第46話 護衛の理由

 パトリシアがレイチェルの側仕えに違和感を抱いたのは、出会ってすぐの頃だった。


 たくさんいる側仕えと護衛騎士は、いつもある一定の距離を保ってレイチェルの後ろで彼女を、正確には彼女とロビンを見ている。

 レイチェルに近寄るのは、ロビンだけ。

 側仕えは二人を遠巻きに見ていて、その視線はどこか冷たい。

 レイチェルは側支えに命令することもない。

 一番近くにいるロビンが全てをこなすから、話す必要がないとも言える。


 だけど、そんなものだろうか。

 自分とエマと比べたら、ずいぶん違う。

 もちろんパトリシアにもエマと自分が友人に近い距離感であることはわかっていて、それと比べるのはおかしいこともわかっている。

 だけど、それにしてもしっくりしなかった。


 もう少し、親しみがあってもいい。

 仲が悪いのか。


 最初、散々レイチェルに虐められたパトリシアとしたら、レイチェルは腹黒の嫌なヤツでしかない。

 心当たりは十分にあった。

 きっとあんな調子で側仕えに対応して、嫌われているに違いない。

 そう思っていた。


 そしてそれを決定づけたのは、歌合わせの時だった。

 忠実な側仕えなら、主人の苦手なものを理解していて、それとなく他の遊びを提案する。逆にいうと、そこも側仕えとして求められる部分になる。

 だけどレイチェルの側仕えの視線はとても冷淡で、まるで主人を庇う気がない。


 完全に嫌われているな。


 それ以来、パトリシアはレイチェルの側仕えを観察するようになった。




 あの乗馬の日。

 パトリシアはルークとロビンの競争には興味が全くなかった。


 さらっとルークが勝つだろう事は簡単に想像できて、今更見たくもないし、

 少し見た目がいいからって、周りに媚びるような態度をとるロビンのことを、パトリシアは大嫌いだった。

 勝手に競争していればいいし、周りの女性たちがそれを恥じらいながら見ているのもイラッとした。


 むしろ何か嫌な予感がして、エマがお茶を淹れるのをじっと見ていた。

 エマはいつになく慎重にお茶を入れていた。そしてそれをカップに入れて、レイチェルに渡す。


 そこでパトリシアが視線を動かしたら、ちょうど目線の先にいたレイチェルの側仕えと視線があった。


 エマやパトシリアよりも少し年上の側仕えは、前からこうして視線が合うことがあった。彼女がいつもレイチェルを厳しく見ていたから、記憶に残ったのかもしれない。


 そしてその時も同じだった。

 ばっちり視線があったから、見間違いとは言わせない。


 そして視線があった後に、練習場から大きな歓声が起こって、視線が外れた。

 ちょうどルークがロビンよりも先に障害物を飛び越えて勝ったところでみんながそこを見ていた。

 その結果にどうでもいいと思って視線を戻して、

 ふとその側仕えを見たら、彼女はレイチェルをじっと見ていた。


 彼女はその時、レイチェルを見ていた。


 あの時、練習場を見ていなかったのは二人。

 一人はレイチェル。

 レイチェルはお茶を手にしていた。

 もう一人はレイチェルの側仕え。

 彼女はレイチェルを見ていた。



 だから、彼女は何かを見ていた可能性がある。

 エマがお茶のカップから手を離して、それからそれをレイチェルが飲むまでの間のことを。


 だから、彼女しか知り得ない、おそらく真実がそこにあると思ったのだ。



 エマが投獄された後、パトリシアは真っ先にあの時の側仕えを思い出して、彼女のところに行った。

 パトリシアは彼女を問い詰めながら、絶対に話はこじれると思った。

 己の主人に疑いをかけることになるから、下手したら国同士の問題になる。

 だけど驚くべきことに、彼女はレイチェルを庇うことはなかった。


「私はレイチェル王女が毒を自分で入れたところを見ていました」



 ******



 彼女の告白を聞いて、パトリシアはすぐに彼女を連れて法務大臣を訪れた。

 そしてレイチェルの側仕え、ケリーはこの件の主要メンバーに囲まれて事情聴取を受けることになった。


 普通なら泣き出してしまうような状況の中で、周りを他国の王族に囲まれても、彼女は臆することなく話し続けた。



「レイチェル王女は自分で毒を入れた、ということで間違いはない?」

 法務大臣の質問にも、ケリーははっきりと頷いた。

「神に誓って間違いありません」

 それに、その場にいた人間は思わず唸った。


 真実が明らかになったと言っても、これでこの件は終わりではない。

 レイチェルが否認したら拗れるし、ケリーの対応やレイチェルのことなど考えることはたくさんある。

 だけど、疑念があるということで、婚約破棄を進めることはできる。


 そこでルークがケリーに話しかけた。

「あなたの行動の理由はなんですか?」

「え?」

「あなたが主人を裏切る理由がわからない。反対にあなたが嘘をついて僕たちを撹乱しようとしていると考える方がわかりやすい」


 ケリーはそれにとても嫌な顔をした。

「嘘は言っておりません」

「ではなぜこんなことをする?」

 小さく息を吐いて、ケリーはルークを見返した。


「私たちは国王に雇われています。私たちの主人はレイチェル王女ではありません」

「つまり、自分が仕えるに値しないってこと?そう思うような対応をされたってことでいいのかな」

 ルークの答えにケリーは小さく、だけどしっかり頷いた。

 それに同意するようにパトリシアが大きく頷く。

 エマも頷ける。


 おそらく、レイチェルの対応に側仕えは怒っている、ということだろう。

 だから、庇うつもりもない。



「私たちは彼女の監視役です」

「監視役?」


 ケリーはもはや取り繕うことをやめたのか、はっきりと話し始めた。

「彼女はきちんとした教育を受けずに育ちました。ですので、彼女がきちんと振る舞えるか、マナーを間違えないか、見守るよう、国王にきつく言われました」

 だけどそこでルークは片方の口を上げて苦い顔をした。

「それだけなら、一人ちゃんとした教育係がつけばいい。その割には人が多いよね?護衛騎士だってあんなにいらない。……それはあのロビンとかいう護衛騎士と関係があるんじゃないの?」

 ルークの指摘にケリーはとても苦い顔をした。ため息をついて、口を開いた。

 そこまでいうなら、すでにご存知だと思いますのでお話しますが、と前置きした。



「レイチェルと護衛騎士は長らく恋人関係でした。あの国から出ていこうと逃亡を企てたことも何回かあります。今回もどこかで逃亡するリスクがあると、腕の立つ護衛をつけました。あのロビンという男は剣術が得意なので、並の人間なら斬られます」

「ちょっと待て、それならロビンと彼女を引き離すのが先だろう」

 皇太子の言葉に、ケリーは首を振った。

「それは何度も試みましたが、無理でした。それにレイチェルは彼のいうことなら聞くので、思い通りにならない時は彼を使ってレイチェルを動かすしかありません。彼らに関係があるのは間違いありませんが、……貴族の中では公認の愛人を持つ人も多いですし、仕方ないかと……」

 少し言いにくそうにケリーが続けた。

 周りにため息が漏れる。


「こんな密告をしていいの?」

「レイチェル王女が何か問題を犯した時は切り捨てて構わないと国王から言われています。今回の件も早馬に手紙を持たせて知らせます。おそらく問題にはならないかと」

 レイチェルが簡単に切り捨てられたのを感じて、背筋が寒くなる。



 そこで机をバンと叩く音がした。

「そうまでしてこの婚約を続けたいのか。我が国に対して失礼にも程がある」

 呆れた法務大臣の様子に、ケリーは少し戸惑った後で、首を振った。

「私からは言えませんが、我が国にもこの婚約を続けておきたい理由があったということになります」


 皇太子は顎に手を当てて考え込む様子だったけれど、すぐに顔を上げた。

「わかった。それは後で対応しよう。ひとまずは彼女の……レイチェルの処遇だ」

 皇太子はみんなを見渡して、苦笑いした。

「彼女に本当のことを尋ねよう。こちらには目撃者がいるのだから、それを説明して、できるかぎり穏便に話をまとめたい。そして婚約は取りやめを申し出る。理由はレイチェル王女の今回の騒ぎとそれによる互いの信頼関係の破綻。隣国にはそう伝える」

 そこまで言ったところで、息を吐いた。


「レイチェルには私が話すよ。私のことだからね」

 確かに他に適任者はいない。

 でも、簡単な仕事ではない。


 その美しい顔が歪む様子は見ていられなかった。


 最後に皇太子はケリーにレイチェルが隠し持っているギエルを見つけてもらうよう頼む。

「証拠があれば完全に固められる」

 目撃者に証拠物品があれば、より優位に話を進められる。

 その一言にはこれを完全に終わらせたいという皇太子の強い決意が見てとれた。


「明日、私が彼女と話し合うまでに見つかれば、なお良い」

「わかりました」

 ケリーは今日中にレイチェルの部屋を探して、ギエルを見つけることにする。


 レイチェルを自室から引き離すため、突然だけど今夜は王族は食事会をすることにした。

 その部屋を空けている間にケリーがギエルを見つければ良い。


 そして皇太子は何度もレイチェルへの応対は気をつけてほしいと念を押した。

「本当に万が一、自分を傷つけることに使われたら、困る」

 ケリーはそれに黙って頷いた。



 話が終わるとまだ座りながらケリーの手伝いをするか考えているエマの元に、

 誰よりも先にルークがやってきた。


 エマの肩を握ると、

「もう遅いし、帰ろう」

 そう言って強引にドアへ体を向けた。

「え?でも私も手伝った方がいいかなって……」

「今日はいい」

 エマの隣にいたゲイリーも頷くから、二人に囲まれるようにしてエマは部屋を出た。



 馬車の中でルークは何度もエマに言い聞かせる。

「これでこの件は片付いたから」

「だから、君が何かをする必要はない」

「明日からも仕事を休んでほしい」


 過保護だな、とエマは苦笑いした。


 あまりにもしつこくて、エマの反対側に座るゲイリーに助けを求めるように視線を向けると、ゲイリーも苦笑いした。

「確かに、エマが何かをしそうで私も心配だ」

 ゲイリーはルークを見て、肩をすくめる。

「事件が起きそうだから、ずっと家にいてほしいね」


 それにルークも大きく頷くから、エマは自分の信用のなさに

 落ち込んでしまった。


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