第47話 探し物

 翌朝、王宮に向かうために馬車に乗り込もうとしたら、いつもと馬車が違うことに気がついた。


 いつもの馬車より少し大きい。

 なぜだろうと思っていると、ルークがロキを連れて歩いてきた。

 驚いて思わず目を丸くする。

「え?ロキを王宮に連れて行くの?」

「そう」

 首輪をつけて紐でルークに連れられたロキは、いつも留守番なのに今日はお出かけだとわかって嬉しそうにしている。

「許可は?」

「ああ、昨日取ったよ」

 当たり前だろ、そう言ってルークがエマを見る。

 エマが戸惑っていると、ロキが馬車に一番に乗り込んでエマを誘うように吠えた。その顔が楽しそうに笑っている。


「え?どうして王宮にロキを?」

「約束しただろ?」

「約束?」

 首を傾げるエマをルークは本当に呆れたような顔で見つめた。


「本当に君は僕の話を聞いていない」

「え……なんだっけ」

 ため息をついて、ルークは馬車を走らせた。


「君の髪飾り、探す約束だろ」

「あ……」


 そういえば、そんなことがあった。

 あの後思いがけず牢屋に入っていたから、忘れていた。


「覚えていてくれたんだ」

 つい、そんな本心が口からこぼれたら、ルークはまた嫌な顔をした。

「そりゃあ、あんなに泣かれたら、探さないわけにはいかないよね」

 だけどすぐに笑顔になってエマの頭を撫でた。

「大丈夫、ちゃんとロキが見つけてくれるから」

 な、そんなふうにルークがロキに声を掛けると嬉しそうにロキがボフッと吠えた。


 だけど、そのすぐ後にロキが椅子の上に飛び乗って、エマの膝の上に座ろうとしたら、ルークはムッとした様子でそれを阻止した。ロキが恨みがましい目でルークを見つめる。

 そんなの気にしていないようにルークがエマを見た。


「今日は僕も探し物をするよ」



王宮についたら、ルークは真っ先にルークを庭園に放した。

 ヘイルズ家とは違う庭に最初は戸惑っていたロキも、すぐに楽しそうに走り回る。

「だから、探し物してって言ってるんだけどな」

 ただ遊んでいるようなロキにルークはため息をつく。

 だけど、広い綺麗な庭園の中を真っ白い大きな犬が走る様子はなんだか見ていて気持ちが良い。


「ルーク、仕事はいいの?」

 気になって聞くと、ルークは首を傾げた。

「今日は皇太子はレイチェルのことにかかりきりだろうし、きっと長期戦だ。僕にやることはないよ」

 確かにレイチェルが簡単に自分のやったことを認めるとは思えない。

 黙っているか、それとも否認するか。

 どっちにしても長い時間がかかるだろう。


 エマがそのことを考えていると、隣から非難するような視線を向けられた。

「な、何よ」

「僕にとっては君の方が何倍も心配だ」

「私?私は何にもないわよ」

 だけどそれにルークはとても嫌な顔をして、ちょっと大袈裟なくらい大きなため息をつく。


「君は放っておいたら、きっと何かに巻き込まれか、事件を引き寄せてくる。だから心配だ」

「大丈夫よ、失礼ね」

「君の大丈夫ほど信用できないことはない」

 エマは少しムッとして、だけどすぐに今までのことを思い出して反省した。


 本屋に行って騒動を起こしたのは私で

 お茶会でレイチェルとロビンに絡まれたのも、私だ。

 ルークにはっきりと言い返せないほど、やらかしている。


「確かに、今まで色々あったけど…」

「だろ?自覚してよ」

 エマを横目で睨むルークに、エマは肩をすくませた。


「でも、さ」

「え?」

 隣に立つルークがそっと手を伸ばしてエマの手を捕まえた。

「心配いらない」

 ルークがエマの手を握って、笑いかけてくる。


「約束しただろ?何があっても、僕が守るって」


 その目が思いのほかしっかりとエマを見たから、思わず恥ずかしくなって、咄嗟に顔を俯けたら、今度は手を引かれた。

「どうしてこっち見ないの?」

「なんでもない」

「なんでもなくないよね」


 エマは顔を逸らしながら、言葉を誤魔化す。


 だって、言えるはずない。

 ルークの顔が、とても格好良く見えた、なんて。

 どうしたってエマには言える気がしない。


 だけど、ルークは納得がいかないようにエマの手を引いた。

「顔上げて、エマ」

「……いま、無理」

「どうして?」

 ルークが何度も聞くから、逃げられないことを悟ったエマは、小さな声で言い返す。

「………恥ずかしいから」


 エマの返事にルークは息を止めて、だけどすぐに笑ったのがわかった。


 今のルークがどんな顔をしているか、エマにはわかる。

 きっと、ちょっと自慢げで、勝ち誇ったような顔だ。

 それがわかって悔しいけど、だけど、仕方ない。


 だって、そう思ったのはエマなのだ。


 すごく優しいその笑顔は、もしかしたら『甘い』っていうのかもしれない。

 その笑顔が、エマにはとても、思わず顔を逸らしてしまうくらい……素敵に見えたのだ。


 あのルーク・ヘイルズがそんな顔をすることも、それから

 そんな甘い顔が自分に向けられることも


 絶対に、あり得ないことだったのに。



「エマ、こっち向いて」

 ルークがエマに体を寄せた。

 慌ててルークに背を向けようとしたら、動きを封じるように反対側の手が取られた。

「ねえ、エマ」

 二人の間の距離がさらに縮まって、ルークがそっとエマの顔を覗き込んだ。


「この件が片付いたら、話したいことがある」

「話したい、こと?」

「そう。大事なこと」

 視線を上げたら、じっと見つめてくるルークと視線があった。


 昔から変わらない、曇りのない綺麗な青い瞳が目の前だった。


「これから先の、僕たちの話」

「私たち?」

「そう。僕たちの話」


 ルークはエマの手を握りしめた。

「僕はね、エマを守りたい。……だけど、このままじゃ守りきれない」

 少し思い詰めたようなルークに、エマはこの間のことを思い出す。

 だから慌てて口を開いた。


「あのね、この間のことなら……」

 でもそれを全部言う前に、ルークが首を振った。

「違う。このままだといつか本当に君を守れなくなる気がする。それは絶対に嫌なんだ」

 その口調にエマは反論できなくなる。

 ルークがエマの顔に顔を寄せた。


「だから、僕に君を守らせて。君を守る権利を頂戴」

「守る権利って……」

 エマが視線を上げたら、ルークと目があった。


 とても真剣な目で、だからその目に囚われたように、エマは目が逸らせない。



 まるで時が止まったような気がして、エマが息を飲んで


 そしてエマがぎゅっとルークの手を握り締めた時、


 二人の間に割って入るようにロキの鳴き声がすぐ近くでした。


「ボフ」

「わっ」

「え?」


 二人が揃ってロキに顔を向けると、ロキが自慢げな顔で見つめてきた。

 その顔をじっと見ると……

 その口には探していた髪飾りが咥えられていた。


「あ、それ…」

「みつけたの?ロキ」


 エマはルークから離れるとロキの正面に座り込む。

 ロキは口に咥えたものをエマに差し出した。


 それは間違いなく、この間ロビンに投げられてなくなった髪飾りだった。


 エマは笑顔でロキを見た。

「ロキ、えらい!」

 エマはロキの口からそれを手に取ると、ロキを思い切り抱きしめた。

「ありがとう、ロキ!大好き!」

 それにロキが嬉しそうに喉を鳴らして、エマに顔を寄せる。

 エマはロキをぎゅうと抱きしめた。


「大好きって……そこはロキじゃないだろ」


 背中から呆れたようなルークの声がした。




 エマは髪飾りをハンカチで包んでポケットにしまうとルークを振り返った。

「ルークは?仕事に戻る?」

「そうだな」

 二人でロキを連れて王宮へ足を向けた時だった。

 王宮から皇太子の護衛騎士が歩いてくるのが見えた。


 エマも何回か顔を合わせたことのあるその騎士は、ルークとエマを見て会釈するとルークに砕けた様子で話しかけた。

「レイチェル王女は罪を認めた?」

 ルークの言葉にその騎士は呆れたように両手を上げた。

「いや。無言だ。何も話す様子がない」

「目撃者がいるって言ったんだろう?」

「でも、ダメだ」

「証拠のギエルは?」

 そこでその護衛騎士は首を振った。

「見つからない」


 ルークは眉をしかめた。

「どこかに隠したか、それとも処分したか?ってとこか」

「処分した可能性はあるけれど、でもあの後レイチェルの近くには常に人がいたから、捨てるって言ってもあんまり時間がないから……」

「どこかにあると思うけどな」

「否認され続けるとキツイ。証拠があれば話が早く進むけど……」

 困った顔の護衛騎士を見て、ルークが顔を上げた。


 ルークがエマを振り返った。

 その顔を見て、何を言われるか、エマにはわかった。

「ロキを借りていい?」

 だからそう言った時、エマは思わず苦笑いした。

 予想していたこと、その通りだったから。


 だから苦笑いのままルークを見た。

「最初からそのつもりだと思った」

「話が早くて助かるね」

 ルークは嬉しそうに笑って、エマが持っていたロキのロープを手に取って、護衛騎士に渡した。

「じゃあ、少しロキを借りる」

 ルークは護衛騎士に声をかけると、エマに振り返った。



「君は家に帰っていてよ。とりあえず馬車まで送る」

 エマはそれに首を振った。

「私も仕事に行く」


 パトリシアも心配をかけているし、もう元気になったから挨拶がてら今日は仕事をしていきたい。


 だけどそれにルークはとても嫌な顔をした。

「ここは危ない。特に君にとっては危険なんだ。帰っていた方がいい」

「大丈夫よ。パトリシア王女のところだし」

「そういう問題じゃない」


 ルークの声が大きくなった時、皇太子の護衛騎士が小さく咳払いした。

「あ、じゃあ。俺は犬をかりて先に行く。いいよね?彼女のこと、送ってから来てよ」

 気を遣われたと知って、エマもルークも顔を見合わせて気まずい思いになる。


 だって二人を見る護衛騎士の顔が、あからさまに生温かいものだった。

 これで居心地が悪くならない人がいるだろうか。


 エマは赤くなった顔を誤魔化すように、早口になる。

「ルークも行って」

「彼女を送ってからでいいよ」

「でも、それでは君が」

 まだためらうルークにエマは苦笑いした。

「私も仕事に行くから大丈夫。ここから王女の部屋も近いし、歩いたらすぐよ」

 ルークが心配そうに見るから、エマは安心させるように笑う。


「本当に大丈夫だって。ここは王宮なんだよ。安全に決まっているじゃない」


 あいかわらず過保護だな。


 そう思ってちょっと呆れながらエマがルークを見ると、迷った後でルークは頷いた。

「わかった。じゃあ帰りは迎えに行くから」

「はい」

 エマが頷くとようやくルークはロキを連れて行った。


 その姿が見えなくなるまで見送って、エマは王宮へ足を向けた。



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