そんな毎日【四】



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「――では、ホームルームは以上です。みなさん、気をつけて帰ってください」


 放課後。眼鏡をかけた細身男性担任、篠山が今日も人の良さそうな笑顔でホームルームを終わらせる。


「いよっしゃー! やっと終わったぁー! ゲーセン行こうぜ矢崎ぃ!」


 すると、真っ先に谷原がハイテンションになりながら勢いよく席を立つ。

 こいつ、放課後はいつもこうだ。あと、やっと終わったって言うけど、お前、学校来たのついさっきだからな。


「はぁ、またかよ。オレそろそろバイト代ピンチだからパス」


「えぇ~、なんだよツレないな~。しょうがない、じゃあボク一人で行ってくるよ。それじゃっ!」


 断ると、案外素直に諦め、谷原はウキウキした足取りでひとり教室を出ようとする――のだが。


「あ、あのっ――!」


 そこに、同じクラスメイトのとある女子が、どこかおどおどした様子で谷原の前に立ちはだかる。


「ん? ああ、"橘妹"じゃん。どしたの? なにか用?」


 オレたちに声をかけてきた女子は、眉をハの字にし、そっちから話しかけてきたにも関わらず、どうしようどうしようと、ひとりあわあわ混乱している様子。


「え、えっと、あの……」


「んんー? だから何~? 早く言ってよ」


「えっと、その……きょ、今日二人とも、そ、掃除当番……です」


 すぐに用件を言おうとしない女子に谷原はあからさまにイラついた声で急かすと、彼女はどこか泣きそうな顔になりながら、オレたちに掃除当番だと告げる。かなりか細い声で。


「掃除当番~? ハッ、そんなのやるわけないじゃん。めんどくさい。に任せるよ。それじゃあね~」


 谷原はフン、と鼻で笑い、掃除当番を拒否し教室を出て行こうとする。


「ひぅ、そ、そんなぁ……」


 すると、その女子はさらに泣きそうな顔をしてしまうが――。


「こぉぉらぁぁぁッ!! ウチの妹を泣かすなこのバカ秀平ーーー!!!」


「ぐはぁぁーーーッ!!! ど、ドロップキック……」


 そこに、怒声を上げながら別の女子がオレたちのところにやって来た。――いや、正確には"飛んで来た"だな、うん。その女子は走りながら、キレの良いドロップキックを谷原の顔面にかましたのだ。

 ってか谷原の顔、キレイに靴の形にへこんでるんだけど……こいつ本当に人間か?


「う、ぅぅっ……」


 谷原はまるでカエルのように手足を投げ出し床に倒れ伏している。


「動かない……まるで屍のようだ」


「生きてるよっ!! 人を勝手に殺すなぁ!!」


「おお、生きてたか。それより谷原、この二人は?(チッ、なんだ生きてたのかよ……)」


「っておいぃぃっ!! 心の声ちょっとぉぉぉ!! 普通に聞こえてるからなそれ!!」


 ああもう、いちいちうるさいヤツだなホント。それよりも、目の前のこの泣きそうな女子と、ツンツンしている恐そうな女子について説明してくれ。


「ってか矢崎、何言ってるのさ? 委員長――橘妹は去年からボクたちと同じクラスだし、その姉の由香ゆかだって、一年前からの知り合いで――」


「ぐっ、うあぁぁ! しまった谷原! オレ、また記憶喪失になっちまったかもしれない……ぐおぉぉ!」


「なっ、だ、大丈夫か矢崎!? 治る方法は!?」


 オレの唐突のボケを再び真に受け、真面目モードになる谷原。


「あ、ある……お前がオレに、購買の焼きそばパンを買ってきてくれれば……」


「焼きそばパンだな!? わかった! ボクがすぐに焼きそばパンを買ってきてお前の記憶を――って、焼きそばパンで記憶喪失が治るかぁぁぁッ!!」


 チッ、素直に騙されて買ってくればいいものの。


「ハァ。アホなコントしてないで、アンタたちはさっさと教室の掃除しなさいよ。妹に迷惑かけたらアタシが許さないわよ?」


 すると、バカを見るような冷ややかな目でオレたちを見てくるツンとした女子。


「妹妹って、お前ホント妹離れしないヤツだよな。シスコンにも程があるぞ」


「う、うっさいわね! 秀平みたくアンタも床とキスしたいの!?」


「わかったわかった、そう怒るな。――で、お前誰なの?」


「喧嘩売ってんのアンタッ!?」


 しまった、また怒らせてしまった。


「ねぇ矢崎、ホントに今日はいったいどうしたのさ? 記憶喪失ばっかなって」


「なってねーよ。信じんなアホ。ほら、いいからさっさとこの二人を紹介しやがれ」


「??? まぁいいけど……」


 オレはやれやれとため息をつく。まったく、なんでオレは登場人物の説明のために、いちいち記憶喪失ごっこなんかしなきゃならねーんだ……何かの主人公かオレは。

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