第20話「前から気になっていたことがあるんですけど」
それから霧崎という所長は、時々会話を円滑にするためか世間話を交えながら、俺に対していくつかの質問をしていった。
「今日はこれくらいにしておこう。最後に前島君の方から何か質問はあるか?」
そう彼に聞かれて、ずっと頭に引っかかっていたあの疑問を話す事にする。
「あ、前から気になっていたことがあるんですけど」
「なんだ?」
「ここの看護士さんとかはウイルスに感染したんですよね?」
「ああ」
「薬で治ったんですよね?」
「99.33%のウイルスは死滅させ、残ったウイルスの活動も停止させる薬だ。君に感染することはないよ」
「いや、そうじゃなくて。今回のこのウイルスって、後遺症が酷いじゃないですか、それが原因で文明崩壊まで起こっちゃってますよね?」
「ああ、そうだ」
「後遺症で前頭前野が破壊される。こういうウイルスがあったというのはわかりました。けど、本来、脳細胞って再生しにくい部位ですよね。どうやってあそこまで回復したのかなって思って」
脳にダメージを受けながらも、ここにいる看護士さんや他の人たちは、会話が普通にできている。人間性を失ったとは思えないほど。
「細胞はそのままだ。ただ補完機能で回復したように見えるだけだ」
「補完機能?」
何か新しい治療技術なのだろうか?
「きみくらいの世代だとF-LINKが当たり前だろう。実際、40代以下のF-LINK施術者は人口の7割を超えている」
「はあ、そのF-LINKがどうしたんですか?」
「きみはVRゲームでその技術を体感したはずだ。身体を全く動かさなくても、仮想に作られた世界を体感できる。ならば、その逆を行えばいい」
「逆?」
医師が何を伝えようとしているのか、予想がつかない。
「たとえばわたしはALSだが、わたしの開発したシステムによって簡単な動作なら身体を動かすことは可能だ。このシステムは神経からではなく、脳波を直接四肢に送る「電気刺激手法」をさらに発展させたものだ。この技術は今から70年前の2015年にはすでに確立していたものなんだよ。まあ、表情筋の制御はわたしの管轄外だからな、それは勘弁してほしい」
「はぁ……」
「この隔離区画にいる感染者は、これを応用したものが使われている」
「ちょっと待って下さい。脳波を送るにしても正常な思考でなければ、まともな動作なんて」
そりゃそうだ。人間性を失ったものが脳波を送っても、それはめちゃくちゃな命令だ。その身体の動きは狂人と変わらない。
「脳波を送っているのは患者自身ではない」
「……」
ぞくりと背筋に寒気が走る。
「F-LINKに接続された電子頭脳だ。AIの技術は、それこそ人間と区別が付かない会話を行え、そして感情表現さえ豊かだ。きみはゲームの世界でそれを体感しているだろう?」
最初に思い付くのはアメリア。そして、ゲーム内のNPC。俺はすでにその技術の凄さを知っているじゃないか。
「……ちょ、ちょっとそれって、ここの看護士さんとかスタッフの人は全部AIってことですか? いや、でも身体は生きていて……あれ? そんなことをしたら身体の制御にオーバーブッキングが起きて、まともに身体を動かせないんじゃ……」
頭の中がぐちゃぐちゃだ。論理的な思考を働かせようにも、出てくる答えはおぞましいものばかり。
「問題ない。本体には夢の中にいてもらっている。きみが体験したようなVRの世界だよ。そこであれば、人間性を失い奇行に走っても誰に迷惑をかけることも本人が危険になることもないからな。その間に身体のコントロールをAIが握る。これは人類の保護でもあるんだ」
「保護って、本人の自由を奪ってAIが動かしているだけじゃないですか?」
考えたくなかった答え。そんなことが許されるのか?!
「だったら人間性を失ったまま、その生涯を送った方がいいと?」
「……動物だって身体の自由を奪われたら幸せとは言えないですよ」
自分以外の誰かに身体の自由を奪われて勝手に行動し、本人が望まないまま他人とのコミュニケーションを取る。そうなった場合、自分という個はどうなってしまうのか?
「獣と同レベルまで知能が落ちたわけじゃない。生存本能さえ壊れてしまっている。放っておけば死に至るだけだ。それに他の哺乳類のように子を育てる能力さえ失ってしまっている」
「……」
「報告によれば産み落とした子を殺して食べたという事例も出ている。そんな状態が幸福なのか?」
「……」
「……でも納得がいきません。それじゃまるでAIが人間に寄生しているみたいじゃないですか」
おぞましい寄生虫が俺の脳裏に浮かぶ。
「寄生か……君は鋭いよ。このシステムはタイワンアリタケを参考に作ったものだからな」
「タイワンアリタケ?」
キノコ? つまり菌? まさか……。
「胞子から発生した白きょう病菌はアリに寄生し、脳神経には影響を与えずに、筋肉を強制的に操るんだ」
「……」
「アリをゾンビ化させる寄生菌とも言われている」
聞いているだけでおぞましくなってくる。思わず立ち上がって大声を出してしまった。
「人類を滅ぼす気ですか?!」
「聞いてなかったのか? 目的は人類の保護。今のままでは文明を維持するどころか、人類そのものが絶滅してしまうだろう?」
「……」
「私の研究は、本当にAIを人間に寄生させてしまうわけではない。あくまでも補助。言っただろ、オリジナルの人間はVRの中で眠ってもらっていると」
「……」
「将来的に治療方法が見つかれば、今のようなAIが寄生する現状は解消される。もしくは……君のようなVRからの帰還者が、子孫を残してくれれば、AIに制御される人間の数より純粋な人間の方が増えていくだろう」
「それでも俺には気持ちが悪いです。今まで普通に会話をしていた、ここのスタッフや看護士の方はAIだったのでしょう?」
「気持ちが悪い? きみはVRゲームの中で違和感を抱かずにプレイしていたそうじゃないか」
「あれはゲームだから」
「VRに閉じ込めるために作ったリアルワールドの住人には違和感を抱いていなかっただろう? それどころか、きみは妹に欲情していた」
「……っ!!」
痛いところを突かれてしまった。なぜ、そんなことを知っている?
いや……そうだ。あれは現実でなくもう一つのVRの世界。PKMという組織が作ったのであれば、すべてモニタリングされていても不思議ではないのだから。
「別に君を責める気はないよ。君には人類の存亡がかかっている。子孫を残せるようであれば、それは希望の光なのだ」
「……状況は理解しています。けど……感情的に納得できなくて」
「ゆっくりと理解していけばいいさ」
そこではっとする。聞かなければいけない重要なことを意識的に避けていた事に。
「まだ質問がありました」
「なんだ?」
「AIに寄生されているのは、この隔離区画がある街の住人の何パーセントくらいなのですか?」
じわりと額に汗が滲む。この答え次第では俺は地獄に落とされることになるだろう。
「きみを除けば100%だ」
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