2章 第4話 鉄腕令嬢との再会
さすがに貴族丸出しの服装でスラムに行くわけにもいかないので浮かない服装に着替えたんだが、その努力を無にしてくださるお供が二人もいるのでした。ぶっ殺すぞ。
一名は俺に助力を求めに来た例のチンピラだ。
スラムの軽犯罪集団の元締めらしいアンネに接触したかったので縁があるっぽいこいつを伴うことにしたのだが、この前髪を槍の穂先みたいにとがらせた猫背の男、スラムの不良が道をふさいでるのを見るたびに「ウィリアムのアニキがお帰りだ! 道を開けろ!」と叫ぶので隠密性が皆無。
置いて行こうか、殺そうか、どうしようかと悩むのだけれど、あいにく、こいつがいないと今のアンネの居場所がわからない。
だから「あんまり騒がないでほしい」とお願いすると、「すいませんアニキ!」と謝り、そして相変わらず「どけィ! ウィリアムのアニキの道を塞ぐんじゃねぇ!」と騒ぐ。そろそろぶっ殺すぞマジで。
そしてもう一人は仮面をつけた金髪のメイドだった。
もちろんレイチェル・ローゼンバーグお嬢様であり、彼女は身バレしないように仮面をつけているのだった。
ところで生成りのシャツと粗末なズボンを身につけた男が、真横に剣とメイド服を帯びた仮面の若い女を連れていたらどう思う?
俺なら『なんだあいつ』って思うね。
つまり俺たちはドチャクソ目立つのだった。
もうほんとね。突然上から隕石とか落ちて来てみんな死なねぇかな……俺も巻き込んでくれていいからさ……
そんなわけで踏み行ったスラムの奥地。立ち並ぶ廃屋の中では比較的綺麗な、そして窓という窓に布をかぶせられて中身がうかがえないようになっている三階建てのその建物が、今のアンネの『本部』らしかった。
これ見よがしな見張りがいるわけではないんだが、入り口付近に来るやつを監視する視線があちこちから感じられる。
たぶん俺が単身で来てたら誰何されたか問答無用で攻撃されて、そのあいだにアンネたちは逃亡してたろうなと思う。
案内役の男、クソうるせぇからマジでぶん殴ろうかと思ったけど我慢してよかった。
建物入り口入ってすぐにある階段を下って地下に降りる。
すると地上にあるボロい木造建築からは想像もつかない重厚な金属扉があって、そこには筋骨隆々で布面積の狭い服を着た大柄な男がいた。
弁髪のそいつは太い腕を見せつけるように腕を組んだポーズのまま俺たちの前に立ち塞がり、無表情にこちらを見下ろす。
ところでガンをつけられると睨み返してしまうのが僕の悪い癖。目を逸らしたら負けになる世界にいた影響が形成した習慣。抜け切れない不良世界の汚泥がこの身にこびりついているのだった。
「…………姐さんは忙しい。部外者とは会わない。ケツまくって逃げるんなら見逃してやる。
押し殺すような声。
すると案内役の男が慌てて俺たちをかばうように前に立つ。
「お、おいおい! このお方はなぁ! あの『
なんだそのあだ名!?
ちなみにブラッドビーストは俺たちのチーム名だ。『あの』ってことは今は違う名前でやってるんだろう。よかった。まだブラッドビーストとか名乗ってたら羞恥心でのたうち回るところだよ。俺が。
ともあれ案内役の男が一生懸命に俺の忘れたい若かりしころの歴史を並べ立てて入室させようと試みるのだが、弁髪の男は無表情のまま首を横に振る。
「…………過去になにがあったかは関係がない。今のそいつは俺たちのファミリーと無関係だ。ここは通せない。いきなり殴りかからないことが、敬意だと思え」
すげぇ正論でうなずいちゃったよ。
確かに俺、無関係なんだよな。なんか流れでいけたらいいなとは思ってたけど、足抜けのための儀式済ませて無関係に十年過ごしてるんだし、そりゃあ今さら関係者面しても『なんなのお前』って感じだ。
しかしここまで来て引き下がるのも面倒くせぇし、スラムで情報網を築いてるらしいアンネとの接触はローゼンバーグ大公からの依頼をこなすためにも必要なことだ。
俺は案内役の男の肩に手を置いて下がらせる。
そして爆発した。
◆
「…………ばかなの?」
ひしゃげた扉を踏みつけながら室内に入ると、そこには懐かしい顔があった。
【鉄腕のアンネ】。
頑丈そうなテーブルに頬杖をついてこっちを見るそいつは、十年という歳月を感じさせない変わらなさだった。
赤い髪も赤い目も、低い背丈も変わらない。
ただし手足はアップグレードされているようで、そのきらめきからだいぶいい金属を使った義肢になっていることはわかった。
眠そうな目をしているのも懐かしい思い出のままだ。これがケンカになると髪は逆立ち目は開き、そしてかすかに炎のようなオーラまで立ち上るのだ。
「よぉ。会いたくなかったぜ」
爆発の衝撃で転がった机を立てて、そこに腰掛ける。
するとアンネはこちらを見上げてため息をついた。
「こっちもだよ、ばか。……ウィル、貴族様に戻ったんじゃないの? それともまたやらかしてスラムに戻って来た?」
「スラムで人探しをするんでな。目をつけられても面倒くせぇから、穏便にあいさつしておこうかと思ったんだ」
「『穏便』……?」
「しょうがねぇだろ通してもらえなかったんだから。こっちもガキの使いじゃねぇから『日を改めますね』ってわけにもいかねーんだよ」
「はあ、そう」
「っていうか、『クリスティーナ・ホールディン』って知ってる? 確保してたりしない?」
「してたら?」
「連れ帰る」
「そういうことなら、私たちは敵」
……マジで確保してんのか。
なんかちょっとぐらい情報あったらいいなと思ってカマかけたんだけど、初手大当たりは笑う。
よし、アンネをぶん殴ってからクリスティーナ嬢を連れ帰るか!
……昔の俺ならそうしていた。しかし今の俺は大人。穏やかで手段を選べる貴族家当主なのだ。
アンネと話してるとすごい勢いで過去に引きずられているのが自分でもわかるので、ここの空気に染まらないようにするためにもなるべく話し合いで解決したいと思っている。なぜなら大人なので。
「……なぁ、アンネ。そっちにも事情があるのは、まあ、わかる。でもこっちも仕事だからよぉ。悪いようにはしねぇから、協力してくれよ」
「うっさいな、ばか。突然戻ってきたと思ったら扉と守衛ぶっ飛ばしていきなり『お前の確保してる貴族令嬢を差し出せ』とか言われたって受け入れられるわけないでしょ。頭腐ってんの?」
「あ“ぁ”?」
「だいたい、ウィルは自分勝手なんだよ、いつもいつも。抜ける時も私に相談もなくいきなり抜けやがって。なんだ『妹がかわいいからスラムでファミリーやってられない。就職する』って。なんだ『妹がかわいいから』って。ほんとにマジでなんなの、その動機」
「テメェ、なんだァ? 俺の妹のかわいさを疑ってんのかァ? 俺の妹はなァ……世界一かわいいんだよ。見ただけで万病が治り、微笑めば冬でも花が咲き誇り、足跡のついた土くれは黄金に変わるぐらいかわいいんだよォ……!」
「怪奇現象でしょ」
「怪奇現象だぁ!? 俺の妹をそんじょそこらの幽霊屋敷と一緒にすんじゃねぇ! 幽霊屋敷は爆発したらおしまいだ! 妹のかわいさは爆発しても永遠に残るんだよォ!」
「怪奇現象じゃねーか! ……ああ、もう、とにかく……ファミリーを抜けくせに! それが突然来てふざけたこと抜かすな!」
「テメェ、俺が下手に出て穏やかな対応を心がけてりゃあ、調子に乗りやがって……!」
「いつ下手に出て穏やかに対応した!?」
「…………そんな昔のことは覚えてねぇなァ!」
「相変わらずだなテメー!? ……まぁいいや。私もお前をぶん殴ってやりたかったとこだ。覚悟しろオラァ!」
「アァ!? ザッケンナコラァ! スッゾオラァ! ォオ!?」
「アァ!? ッテンカラァ!?」
「やべぇ、なに言ってんのかわかんねーよ先生……」
「『鉄腕』と『爆撃』が殴り合うぞ! 避難しろ避難!」
しかし殴り合いは起こらなかったのだった。
俺が上着を脱ぎ捨ててアンネが拳を振りかぶったタイミングで、事務所? の奥から駆け寄ってくる人物がいて、キレそうだった俺はすっかり冷や水をぶっかけられたようになったからだ。
そいつは女だった。
毎日きちんとケアしていることが一目でわかる、つやつやの赤毛の、レイチェルと同い年ぐらいのガキ。
そいつは人相書きにあった通りの捜し人『クリスティーナ・ホールディン』で━━
「やめてください! アンネお姉様を殴らないで!」
どうやら、アンネの舎弟になっているようだった。
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