そんな毎日【三】



 さっきのバカは、谷原秀平。名前の通り男で、このクラスで唯一オレに話しかけてくる人物だ。自分でルックスが良いとか言っていたが、まぁ普通だ。ちょっと童顔だな。


 そして頭脳明晰とも言っていたが、あれは完全に違う。テストじゃいつもオレと同じで赤点ギリギリ。でも、スポーツができるってのは本当だ。あいつはこの学校に、スポーツ推薦で入学している。


 あとは……"不良"だな。 一人称が『ボク』でやや童顔にも関わらず、谷原は不良をやっている。髪の毛も金髪だしな。オレと同じく遅刻の常習犯で、授業だって平気でサボる。もしかしたら、オレよりひどい。


 ついでに、オレも軽く自己紹介しておくか。オレは、矢崎桃也やさきとうや。自分ではどこにでもいる普通の高校生だと思ってるのだが、なぜか周りから『不良』と見られている。


 やはり、目つきが少し鋭いせいか? あと、制服もだらしなく着ているからか? 遅刻もするし、授業だって平気でサボるし……だから、周囲からは不良っぽく見られ、恐がられている。


 まぁ、授業をサボったり遅刻するヤツなんて、この学校じゃあオレと谷原くらいなもんだ。


 オレや谷原が通うここ、藤波ふじなみ学園は基本真面目なヤツが多く、教師はほとんどが温厚。もちろん、オレたちを注意してくる教師もそれなりにいるが。


 そして、真面目な生徒が多いせいで、オレと谷原の素行の悪さは余計目立ち、二人揃って周囲から不良扱いされ、恐がられたり煙たがられたりと、もうすっかりオレたちはこの学校では有名人。


 一応付け加えておくが、不良に見られてるからってオレたちは別に、生徒をカツアゲしたりとかそんなアホな事はしない。まぁ、他校の連中とたまにケンカになる事もあるが、基本学校内で問題を起こしたりはしない。


「お待たせ矢崎ぃ!」


 すると、金髪頭のバカがパンの入った紙袋をさげ元気よく教室に戻ってきた。


「いや、別に誰もお前のことなんか待ってねーから」


「ひどっ! でもでも、本当はボクが居なくて寂しかったんじゃないの~? このこの~」


 戻ってくるなり、谷原は自分の席に座り菓子パンの袋を開けながらニヤニヤと肘で突ついてくる。


「チッ、うっせぇな~。土に還すぞテメェ」


「ヒィィィ!? ボク肥料にされちゃう!?」


「ったく、いいからさっさと食え。昼休みもう終わっちまうぞ」


「へーい」


 オレたちはそんなバカなやり取りをしながら、いつものように昼休みをのんびり過ごす。もうこれが当たり前となっている。


 クラスの連中は、そんなオレたちをまるで同じこの空間にいないかのようになるべく視界に入れようとせず、各々昼休みを自由気ままに満喫する。


「なぁ、あそこの大学の──」


「ねぇねぇ、私ここ志望校なんだけど──」


「あっ、その問題はあの大学の出題傾向からすると──」


 そして聞こえてくる話し声は、進学の話についても多くなった。

 この学校はそこそこの進学校だ。だから、ここに集まる半分以上の生徒は頭が良い。


 しかし、谷原みたくバカでも、中学の頃にスポーツでかなり良い成績を残せば、この藤波に入れる。藤波学園は、スポーツにも力を入れている学校だからな。


「ホント、みんな進路に真剣だよね~。ボクたちと違って」


「ああ……そうだな」


 菓子パンをかじりながら、谷原はクラスの連中をどこか冷めたような目で見つめる。もちろん、オレも。


 そう。クラスメイトたちが進路に夢中な中、不良であるオレたちはいまだ進路が未定。だからなのか、こいつとは馬が合う。こいつと一緒にいると飽きないし、なんだかんだで楽しいんだ。


「……なぁ、谷原」


「んんー?」


 どこか遠くに感じるクラスメイトたちをぼーっと眺めながら、何気なくオレは口を開いた。


「オレたちも、何か"きっかけ"があれば……変われるのかな」


「……はぁ? どしたの急に?」


 谷原が、「こいつアタマ大丈夫か?」みたいな顔でオレを見る。


「……いや、悪い。何でもねぇ。ただの独り言だ」


「ふーん……?」


 そう、今のはただの独り言。ホント、何で急にあんなこと言ったんだオレ……。


「……まっ、こんな連中放っといて、ボクたちはボクたちで楽しもうよ。お互い不良同士さっ」


 ニカッ、と白い歯を覗かせながら、楽天的な笑顔を浮かべる谷原。周りなんか関係ないと、心底思っているみたいに。


「いや、いい。お前は一人で楽しんでろ。オレも一人で楽しむから」


「って、ちょっと! 置き去りですか!? 次の授業サボるならボクも行くって!」


 今日もオレは谷原をぞんざいに扱う。これがいつものオレたちの在り方。

 オレは昼休みが終わる直前に席を立ち、そのまま教室を出る。もちろん、次の授業をサボるためだ。


「…………」


 が、オレは気づかなかった。オレたちが教室を出るところをじっと見つめる、ひとりのクラスメイトの視線に──。

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