二章 鉄腕令嬢、爆誕
2章 第1話 鉄腕令嬢と爆撃男
続きが書けてしまったので掲載します
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「ザッケンナオラァ! ナメテンノカコラァ!? スッゾラァ!? ォ“オ”!?」
悪い夢なんですよ。
眉間に赤ちゃんの指ぐらいならすっぽり入りそうなほど深いシワを寄せて、目の前のヤロウにおでこがくっつきそうなぐらい顔を寄せて、おおよそ人間の言葉とは思えないようなことを口走りながら、血走った目で目の前のやつをにらみつける、髪型をポンパドールにしたガラの悪そうな男がいる。
そいつは丈がカカトぐらいまであるジャケットを羽織っていて、やたらと幅の太いズボンを履いて、蛇皮で作ったほっそいベルトを締めていた。
しかも俺は知っているのだ。その特注の真っ白いジャケットの裏地にはキメラをかたどった刺繍がなされている。なんていうの? 裏地にこだわるのがオシャレだったんだ。
街中で見かけたら絶対にかかわりあいにならないよう来た道を引き返してでも距離をとりたいその男は、なんと妹が生まれる前の俺なのだった。殺してくれ。
こういう過去の夢はなぜだか三人称視点なのだ。だからたぶんこれは正確な記憶じゃなく、記憶を基にした記録なのだろう。つまりたぶんに俺のイメージが含まれていて、実物はもうちょっと穏やかで、あと少しだけ人っぽく理性的だったと思う。そうかな? どうかな?
俺と睨み合っているのは忘れもしない【鉄腕のアンネ】。
二つ名の由来はそのまんまで、そいつには人肌の手足の代わりに金属でできた手足があって、それは本物の腕以上に強くしなやかに動くと評判の義肢だった。
俺とアンネはこの時スラムの縄張りを賭けて抗争していた。
殺してくれ。抗争ってなんだ。たかが不良グループになんの権限があって土地なんか賭けてるんだ。
この国家の土地はあまねく国王陛下のものであり、そこを貴族が代理で管理しているにすぎない。
臣民はさらに貴族から土地を借り受けるという扱いなので、この国家にスラムの子供たちグループがケンカして管理権限を手に入れることができる土地なんか存在しない。
お勉強が足りてない。いや、足りてたけど、この当時の俺は『勉強』というのが大嫌いで、勉強で学んだすべてのことを無視したがっていた。若すぎる。殺してくれ。
俺に上背があることもあり、『鉄腕』との身長差は頭一つ以上二つ未満もあった。だというのに『鉄腕』は一歩も引かずに俺を睨み返して、あまつさえこんなことまで言ってのけるのだ。
「ッテンゾラァ! ォオ!? アァ!?」
やべぇな、わからん。
当時は俺もこの言語をメインに使っていたはずなんだが、今となってはもうなにを言っているか全然わからない。
なんで『ォオ!?』と『アァ!?』だけで意思疎通が可能なんだ。お前ら仲いいなマジで。その言語がもし一般に浸透したらよほど効率的な意思伝達ができるに違いない。誰か解明してくれ。
しかしこれは獣の吠え声みたいなものなので、現在使われている言語のような細やかな表現は不可能なのだ。もう死にたいね。これ夢でしょ? 早く目覚めろよ俺。それか死ね。
キスでもしそうな距離でひとしきり吠えあった二匹の獣は、どうやら言語? による交渉のフェイズを終えたらしい。
前髪が持ち上がりすぎた俺がジャケットを脱ぎ捨てて上半身裸になり(素肌ジャケットです。死んだ方がいいファッションセンスですね)胸を逸らし、ドンと叩く。
すると『鉄腕』は金属製の拳を握りしめて振りかぶる。
振りかぶられた拳はとにかくすさまじい勢いで俺の胸へ真っ直ぐに突き刺さる。俺は回避も防御もしなかった。
これもまた当時の価値観なので今となっては意味不明なのだが、俺たちの殴り合いはターン制で、一回殴ったら一回殴り返されるというルールで行われていた。
回避とか防御は『ダサい』のでしない。
なぜってこのケンカはメンツを賭けたものなのだ。
勝利が目的ではない。勝利は前提として、その上で〝シブく〟勝たないといけない。
シブいというのはマブいということだ。マブいというのは色々ニュアンスに目をつむって換言すれば『憧れる・興奮するほどかっこいい』ということだ。
この当時はこのアホみたいな殴り合いでギャラリーが湧き、殴られた方はニヤリと笑いながら効いてませんよアピールをしつつ殴り返し、また殴り返された方が同じように効いてませんアピールをしてまた殴り返す。
どっちかが相手を認めるまでこの不毛な殴り合いが続くのだった。助けてくれ。恥ずかしすぎて過呼吸になってきた。夢を見せるのは神の
金属製の腕で殴られた俺は案の定ニヤリと笑って効いてないアピールをして、自分より頭一つか二つ小柄な女相手にグーでやり返す。
しかもそのグーはただのグーじゃない。爆発する。
貴族家の血統は魔力が豊富であり、魔法を使うことができる。
しかも我がエインズワース家に流れる『青い血』は教育という呪いを帯びているものだから、幼いころからそりゃあ英才的に魔法教育も受けた。
当時の俺はつまらねぇお勉強ばっかり課してくる父母にうんざりしていた。かといって両親に面と向かって逆らえるほど強くもない。
だから俺は、なるべくアホなことをやってみせた。
今思い返すとマジで殺してほしいぐらい恥ずかしい反抗期の思い出なのだが、その結果として俺が熱心に学んだのは『爆発』の魔法なのだった。
この魔法のどこがアホかっていうと、まずは威力がアホ。
そして人は二種類の魔法を同時に発動できないので、このアホ威力の魔法を拳やら体やらにまとわせて放つと当然ながら自分も傷つくのがアホ。
アホの二重奏を俺は『根性』とかいうジンルイフシギパワーで耐えられると思っていた。そして痩せ我慢して耐え続けた。
なので俺は攻撃のたびに自分自身をひどく傷つける。それに耐えて笑う。すると『あいつ、マジすげぇ……』と大評判で、この当時の俺には【
そしてこの当時、縄張り争いで一対一のケンカに出てくるような、スラム不良グループの頭どもは全員アホだ。
つまり『鉄腕』も俺も同類のアホであり、爆発する拳に顔面を殴られた『鉄腕』は、ニヤリと笑ってペッと血の混じった唾を吐いただけで耐えた。
その後『鉄腕』の金属の義肢と俺の爆発する拳の殴り合いは十数度続き、最終的に『鉄腕』がぶっ倒れて、ちょっと遅れて俺もぶっ倒れることになった。
僅差で俺の勝ち━━と言いたいところなのだが、ほぼ同時にぶっ倒れるとどっちが先でもだいたい引き分け扱いになる。でも僅差でも勝敗が分かれるパターンもあって、それはだいたい『その場の空気』に依存するルールだった。
そして殴り合って引き分けた俺たちは、スラムのきたねぇ壊れた石畳の上で二人ならんで鉛色の空を見て、それから同時にお互いを見て、フッと笑って拳と拳を打ち合わせた。
これは子犬が初対面の子犬と鼻先を合わせるのとだいたい同じ意味の動作で、ようするに僕たちはお友達になったのだ。
さっきまで金属の腕と爆発する拳で殴り合っていたし、たぶんなんの治療もないとお互いこのまま死ぬのだが、それでも俺たちは友情を感じていた。アホかよ。死ね。
しかしアホどもは死んでいなかった。
このあと俺は妹が生まれて生命の尊さと家族の愛しさを知ったので不良ごっこから足を洗って、『鉄腕』はまだスラムに君臨している。
ところで余談なのだが、過去の知り合いの夢を見るとたいてい近々過去の知り合いに会う予定が湧いてくるものだ。会いたくねぇ。絶対にやだ。
このへんが『夢を見せるのは神の御業』とか言われるゆえんでもある。
『あなたのことを夢に見たから、きっと会うと思っていた』というのは長いこと疎遠だった知り合いに再会する時の定型句ではありつつ、単なる定型句とは呼べないぐらいには、実際に『そういうことが起こる』とされているものなのだった。
やっぱり神、ぶっ殺された方がいいよ。
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