわね! アクアキャノン!」
「私も追います! ライトニングブレード!」
二人の攻撃がタロウに直撃。爆煙が立ち上っているため今どんな状態かは確認できないが、確かにそこにいる。
だから、
「これで一気にとどめだ‼ お前を倒して正気に戻してやるよぉおおおおお‼‼‼‼」
バコンッ!
渾身の一撃をくらわすことができた。できたはずなのに……
「……な⁉」
「お前の力が一番強いはずだが、こんなものか」
俺の渾身のパンチを片手だけで受け止めている。そして、
「フンッ!」
「うわぁああああ!」
パリンッ! バゴッ! パリンッ! ドゴッ!
そのまま胴体を殴られ、ビル二つ分を貫くほど突き飛ばされてしまった。
「くはっ‼」
口からは血の味。もしかしたらあばら骨も何本か逝ってしまったかもしれない。
「新斗、平気⁉」「新斗くん!」
「多分大丈夫……うっ……。あいつ、ブリーフのくせに強いぞ……」
「何くだらないこと言ってるのよ!」
「あの男の悪魔パワーは膨大過ぎるピ」
「ダピルさん、あの人に勝つにはどうすれば?」
「そうだ! この前みたいに、また新斗がYOJO・スーパーノヴァに進化すれば……」
「進化したとしても怪しいピ。それくらいあの魔人は強いんダピ。仮に新斗がスーパーノヴァになったとしても、パワーの消耗が激し過ぎて長くは戦えないピ」
「じゃあどうすればいいのよ⁉」
「タロウは魔人ダピ。元をたどれば、魔法少女から力をもらったに過ぎないただの人間ダピ。今はその人間の頃に味わった憎しみや恨みなどが力の源。だからその源を解消できるように心に訴えかけて、少しでも力を弱めるしかないピ」
「そんな……あんな奴に話しが通じるわけ————」
「俺がやる」
今にも倒れそうな身体を無理やり起こす。
「あんた、もう死にそうじゃない」
「あいつの目、どこか昔の俺に似てる気がするんだ……。どうしようもない状況から逃げたくて、でも何もできなくて……。助けを呼びたいのになかなか声が出せない。そんな目だ」
「ここは新斗に任せた方がよさそうダピ」
そうして、タロウの前に一人で立ちふさがることになった。
「なんだよ、立ち向かってくるのはお前一人だけか? しかも今にも倒れそうだ。まるで生まれたての小鹿のようだだな」
「ふっ、そこまでじゃねぇよ」
正直言ってしまえば、あの一発が重すぎて身体がすでに限界を迎えようとしている。
だが、ここで立ちふさがらないと本当にこの世界が滅んでしまうかもしれない。
残りの体力を考えるとあまり時間がないことは分かりきっているが、ここは男同士、拳で語り合うしかないな。
今は幼女の姿だけど。
「モードチェンジ! YOJO・スーパーノヴァ!」
全身が炎に包まれ、さっきよりも身体が小さくなった反面、ものすごいパワーを得る。痛みも感じなくなった。これならいける!
「行くぞ、おら!」
「かかってこい!」
拳と拳でぶつかり合う。時には空中で、時には地上で、ものすごいスピードでぶつかっていく。
「どうしたどうした? それがお前の切り札なんだろ? そんなんじゃ僕は倒せないぞ!」
お互い腹や顔面にダメージを食らうが、それでも倒れずぶつかり続ける。
「ハァ……ハァ……。お前、強いな」
「ハァ……ハァ……お前こそ、なかなかやるね。でも……もうおしまいのようだ」
「⁉」
炎が身体からこぼれていき、元の幼女の姿に戻る。
「新斗!」「新斗くん!」
二人が近づいてくるが、こっちに来るなと右手で制す。
「正直参ったよ。俺にはもう……力は残ってないみたいだ」
「君はよくやったよ。僕が楽にしてあげよう」
タロウが拳を振り上げる。それでも俺は口を開く。
「なぁ、単純に疑問なんだが、どうしてお前は魔法少女なんかの力に染まることにしたんだ?」
「お前に関係のないことだ」
「いいじゃんかよ。あいつらは後ろにいるから聞こえてない。だからこっそり教えてくれよ。死ぬ前の手向けの言葉として聞いておきたいんだ」
「ふんっ。いいだろう。もうすぐ俺の人間としての記憶も完全に消えてしまうからな。記念に教えてやろう」
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