2章 第2話 鉄腕令嬢からの救援依頼(?)

「あたし思ったんだけどよぉ……このまま先生ンちでメイドやってりゃあ、騎士だのどっかの貴族の嫁だのやる必要ねェんじゃねぇか?」


「素晴らしいアイデアですねレイチェル・ローゼンバーグさん。今すぐその砂糖菓子より甘い夢を吐く口を閉じるか死ぬか選んでもいいですよ」


 私としては後者がおすすめですね……


 俺の家には人生を舐めたメスガキが常駐しており、こいつは趣味でメイド服を着たデモリッションウーマンだ。

 趣味は掃除と称して家の調度品を壊すことであり、特技は料理と称して家の設備を爆発させること。


 後ろ盾がなければ秒で放逐なのだが、残念なことにご実家が大公家であり、時代によっては王族より偉い連中なので、俺は逆らえず、放逐ができない。


 まあぶっ壊した調度品やらなんやらについては専門の監視役が目録をつけてるし、適正より色をつけられた金額で現金補填されるのだが……


 それはそれとしてメイド服を着ながら家を破壊するんじゃねぇ。ぶっ殺すぞ。


「っていうかさぁ! レイチェルさんよォ! なんでテメェはこんなに家事の才能がねぇんだよォ! 掃除ってのはさぁ! ホウキを持って屋敷を駆け回ることじゃねぇんだよォォォ!」


「……先生」


 そういえばメスガキさんは紆余曲折あって俺の家に行儀見習いの侍女として遣わされているのだけれど、同時に俺は彼女の家庭教師でもあるので、彼女は俺を先生と呼ぶ。


 いや『旦那様』って呼ばれるよりは百倍マシだけど、しっくりこねぇんだよな。


 そのメスガキさんは我が家の広くなった廊下の真ん中でメイド服を着たままホウキを剣みたいに片手に持って立ち尽くしていて、その足元には曇ったガラスで作られた宝石のイミテーションのかけらが散らばっている。


 イミテーションとはいえガラスそのものが安くはないので、それなりのお値段だ。


 俺は形式上こいつの実家に借金をしていることになっているので、ダメメイド・レイチェル・ローゼンバーグさんが物をぶっ壊すたびに実質借金が減っていくも同然なのだが、最近は後片付けのコストと見合わないような気がしてきている。メスガキさんの後始末やってるの俺だし。


 というか使用人が帰ってこねぇんだよな……


 ローゼンバーグ家と戦争になりかけたことがあって、その時に巻き込まないよう使用人には暇を出したんだが……

 当然ながら家が滅んでもいいように、使用人には紹介状を持たせて、他家での仕事を世話した。


 我がエインズワース家は色々な面で『厳しい』と大評判の『教育』の家系だ。


 俺の家の血を青くするものは『教育』という名の呪いであり、俺たち一家は教育対象を見つけるとそれを教育せずにはいられない性質を持っている。

 そのうえエインズワースの教育は世間でやたらと厳しいとされており……


 うちで教育を受けた使用人は、『あのエインズワース家で使用人を!』というだけでたいそう他の家での待遇がいいらしく、戻ってこない。

 俺に仕事を世話してくれなかった人たち、俺の紹介状で仕事を世話された使用人は雇うのかよ。


 いや、借金まみれで爵位まで抵当に入れた家だからそりゃあ給金もそこまでは出せないけどさ。

 なんていうの? 世知辛くて残酷だと思います。


「先生」


「なんですかローゼンバーグさん。もしかして俺が興味深そうに『どうしたの?』って聞かないとできない話?」


 待ってたんだよお前の発言を。

 いらねぇこと考えちゃって切ない気分になったろうが。ぶっ殺すぞ。


 レイチェルは黙ってればどこに出しても恥ずかしくないご令嬢なので、こうやって悩みがありそうに俯いて青い瞳に金髪をかぶせている顔などは絵画にしておきたいぐらい絵になる。


 問題は目の前のこいつが生身なのでこれからしゃべることであり、しゃべるとどこに出しても恥ずかしいメスガキになるということだ。

 これの教育が俺の役目だ。レイチェルパパ死んでくれないかな。


「先生、あたしよォ、考えてみたんだ。どうしてあたしがこんなに掃除できねぇのかさ」


「ほぉ」


 考えることは素晴らしいことだ。

 教育には環境と教師と生徒が必要で、どれが欠けてもできない。


 中でも『生徒のやる気』が最重要かつ出させるのが難しいものであり、やる気というのはようするに『黙っていても自ら思考し問題に取り組む気持ち』のことで、これを出させるために数多の教育者が脂汗を流しながら考え込んできたと言っても過言ではない。


 その『やる気』があるならあとは応えるのが教師の役割だ。


 聞かせてもらおうじゃねぇか、テメェの考えた『自分が掃除できない理由』を……


 あごをしゃくって促すと、レイチェルは真剣な顔でこちらを見上げ、口を開く。


「つまらねぇんだ……掃除……」


「…………」


「使用人にやらせりゃよくねぇか? 掃除。あたしのお小遣いで雇っていいか?」


「え? さっき、どのツラ下げて『このまま先生ンちでメイド』とか言ったの? いくらなんでも僕の理解力を超えすぎていて怖い。まさかお前の中で『人を雇って家事をさせるメイド』とか存在するの? 怪奇現象じゃん。祓っていい?」


 まともに仕事がもらえずにあちこちドサ回りした時代が俺にはあって、その当時に『幽霊が出る屋敷から幽霊を追い出してくれ』という依頼も受けた。


 どうせレイス系モンスターだろと思ったんで気軽に受けたらそういうのじゃなかったマジの怪奇現象だったけど、解決のために全力を尽くした結果屋敷を爆散させたら出なくなった実績がある。


 つまり怪奇現象は爆発に弱い。


 そしてここは運良く俺の家。家そのものに怪奇現象がないことはわかっているので、この場合は妄言を吐く目の前のご令嬢を爆発させれば怪奇現象は止まるだろう。


 これを簡単に言うと『ぶっ殺すぞ』ということだ。


「いや、違うんだよ先生! 本当に掃除がつまらなくてどうしようかとあたしも思ってるんだ!」


「なにが違うのか原稿用紙一枚以内で提出してくれよ……もう俺にはテメェの言ってることがなに一つわからねェ……」


「だからよォ……『集中すること』がうまくできねェんだよな……」


「ふむ」


「昔っからそうなんだ。目の前のことが急にどうしようもなくつまらなくなっちまうっていうかさァ……今までで一番集中できたのは『戦うこと』だからよォ、あたしは戦うメイドでも目指そうかと思ってんだよ」


「そうか……それはもうメイド服着てるだけの護衛だな……」


 素直に鎧着ろ。


 が、しかし、レイチェルの素行不良の原因の一部がわかった気がする。


『集中できない』。


 こいつ、地頭は悪くないんだ。問題はすぐに『つまらない』と思って飽きてしまうことにある。

 そしてつまらないと言うと『つまらなくしたやつ』を免職できる権限を持っていたことが事態をややこしくしていた。


 集中しなきゃならない環境に放り込むという力技の解決方法がないでもないが、それも『大公家ご令嬢』の立場が邪魔をするだろう。

 たいていの連中は権力に屈するし、レイチェルの権力は極大で、下手すると王族も屈する。


 こいつに色々言えるのは、今のところレイチェルパパと俺ぐらいなもんで、レイチェルパパはどうにも娘に嫌われるのが嫌なのか、厳しいことを本人に直接言えないときてる。ぶっ殺されてくれねぇかな〜。


 そして『生徒の集中力が続かない』という問題は、これもまた歴史上様々な教育者が頭禿げ上がるまで悩み抜いて取り組んでいた課題ではあるし、色々な解決法が提唱されてもいるが、抜本的な解決法はない。


 どうしたモンかな。


 集中できないつらさは、たぶん教える側より教えられる本人のが問題視してるだろう。

 集中できないことを悩んで素直に訴えてきた相手に『集中できないお前が悪い! 精神を鍛えろ!』とか言うクソをエインズワース家は教育者と認めない。

 だが『それ』がもっとも画一的かつ効果的で、教える側のコストが低い方法だということもまた、一面の真実として認識はしておかないといけないだろう。


 環境が人を変えることは、ままある。


 実際、『自分の精神力が足りないのが悪いのかな』と信じ込ませることにより矯正する手法には効果があるのだ。ある程度のレベルの『集中力がない』状態までは。


 ただ、それは持って生まれた人間性をカタにハメる行為だ。


 教育の難しいところなんだよな〜……


 多くの相手に教えるには、ある程度の『カタ』を用意してそこにハマれねぇやつを『落伍者』にしちまうのは、効果だけを見るなら効果的ではある。

 ただそれを一対一の家庭教師がやるってのは俺的には『ナシ』だ。


 とはいえある程度、持って生まれた人間性を『社会』というカタに近付けていかないとならないのも厳然たる現実ではあるのだ。

 なぜなら、多くの場合『教育』とは『社会でうまくやっていくために受けるもの』なので。


 生来のものと社会そのものとのバランス。

 それは教育者にとって永遠の課題であり、俺ごとき無知な若輩者が結論を出せる問題ではない。


 さてどうしたモンか━━なんて考えてみても答えが出ないのは先に思った通りで、そろそろ外国に送った両親と妹も帰ってきてもいい頃合いだし、オヤジとオフクロに相談するというのも、なるべく選びたくはねぇが手段の一つとして検討しなけりゃならんかもしれない。


 とか考えていた時だ。


「アニキぃぃぃぃぃ!」


 俺にはかわいらしい声で『お兄様』と言ってくれる妹はいても、濁声でアニキと呼んでくる弟はいないので無視しようかなと思った。


 っていうか貴族の屋敷の門の前で叫ぶんじゃねぇよ。状況によってはぶっ殺されるぞ。


 しかし運良く俺は寛大。人の器拡張運動の最中にあり、かつては指先ほどと言われた俺の『怒りの器』は、レイチェルとの毎日によって指先二つ分ほどにまで拡張されていると言ってもいい。キレることが多すぎてキレることに疲れているだけの可能性もある。


「先生、腹違いの弟か?」


 大公家令嬢は困惑していた。

 そうだよね。貴族の家に生まれて血の繋がってない相手にアニキ呼ばわりされること、ないもんね。


 俺も困惑していたかったのだが、残念なことに俺をアニキ呼ばわりする濁声の連中には覚えがある。


 昔スラムでヤンチャしてたころの舎弟どもだ。


 ……ああ、やだなぁ。そりゃあさ? ここらあたりは俺の領地だし? スラムもないとは言わないし? そこ向けの政策だってしてるし?


 でも俺のことアニキ呼ばわりする連中のねぐら、王都のスラムじゃんね。けっこうな距離あるじゃんよ。ってことはわざわざ遠征してきてるじゃん。


 あそことのつながりはほとんど切れてるんだ。


 それが白昼堂々来るって、よっぽどのことが起きてるんだよなぁ、絶対。


 かかわりたくねぇなあ……

 俺は基本的に妹の身を第一に考え、その次ぐらいに自分の身がかわいい。両親は心配するまでもない。死ぬヴィジョンが見えない。


 そりゃあ大公家とヤベェ空気になった時には使用人を逃しましたよ? 

 その結果としてメイドが『趣味でメイド服着てるだけのデモリッションウーマン』一人になったり、その後片付けに奔走して睡眠時間が半分になってますます目にクマが濃くなったりもしたよ。


 でも、使用人たちを逃したのはそれが手間なくできることだったからにすぎないんだ。


 王都のスラムからほとんど縁を切ったはずのやつがここまで来るとか、絶対に命懸けで行動を起こす事態の空気感あるじゃん。


 衛兵いたら命令して遠ざけさせるよ。絶対に直接応答しない。なぜって面倒ごとは嫌いなので。


「先生、面倒ならあたしが蹴散らしてこようか?」


 ホウキ片手に好戦的な笑みを浮かべるメスガキがそこにいた。

 望み通り『メイド服を着た戦闘職』の出番が来たのではしゃいでいるらしい。


 ところで貴族を貴族たらしめているのは魔力量であり、ようするに『強さ』だ。

 華奢なメスガキに見えるレイチェルではあるのだが、たぶんスラムにたむろしてるような一般不良が束になったところで秒で蹴散らす。


 しかもこいつの普段の掃除風景とかを見てると手加減ができるようには思えない。


「……いい。俺が対応する。たぶん昔の知り合いだ」


 今はローゼンバーグ家に帰ってていないのだが、レイチェルのお目つけ役の片目隠れの女がいたら任せてもよかっ……いやダメだわ。あいつたぶん貴族以外に容赦ない気がする。


 けっきょくこうやって面倒ごとを背負い込むんだ。運命の女神が夢に見せた通りになりそうだ。ぶっ殺すぞ。

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