そんな毎日【一】



 カーテンの隙間から差し込む朝日で目が覚めた。


「ん……ふわぁぁ……」


 まだ眠っていたいが、今日は出なきゃいけない授業も多い日。オレは気だるい身体を起こしてベッドから抜け出すと、閉めたカーテンも開けずに着替えを始める。


 パジャマを脱ぎ捨て、ハンガーに掛けてある白のYシャツを羽織り、床に乱雑に放置されている制服のズボンを履きベルトを締める。


 タンスからはテキトーに靴下を選ぶと、同じく床に落ちてたい縹色はなだいろのネクタイを拾い上げそれぞれ身に付けると、最後に机の椅子の背もたれに掛けてある制服のブレザーを羽織れば着替えの完成だ。


 机の上の薄っぺらい学生カバンを引っ掴み、合わせてスマホをズボンのポケットにしまうとそのまま一階の玄関へと向かう。


「ッ……今日も朝メシ作ったのかお袋……いらねぇっていつも言ってるのに」


 玄関に向かう途中、誰もいないダイニングの食卓テーブルに用意された朝食にふと目がいく。


「ったく、食わねぇって言ってんだから、用意するなよな、ホント……」


 オレはそれを見て、どこかイライラしながら吐き捨てる。


 そう。『朝食を作ってくれ』なんて、もう頼んじゃいない。オレは用意された朝食を無視し洗面所へ向かうと、寝癖を軽く直し、フェイスシートで顔を拭きそのまま玄関へ。


「……こいつもだいぶボロになってきたな」


 履き慣れた革靴。これを買ったのは、果たしていつだったか。けど、買い替えるほどでもない。もうしばらく使えるだろう。


 玄関で靴を履くと、オレは誰もいない静けさだけが残る家をあとにする。

 オレの家は新しくもなく、けれど古すぎない普通の小さな一軒家。辺りにも似たような一軒家が多く並び、たまに古びたアパート、綺麗な新築がちらほらと。


 オレはいつものようにその住宅街をのんびりと歩き、車通りの多い道に出て、まずは行き付けのコンビニを目指す。目当ての物を買い、「ありがとうございましたー」と男性店員の声を背に受けながらコンビニを出る。


 オレの朝食は、いつもコンビニのおにぎりかパンだ。今日は好物のカレーパンを買い、通学路を歩きながら、ひとりモソモソとそれを食う。もちろん人の目なんか気にしない。は、人なんてほとんどいないしな。


 学校まであと少し。ここからは二車線の道路と、ガードレールが設置された幅にゆとりのある綺麗な歩道がややカーブを描き、緩やかな坂道となって続いている。


 この道は良い。桜の木が1本1本等間隔で植えられており、家から学校までの約20分間、退屈な道のりもこの道だけは3年間通っても飽きが来ない。


 しかし、今は5月。ゴールデンウィークは過ぎ、桜の見頃は満開時と比べると盛観さに欠けてしまうものの、まだちらほらと桜色の景色が楽しめる。


 そして、学校まであと少しのこの坂道。普段は自分と同じ制服を着た学生でにぎわうのだが、現在時刻は朝の9時半。つまり、オレは"遅刻組"。


「やっぱこの時間が静かで落ち着くなぁ。遅刻最高だぜ」


 5月のうららかな気候を満喫しながら、遅刻しているにも関わらず、オレは目を閉じ清々しい気分でこの状況を心から堪能する。


 食っていたカレーパンもすっかり胃袋の中。あとはひたすらのんびり学校を目指すだけ。


「微妙な時間だな……まぁいいか」


 学校に着き、スマホで時刻を確認したオレはそのまま自分の教室には向かわず、一階奥にある静かな空き教室へと向かう。


 そこで窓際の席に座ると、特にスマホをいじるわけでもなく、ただぼーっとして時間を潰し、5分ほどで一限目終了のチャイムが鳴るので、それを合図に席を立ち、自分の教室がある二階へと向かい、3年5組のドアを開けると──。


『───っ』


 休み時間でザワついていた教室内に、一瞬の静寂が訪れる。と同時に、クラスの連中ほとんどがオレに向かってあからさまに視線を向けてくる。


 もちろん好意的でも友好的でもない。その逆で、『嫌悪』とまではいかないと思うが、そういう類いの視線がオレに容赦なく突き刺さる。


(はぁ、相変わらずだなお前たちも……ホントいい加減にしてくれ、マジで)


 もう何度目になるかわからないその視線にげんなりしつつも、オレは窓際の一番後ろの席──自分の席にカバンを置き、少々荒っぽくドカッと音を立てながら腰を降ろす。その音にビクッと肩を揺らすヤツもいたが、すぐにあちこちで会話が再開される。


「(おい、あいつ今日も遅刻だぜ。もう何度目だよ?)」


「(バカ、聞こえたらどうする。目ぇつけられるぞ)」


「(ああ~恐かったぁ)」


「(ねぇ)」


 しかし、その会話はどれもオレに向けての物だった。

 ったく、ホントいい加減にしてくれ。人のこと見て、いつもビクビクビクビクしやがって……ハァ。

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