そんな毎日【五】
「じゃあまず、こっちの泣きそうな女の子からね。この髪がショートの子は、ウチのクラスの委員長で
「誰が暴力女よっ!!」
「回し蹴りーっ!? ごふ……」
「動かない……まるで屍――」
「だから生きてるよッ!! ああ~もうっ!! だから、このやたら暴力的な女は
「ああ、そういえばそうだったな。じゃあもう用済んだから消えていいよお前」
「消えないよっ!? 人を幽霊みたく言わないでくれます!?」
「ねぇ、ホントに何やってんのよアンタたちは。アホなの? とにかく、今日は掃除当番なんでしょ? いつもサボってるんだから、たまにはやっていきなさいよ」
あきれたため息をつく橘姉――もとい由香。
「えぇ~、だってめんどくさいしぃ~。それにボクぅ、これから用あるしぃ~」
「あっ、そ、そうでしたか。用があるなら仕方ないですね。引き留めてしまってすみません」
谷原は明らかに嘘くさい口調で掃除当番から逃げようとするが、人の良い橘妹は素直にそれを信じてしまい、眉尻を下げ申し訳なさそうに笑う。
まったく、姉とは真逆で、こいつはすぐ引っ込む性格してるからなぁ。
「ああー、別に気にしなくていいぞ。そいつ、これからゲーセン行こうとしてただけだから」
「ちょっ!? バカ矢崎っ! 今それ言ったら……!」
「ふ~ん……? 要はサボりじゃない……ねぇ秀平?(ニッコリ)」
「ヒィィィィ!?」
橘妹がなんだか可哀想に思え真実を口にすると、わざとらしいくらい由香がニッコリ笑う。ってか、後ろからなんかオーラ出てるぞオイ。
「あ、いや、これはですね由香サマ……いろいろと事情がありましてぇ……」
「フン……問答無用っ!!!」
「ぎゃぼおぉっ!! ま、また回し蹴り……ぐふっ」
「南無……安らかに眠れ、谷原。そして、土に還るんだぞ」
「ぐっ、だからボクは、まだ死んでなんか……」
まぁこんなアホなやり取りは置いといて、直接言われちゃあ仕方ない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「――ハァ、疲れたぁ~……委員長~、これでいい~?」
「は、はい。これでおしまいです」
「やっと終ったぁ~……なんかボク由香に蹴られまくって痛いから、先に帰るね……お疲れぇ~」
時刻は夕方4時。オレと谷原は久しぶりに残って教室を掃除したが、なんと橘妹が当番じゃないにも関わらず手伝ってくれた。
外はすっかり夕焼け空。谷原はカバンを引っ掴むとしんどそうに教室を出ていく。
「サンキュー橘、おかげで助かった。それじゃな」
「い、いえ。……あの、矢崎くん!」
「ん?」
掃除が終ったのでオレも帰ろうとすると、橘妹はどこか勇気を出すようにしてオレを呼び止める。
「あ、あの……差し出がましい事だとはわかっていますが、も、もう3年ですし、そ、そろそろ遅刻とか授業とか、真面目に考えた方が……」
そう言われた瞬間、若干頭に血が上る。
「……関係あんの?」
「えっ?」
「お前に関係あんの? オレが遅刻したり、授業サボったりするのが」
「そ、それはっ、そのぉ……」
しまった。ちょっとキツめに言ったせいで橘妹が泣きそうだ。
でも、今のは多分図星を突かれたから。だから少しキツイ言い方になっちまった。
オレだってもちろんわかっている。こんな時期にロクに進路も考えず、ダラダラと毎日を過ごすのはいけないって。
けど、周りみたくオレは、先を考えられない。将来やりたい事とか、夢なんて……何もないから。
「え、えっと……か、関係ありますっ!」
すると、泣き出しそうだった橘妹が、めずらしく声を張る。
「わ、私は、このクラスの委員長……ですから。だから、その、や、矢崎君の事も……!」
少し驚いた。こいつのこういうところ、初めて見るから。
橘妹とは去年から同じクラスだが、こいつと話すのは大抵姉の由香を通してだ。二人きりでこんな風に話す機会はそう多くない。
だから、素直に驚いている。こいつがこんな風に食い下がってくるだなんて。ホント、驚きだ。
「……でも、委員長って言ったって、半ば無理矢理決まったようなもんだろ? 去年もしてたからって理由で」
「あぅ……そ、それは……。で、でもっ! 委員長は委員長なので、だから、ち、遅刻とかはもう――」
「はぁ……悪い、オレ不良だから」
「ふぇ……?」
やけに食い下がってくるので、オレは目の前の橘妹の頭にポンと優しく手を乗せ、"不良"を言い訳にして教室を出る。
そう、オレは不良なんだ。今さら真面目クンになんかなれるかっての。
「まぁ考えておく。じゃ、気をつけて帰れよ」
「ぁ……は、はぃ……」
オレの行動にかなりビックリしたのか、橘妹は目をまん丸にしてその場で固まり、真っ赤な顔でオレを見送る。
こいつの言うことはもっともだが……今さら直そうとは思わない。今さら足掻いたところで、全てがもう手遅れなのだから――。
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