第24話 彼の弱点
無理をした時に、必ずどこかに反動が来てしまうのは仕方がない事だと思っている。
あの騒動の時に、急いでいたせいで普段ならもっと上手くやる事を、少し乱暴にしてしまった自覚はある。
運が良かったのは、王女のためにこの事件が公にならなかったことと、王女の安全の為という大義名分があったことだ。
だから皇太子も最大限に自分を守ってくれたと思っている。
だからと言って、敵もいつも最大限に優しいわけではない。
ヘイルズ家と同様に貴族内で大きな勢力を持つハント家が、ルークの弱いところをすぐに攻めてくるとは思わなかった。
エマが仕事復帰して間もない頃だった。
午後に皇太子と会議に行く前に
「ルーク、これからハント卿がくるから、君も同席してくれ」
と言われた時、ルークは不思議に思った。
ハント家はヘイルズ家ほどではないが、この国ではそれなりの有力貴族になる。だけど少し乱暴な振る舞いが目立ったり、領地経営で良くない噂が多いことから、ヘイルズ家はハント家とは関わらない事にしていた。
不審がるルークに、皇太子は苦笑いした。
「ルークにも話があるそうだ。それから……」
その言いにくそうな様子にルークは自分が望んでいない話になることを理解した。
皇太子は眉をしかめた。
「この間のことでお前を処分しようとしている。気をつけろ」
またその話か、とルークはうんざりした。
あの件でルークが責められたことはいくつかあった。
一つは馬で王宮を駆け抜けたこと。
二つ目は皇太子の剣を使って、それを傷つけた疑いがあること。
三つ目が一人で単独行動をしたこと。
剣のことは意外と揉めた。
戻ってきた剣に傷がついていると、騒ぎになった。
皇太子が以前からあった傷だと証言しておさまったが、ルークを庇うための言い訳だという人も多かった。
真実は皇太子しかわからない。
結局、事件の2日後に処分が下った。
数ヶ月の減給と、急いでやるべき魔術団の仕事を任せられた。
馬のことも、皇太子の剣を放り投げたことも悪かったと思っている。
だから罰則も黙って受けることにした。
それでもルークが騎士をつけずに一人で全てを片付けたことに、文句を言う人がいた。
それが第3騎士団の副団長をしているハントの息子だった。実力は知らないが、親の権力を傘にきて、大きな態度をとっているという。
あの時、ルークの後に駆けつけたのは皇太子とその護衛騎士で、最後まで騎士団は全く機能していなかった。
そのくせ騎士団を無視したと言って、文句を言っている。
黙って処分を受けたことで、それも治ったと思ったけれど、そうでもないらしい。
「内容は知らないが、向こうの要求は聞いておいた方がいいだろう」
「……それは命令ですか?」
「そうだ」
珍しく厳しい声で皇太子が返事をしたすぐ後に、ドアがノックされてハント卿が入ってきた。
ハント卿は皇太子の前のソファに座って、形通りの世間話をした後に皇太子の後ろのルークを見ながら話を切り出した。
その粘るような視線を見ただけで、嫌な話だとは予想できたけれど、
結局その話は思ったよりもずっと嫌な話だった。
向こうの要求はとても簡単だった。
ルークにハント卿の娘と舞踏会でダンスをしてほしい、というものだった。
ハント卿の娘のことは知っている。
実は一度縁談が来たこともある。
その娘はデビューしてすぐの王宮の会でルークを見て、心を奪われたといって、その後すぐに縁談を申し入れてきた。ハント家としてもヘイルズ家と結びつきを作るためにこの縁談をまとめたかったのだろう。
もちろん、その時にはすでに自分の気持ちがわかっていたルークは断った。
ルークの父親もハント家とは関わりたくないと言って、その縁談は無くなった。
だけど、彼女はその後もルークを思い続けた。
結婚は諦める。でもどうしても、ルークと踊りたい。そうでなければ他の人とも結婚しないと言って、親を困らせている……らしい。
ルークは思い切り嫌な顔をした。
「というわけで、是非ともルーク様にうちの娘の相手をしていただきたいのですよ。噂ではルーク様は、ダンスはあまり好きではないようですけれど……」
それにルークは片眉を上げた。
ルークは今まで舞踏会で家族以外の女性と踊ったことがない。
その事実は、同年代の女性の間でよく知られている。
誰が誘っても断られるから、ルークと初めて踊る女性は誰だと密かに注目されている。
ルークが家族以外の女性と踊ったのは、ただ一度、魔法学校の卒業パーティだけ。
でも、それを知っている人はいないはずだ。
つまり、ハント卿の娘は『ルークと初めて踊った女性』と言う称号も手に入れたいのだろう。
けれど、ルークはこれからもエマ以外の誰とも踊る気持ちはない。
自分とダンスをすることを取引に使うのも、その話を皇太子の前ですることも、ルークは両方腹立たしかった。
「断る、と言ったら……?」
ルークの声に、ハント卿はお腹を抱えて大袈裟に笑った。
「ルーク様は随分冗談がお好きなんですね」
そうしてわざとらしく咳払いをして、話を続ける。
「もし、断るようなら……今回の騒動の再調査と適切な処分を求めます」
皇太子が口を挟んだ。
「待て、ハント卿、あの件はもう終わった。再調査はない」
「ですが、あんなことをする人物が皇太子の専属魔術師でいいのかと私に訴えてくる者もいまして……。再調査がないのであれば、ルーク様が皇太子様の専属魔術師に相応しいかを見直していただきたいですな」
これが狙いかとルークは目を閉じた。
ハント卿はルークを皇太子の専属から外す事が狙いなのだ。
おそらくルークが抜けた皇太子の専属魔術師に、自分の手の中の者を推薦するつもりなのだろう。
よくある王宮内の権力争いだ。
皇太子が苦い顔をした。
「誤解されては困る。あれは全て妹が悪い。無傷で帰ったのは彼の功績だ。終わった話をまたする気はない」
だけどハント卿はジロリとルークを見た。
そうして粘着くような笑顔を見せた。
「助けたのは王女だけではなかったと聞きました……確か、王女の専属魔術師も事件に巻き込まれて、一緒に助けられた。……違いますか?」
「何が言いたいのですか?」
思わずルークは反応してしまった。
ハント卿はニヤリと笑った。
「怪我をされたその魔術師をルーク様はとても大切にされているようですな。なんでもご自宅で看病されて、今も面倒を見ていられるとか……聞けば魔法学校の同級生だそうですね。ただの同級生にも、ずいぶんとお優しいことですな」
そうしてルークをじっと見つめる。その顔にはもう笑顔はなかった。
「エマ・バートンという名前でしたかな。その魔術師は」
ルークはハント卿をじっと見つめ返した。
「魔法学校の成績も良い優秀な方のようですね。でも確か魔術団に入る予定だったはずですが、それがいつの間にか王女の専属になっているとは……どのような巡り合わせなのでしょう。いや、歳のせいですかな、些細なことが気になってしまって」
「ハント卿、話は端的にお願いしたい」
ルークは勿体ぶった話を途中で切った。
それが逆効果になることはわかっていても、止められなかった。
向こうははっきりと脅している。
これを断ったら、次に狙われるのはエマだと言っている。
実家のことも全部わかっているということは、何かあれば彼女や彼女の家族が危険だということになる。
王宮の権力争いが目的の割に、その交換条件が娘とルークのダンスというのが腑に落ちないが、逆に言えばそれぐらい娘を大事にしているのかもしれない。
もしくは、パトリシア並みのわがまま令嬢か。
……どちらにしても、迷惑であることに変わりはないけれど。
ハント卿は息を吐いた。
「年老いてからできた子供ですので、私も自分の娘が可愛いのですよ」
笑った顔には少し父親の顔が混じっていた。だけど、すぐに嫌な笑顔になってルークを見る。
「同級生に優しいルーク様は、きっと私の娘にも同じように優しくしてくれると思っていますよ」
結局、ルークはその申し出を受けることにした。
エマに何かあったら、と思うと断れなかったというのが正しい。
執務中の父親にそれを報告したら、思い切り嫌な顔をされた。
簡単に人に弱みを見せるなと散々怒られた挙句に、エマとの面会を約束させられた。
「私はまだ会わせてもらっていないからな」
苦い顔をした父親を見て、ルークは舌打ちしそうになった。
以前からエマに会わせろと言われて無視していた。
だけど刺繍のために会わせた母親からエマの話を聞いて、父親もエマに興味がわいたらしい。
さらにしつこく言われることになって、それもルークの頭痛の種になっていた。
「必ず会わせるように。でないと勝手に会いにいくからな」
父親に念を押されて、ルークは息を吐いた。
もう一つ問題があった。
ヘイルズ家には、いまエマがいる。
どうしてもエマに舞踏会に行く、と言いたくない。
ましてや、他の女性とダンスをしたと知られたくない。
ルークはため息をついた。皇太子が苦笑いする。
「よりによって、王宮の会で踊れと言うのは、ハント卿も意地が悪いな」
皇太子も肩をすくめた。
娘とのダンスの場に、ハント卿が指定したのは王宮の舞踏会だった。
国の貴族のほとんどが参加するような大きな会になる。
人が多い会を指定したのは、本当に性格が悪い。
それに王宮の会ではエマの目を誤魔化すのは難しい。
「エマはその日は休みにしたらどうだ?」
「……そうします」
もともとエマは卒業パーティも出たくないと言っていたくらいだ。
王宮の舞踏会に出たいとは思わないだろう。
皇太子とも相談して、その日のエマの仕事を休みにして、舞踏会の内容は知られないようにした。
舞踏会があることは知られるだろうが、うまく話を合わせればエマが出なくてもおかしくない会だと思わせることはできる。
パトリシアやエレノアにも事情を話して、口裏を合わせてもらうことにした。
その過保護ぶりに呆れられたけれど仕方ない。
だけどそれは思いもかけないところから、エマに知られてしまうことになった。
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