第4話
「あ~、暑い……。こんなときはクーラーでキンキンに冷えた部屋で、キンキンに冷えたビールでも飲んでダラダラしてぇな~」
そんな未来は本当に来てくれるのか?
それにしても……
「なんでどこも非正規雇用の募集ばかりなんだ? 就職氷河期の再来ですか?」
街をぶらついて正社員募集の張り紙があるのかを探してみると、どこもアルバイトやら契約社員の募集ばかり。
こんなに労働意欲があって、もしかしたらすごい才能を秘めているかもしれない人材を野放しにするなんて、この島は……いや、この国は終わってるぞ。
ここは本島から少し離れた素晴島。
島の割に人口が多く、本島にあるそこら辺の街よりも栄えているかもしれない。
そんなこの島でも正社員を募集しないなんて、この国の将来が心配になっちまうぜ。
やや不貞腐れながら歩いていると、
「キャー!」
遠くから悲鳴が聞こえてきた。
声のする方向を確認してみると、
「なんだ……あれ……?」
道のど真ん中で、見たこともないような生き物?が突っ立っている。
頭は鳥なのに、身体は人間そのもの。しかし天使のような羽が生えている。
何かのコスプレか?
それにしても趣味が悪いぞ。
「クルックック!! 俺様の名前はアンドラス! この世界を破壊しに来たぜい! はっ!」
訳の分からないことを言い出したかと思うと、急に大きく羽を広げて、羽の一枚一枚を槍のように飛ばしてきた。
パリン! パリン! パリン!
バコバコ!
ドカン!
周りにある窓ガラスや店の看板などに突き刺さっていく。
「キャー!」
「みんな逃げろー!」
「怪物だぁ!」
その攻撃を合図に、人々は恐れおののき、我先にと逃げていく。
辺りは混沌と騒然に包まれた地獄絵図と化してしまった。
あれ? なんかこれ、夢で見たシチュエーションじゃね?
ここで俺が立ち向かったら、本物のヒーローになれるんじゃね?
そう思って一歩踏み出す。
……違う。
踏み出した一歩を引き戻す。
……俺はヒーローなんかじゃないだろ。
無理に決まってる。あいつはいかにも強そうだ。それに人間が倒せるような相手じゃない。
俺みたいな口先だけの何もできないニート野郎に何ができるっていうんだよ。
身体を翻し、逃げ惑う人々と同じ方向を向く。
これでいいんだ。俺には何もできないんだから。
逃げるように走りだそうとしたそのとき、
「ママ~! 助けて~!」
「マキちゃん!」
子供が転んでしまい逃げ遅れてしまったようだ。
鳥頭の怪物が一歩一歩近づいて来る。
その恐怖からか、母親は子供を抱えたままそこから一歩も動けないでいた。
「誰か……誰か助けてください!」
俺は何をやってるんだ?
ニートで社会のお荷物だとしても、目の前で困ってる人がいたら助けるのが本当のヒーローってやつだろ!
そう思い立ち、再び怪物の方へと走り出す。
「クルックック! お前たちも俺様と同じ身体にしてやるぞぉ~」
「キャー!」
「ママ~!」
「そこまでだ!!」
腹の底から声を出し、鳥頭の怪物と恐怖に震えていた親子がこちらを向く。
久しぶりにこんな大声を出した気がする。
「なんだ貴様は? 今いいところなんだから邪魔するな!」
「うっさい! このコスプレ野郎!」
「コス……、コスプレだとぉぉぉ? この高尚で美しい姿をコスプレだと……?」
「そうだよ! でもコスプレにしては趣味が悪すぎる! なんで頭だけ鳥なんだよ。頭以外からあげにして食われたんですか?」
「貴様……。クルックー♪」
あえて怒らせて親子の逃げる時間を稼ごうとしたが、急に笑い出す鳥頭。
「なんだ? 自分の身体がおもしろおかしいことにやっと気付いたのか?」
「おもしろおかしい……。確かにそうだなぁ! さっきから威勢のいいことばかり言っているが、貴様、足が震えてるぞ? 怖いのを隠すためだったのか! クルックックック!」
「なに?」
足元を確認してみる。
自分では気付いていなかったが、尋常じゃないほど足がカクカク震えている。
これじゃあ、まるで……
「生まれたての小鹿のようだな! クルックックック!」
ちくしょう。やっぱり自分の心までは騙せねぇみたいだな。
でも、やるしかないじゃないか。
そう思って前を向き直すと、
「お前は弱い」
「ごふっ! うわー!」
ガシャン!
目の前に突然移動してきたかと思うと、ものすごい力で殴り飛ばされてしまった。
すぐ近くにはさっきの親子がいる。
「あの……大丈夫ですか?」
「……はい。俺のことはいいですから、早くお子さんを連れて逃げてください。げほっ」
口から血が出てきた。こんなの漫画の世界だけだと思ってたのに、まさか自分がそんな経験をするなんて思ってもみなかった。
ふらふらになりながらも、力を振り絞って立ち上がる。
「クルックック! 俺様のパンチを受けても立ち上がるなんて、案外しぶとい人間だな」
「ありがとよ……」
両手を広げて、鳥頭の前に立ちはだかる。
「いい度胸だ。じゃあ最後の一撃といこうか」
拳を振り上げ、俺に向かってとどめを刺す態勢に入る。
「これで終わりだ! クルックー!」
死を覚悟して目をつぶる。
ああ、俺の人生はこれで終わりか。あっけない人生だった。
社会人としてろくに働けず、家族からも煙たがれ、友達からもバカにされる。
せめて……童貞だけは卒業したい人生だった。
ー---ん? あれ?
なかなか最後の一撃が来ない。
そうか、死ぬ間際は走馬灯を見るという。その走馬灯が流れてるから時間が遅いと感じるのか。
でも待てよ? 走馬灯なんて見えないじゃないか。目をつぶってるから真っ暗なままだし。
確認のため、ゆっくりと目を開けてみる。
「って、なんじゃこりゃぁぁぁぁ!」
目を開けて状況を確認してみると、俺の胸の辺りから赤い光が噴出している。
その光が鳥頭のパンチを押しとどめていた。
これは血か? 血なのか? でも全く痛くない。
「クル? なんだこの光は……? くそっ! 俺様のパンチが遮られてる……! でもこんなもので俺様が押し負けるわけがない!!」
なんとか押しとどめていた鳥頭の攻撃だが、押しのけるように段々とこちらに迫って来る。
よく分からないけど、このままだと本当に終わりだ。
何か奴を倒す方法はないのか……?
そう考えあぐねていると、
「やっぱりダピ!」
突然甲高い声が聞こえてきた。
その声の主を確認すると、ネコみたいなぬいぐるみの形をした何かがそこにいた。
まさかこいつも鳥頭の仲間か?
しかし、そのぬいぐるみから出た言葉は耳を疑うものだった。
「君は性別学的に女性か?」
へ?
こんな状況から出る言葉とは思えないものが聞こえた気がする。
「えっと……今何て言いました?」
「だから、君は生物学的に女性なのかと聞いたんダピ!」
「ぬいぐりみが急にしゃべって、変なことを聞いてきたんだけどぉぉぉぉ!」
「ダピルはぬいぐるみじゃないピ。それはそうと、やっぱり女性に見えないピ」
「見れば分かるだろ。俺は男だ!」
「ダピ⁉ ……まぁいいピ。君は幼女戦隊に入れる素質があるダピ。あの悪魔を倒す力を手に入れられるピ!」
「あいつを倒す力? どうでもいいけど、今はぬいぐるみの手でも借りたい状況なんだ。さっさとその力とやらを貸しやがれ!」
「口が悪いのはヒーローらしくないけど、素質があるのは間違ないピ。それじゃあ、今から強制的に変身させるピ」
変身?と思ったが、あの悪魔とやらを倒せるならそんなことどうでもいい。
ダピルと名乗ったぬいぐるみが、俺の頭にヘアピンらしきものを付けたかと思うと、高らかに宣言した。
「YOJOパワー、コンプレッション!」
「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」
俺の胸から出ていた赤い光が炎に変化し、全身を包み込む。
一瞬だけ身体の内側から焼けるような熱さを感じたが、すぐにその違和感は消えた。
身体をまとっていたものがなくなり、新しい何かへと変わっていく。
思ったよりもピチピチしてる。まるで全身にタイツを履いたような感覚だ。
そうこうしているうちに、目の前を覆っていた炎のベールが視界から消えていく。
「ダピルの目に狂いはなかったピ! 変身成功ダピ!」
ん? 変身?
確かに……なんか身体が軽くなった気がする。
でもなんか周りのものが大きくなったような……?
まぁいいや。そんなことどうでもよくなるくらい、
「力がみなぎってくるぜぇ!!!」
ん? なんか声も高くなってね?
「なんだ……その姿は……⁉」
鳥頭の顔が、まるで色素を抜かれたみたいに真っ白になっている。
「さっきはよくもやってくれたな。俺も一発お見舞いしてやるぜ!」
軽く走り出したつもりが、一瞬にして鳥頭の懐にたどり着いてしまった。
「クル?」
「食らいやがれ! デュクシ!」
バゴーンッ!
炎をまとった拳でパンチを繰り出し、相手のみぞおちにクリーンヒット。
さっきの俺以上に吹っ飛んでいった。
でもこれは決定打ではない。
「クル! これで終わりだと思うな! はぁぁぁぁぁぁ、はっ!」
鳥頭は羽を広げ、大量の羽の槍をこちらに飛ばしてくる。
あんな大量の攻撃なんて、普通なら防ぎきることなんてできない。そう普通なら。
なんか今の俺ならなんだってできそうな気がする。
「働きたくても働けないストレスをなめんなよ! ウリャァァァァァァァァァァァァ!」
虚空にパンチを繰り出すかのように、拳を思いっきり前に突き出す。
すると、まるで炎のレーザービームのようなものが放たれた。
それは飛んできた羽の槍をも巻き込んで、悪魔めがけて一直線に飛んでいく。
そして、
「クルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」
ドガンッッッ!
鳥頭の悪魔に直撃し、そのまま爆発とともに消滅した。
辺りが静寂に包まれる。
すると、ダピルが話しかけてきた。
「思った以上のパワーだったピ! 君にはこれからもボクたちと一緒に、幼女戦隊としてこの地球の平和を守ってほしいピ!」
「地球の平和を守る……か。いまだに何が起こったのか分かってないし、これもまた夢なのかもしれない。だけど、俺にできることなら……って、幼女?」
ダピルの言葉を反芻していると、先ほど助けた子供がやってきた。
あれ? 身長が同じくらいになってる?
「助けてくれてありがとう! ヒーローのお姉ちゃん!」
ん? ……お姉ちゃん?
俺は男だぞ? この子はいったい何を言ってるんだ?
「もしかして、君は今どんな姿をしているのか分かってないピ?」
「どんな姿って……」
近くにあるお店のガラス越しで、自分の姿を確認。
「はっ?」
「君は類まれなるYOJOパワー……つまりは小さき力で悪を征する正義の力の持ち主ダピ。その力を圧縮させ身にまとうことにより、幼女戦隊の幼女レッドに変身したんダピ」
嘘だろ……。おい……。
まさかこの俺が……。この俺が……。
「へ、変身したら幼女になる……?」
そんなまさか……。
でも、目の前のガラス越しに映る自分の姿は幼女そのものだった。
可愛らしい幼い顔つき。ふわっとした髪はペタンコな胸の辺りまで伸びており、右側だけ結わえられている。まるで小学校中学年くらいの女の子だ。さらに、ヒーローのようなピッチリとしたパワードスーツに身を包んでおり、マントを風でなびかせている。
いまだに信じられない。
そんなこと、ありえるわけが……
そもそもヒーローって、もっとダンディでムキムキなはずだろ?
なのになんで……、なんで……変身したら幼女になるんだよ!
そんなヒーローって……
そんなヒーローって……
「そんなヒーローってアリかよぉおおおおおおおおおお!」
履歴書の特技欄に「幼女に変身」が追加された瞬間だった。
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