そんな毎日【二】



「──はい、それでは今日の授業はここまでにします」


 歳が若く、眼鏡をかけた物腰の柔らかそうな英語女教師(確か雨宮だったか?)の合図で、四限目の授業が終了し昼休みとなる。しかし……。


「もう昼休みだってのに、まだ来ねぇのかよ"コイツ"は……相変わらず、オレより筋金入りの不良だな」


 昼休みになっても空白のままの席──右隣を見て、オレはあきれたため息をつく。すると──。


「おっはよー矢崎ぃ!」


(うわ、考えてたら来たよあのバカ)


 右隣の席のヤツのことを考えていると、不幸なのか偶然なのか、ちょうどその人物が元気よく姿を現す。


「いやー、昨日たまたま昔ハマってたゲーム見つけちゃってさ~。つい熱中しちゃって、寝て起きたらこんな時間になっちゃってたよ~。テヘッ☆」


 相変わらずのハイテンションで、そいつはいつものようにオレに話しかけてくる。

 でも、テヘッ☆ がなんかキモくてムカついたので、とりあえず──。


「悪い、普通に友達に話しかけてるみたいな空気感出してるけど……お前いったい誰?」


「はいぃぃ!? ちょっ、ボクたち普通に友達でしょ!? ってか、あんた普通にボクのこと知ってるでしょーが!」


「ア? そうだったっけ?」


「そ う だ よっ!!」


 オレの返事に眉を吊り上げ、ハァ、ハァ、と肩で息をしながら怒れる右隣の人物──いや、ただのバカ。


「落ち着けって、そう怒るなよ。それがよ、昨日オレ転んじまって、運悪く頭を打ってな……それ以来、記憶喪失なんだオレ」


「えっ、マジかよ!? それじゃあ、本当にボクのことも……!?」


「ああ、実はそうなんだ。だから、お前みたいなバカ面、生まれて一度も見たことがない」


「ちょっ! あんた本当に記憶喪失なの!? やたらシリアルな顔して言ってるけど、今ナチュラルにボクのこと軽くディスったよね!? ねぇ!?」


「してねーよ。つか、シリアルじゃなくて"シリアス"な」


 誰が朝に手軽に食べられるような顔だ。いったいどんな顔だよ。


「まぁとにかく。そういうワケで、オレにわかるように自己紹介してくれ」


「そ、そっか……記憶喪失じゃ仕方ないよね。わかったよ矢崎。ボク、矢崎が思い出すよう、一生懸命自己紹介するよ!」


 と、オレのボケを真に受け、胸に手を当てやけに真剣な表情をするバカ。ホント、何でお前はそこまでバカなんだろうなぁ。


「それじゃあ、いくよ……」


 そして右隣のバカは、目を流し目にしてカッコよく見せようと、無駄に髪をかきあげながら自己紹介を始めようとする。

 ってかそれ笑えるからやめろ。これをアニメ画でお届け出来ないのが非常に残念だ。


「矢崎、ボクの名前は谷原秀平たにはらしゅうへい。ここ、私立藤波ふじなみ学園に通う高校3年生。歳は18歳。ルックス良し、頭脳明晰、そしてスポーツ万能と隙がない──」


「へぇー、そうなんだー(モグモグ)」


「っておいぃぃぃ!! なに人の自己紹介ガン無視してメロンパン食ってんだお前ぇぇぇ!!」


 目を剥き出しにしてバカがオレに詰め寄ってくる。ってか近い、顔近いからお前。


「ア? だって、普通に知ってるし」


「ハアァァァ!? ちょっ、記憶喪失じゃなかったの!?」


「はぁ? 記憶喪失ぅ? 誰がそんなこと言ったよ?」


「あんただよアンタ! いま机で呑気にメロンパン食ってるっ!!」


「そうだったか? そんなこと言った記憶を記憶喪失したわ」


「っ、ノオォォォォッ!! また冗談かよお前ぇぇぇ!!」


 しれっと返すと、谷原は文字では表現しきれないポーズで頭を抱える。いやホント、こいつの動きはいちいち面白いんだ。


「ちょっと! 人がせっかくあんなカッコよく自己紹介してたってのに、じゃあ続きは誰に向かってすればいいのさ!?」


「知らねーよそんなの。鼻水垂らしながら顔近づけてくんな。なら、画面の向こうの人にでも自己紹介の続きしてくれ」


「あっ、そっか。その手があったね! えっと、初めまして! ボク、谷原秀平って言いま──」


「って、なに爽やかな好青年スマイルで自己紹介始めようとしてんだお前は! そこは『画面の向こうの人って誰だよ!?』っていつものようにツッコミ入れるところだろーが!」


「痛てっ! え、そうなの!?」


 頭を殴られ、谷原は慌てた顔で目を白黒させる。


「ハァ、ったく。もういいから、さっさと購買でパンでも買ってこいよ」


「なんだよまったく~。へいへい」


 谷原は「ああ~痛い痛い」とぼやきながらひとり購買へと向かう。

 ってなわけで、あのバカについてはオレの方から紹介しよう。


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