第19話「君に好きな子はいるか?」
今日は定期検診の日だ。
退院から2週間経ち、身体に異常が現れていないかの精密検査を行う事になる。
初めて見かける看護士の女性に案内されながら、様々な機械で検査が行われる。ほとんどが無人であった。まあ、オペレーターなんてものは遠隔操作ができる機械においては必要ないのだから。
「前島さん。これで最後になります。あとは、担当医との問診となります。ここまでで何かご質問等はありますでしょうか?」
付き添いの看護士にそう言われて、特別問題はなかったので、「ありません」と答えようとした。が、そういえばと、入院中にふと思った疑問を思い出す。
「検査のこととは関係ないんですけど、質問があるんですが」
「はい、なんでしょう?」
「今回のこのウイルスって、どれくらいの人がかかったんでしょう?」
「A/Y/25456/99H35Nの罹患者ですね?」
「正式名称は知らないんですけど、文明崩壊を起こすほど人類に多大な影響を与えたウイルスのことです」
「罹患者は報告されているだけで80億を超えています。かからなかったのは、前島さんのようなVRゲーム中の方や、大脳に損傷を受けて植物状態になっている患者さん、あとはALSを発症した方ですね。ただ、ウイルス感染の影響でほとんどの病院では適切な治療を行えず9割以上が亡くなっています」
「そんなに……でも、看護士さんのように感染を防げて人もいるんでしょう?」
「いえ。ウイルスの特性上、身体を動かせる人はすべて罹患しています」
「え? それって看護士さんも」
「そうです。でも、ご安心ください。抗ウイルス薬のおかげで、あなたに感染することはありません。だからこそ、あなたは目覚められたのですからね」
安心? たしかにそうだが、疑念は再び湧いてくる。
「リクター先生の準備ができたようです。7番ルームにお入りください。
看護士に『7』と大きく書かれた扉へと促される。聞きたいことはあったが、それは担当医に聞けばいいだけだ。
番号の前に移動すると、自動で扉が開閉する。
「前島さんですね。お入りください」
部屋の中に居たまた別の看護士が、大型のモニターがある席へと俺を促す。その画面には白衣を着た老人の医師らしい人が映っていた。
「よろしくお願いします」
席に座ってモニターの中の人物を確認する。60代くらいの男性だがどことなく違和感を抱く。なにか、表情が固まっているかのようなそんな感じだ。だが威圧感も同時に感じる。
よくいる優しい医者とは真逆な存在感。
「前島くんだったね。私は霧崎という」
「よ、よろしくお願いします」
思わず緊張して手が汗ばんでくる。
「すまないが、私はALSを発症している。意志伝達アプリの声で失礼するよ」
なるほど、この人に感じた違和感とはそういうことだったのか。ALSは確か筋萎縮性側索硬化症といって、身体全体が徐々に麻痺していく病気だ。本来なら寝たきりなのだが、F-LINKのシステムを使って健常者のように動けているのだろう。
「あ、いえ、それは構いませんけど、問診くらいなら他の先生に任せて静養されていたほうが」
「私はこのPKMの所長でもあるんだ」
それはかなりの大物だ。
「そ、そんなお偉い方が、どうして俺なんかの問診を?」
「きみは数少ないキカンシャだからな」
「キカンシャ? どういう意味ですか?」
「言葉の通りだよ。VRゲームの世界から現実へと問題なく帰ってきたからね。君を目覚めさせる指示を出したのも私なんだよ」
なるほど『帰還者』という意味か。そして、この医師がVRゲームユーザーを保護し、そして目覚めさせた計画の主導者なのか?
「俺以外は戻って来れていないんですよね?」
「VRの世界の方がいいという人もいるからね。現実逃避のために始めたゲームなのだから現実には帰りたくないってね。拒絶反応が出たり、目覚めても精神に異常をきたす者も現れたりと、なかなか上手くはいかないんだよ」
「俺が正常に目覚められたのはラッキーだったんですかね?」
「そうだな。目覚められる確率は1割以下となっている。君が幸運の持ち主であることは否定しない」
「……」
幸運と言われてもどう反応すればいいかわからない。
「その幸運は人類を滅亡から救う鍵ともなるのだ。君にはこれからも健康でいてもらいたい。子孫を残すのに重要な身体だからな」
「子孫ですか……」
このままでは100年以内に人類は滅ぶと聞いていた。そのために子孫を残す事が重要だという理屈はわかる。
ふいに兎月との言葉を思い出してしまった。
『わたしじゃダメ?』
頭を振って、邪念を追い払う。妹のことを考えている場合じゃない。
「どうかしたか?」
俺の様子に疑問を抱いたのか、心配そうに問いかけられた。
「いえ、大丈夫です。続けてください」
「健康状態のチェックは問題ない。これから行う質問は主にメンタル面でのことだ。こればかりは数値として機械が出力できないからな」
「はあ」
なんとなくだが、医師の言いたいことはわかる。が……何か引っかかる。
「君に好きな子はいるか?」
いきなりそんな質問をされて戸惑わないわけがない。
「な、なんなんですか?」
「重要なことだ。現実を現実として認識し得るかにも関わってくるんだ。別に好きな相手の名前を言う必要はない。どうなんだ?」
「……い、いますけど」
思い出すのは兎月の顔。
「その相手に欲情を抱いたことはあるか?」
ストレートすぎるだろ。その質問。
「ちょ……ちょっと待って下さい。なんですか、その質問は」
「そんなに変な事を聞いてはいないぞ。成熟哺乳類なら性的興奮状態に陥ることは異常ではない。むしろ正常なことだ」
「いや、動物じゃないんだから」
「だから発情ではなく欲情したことがあるかと、ソフトに聞いたではないか」
「意味は一緒じゃないですか?」
「あるんだな?」
話を誤魔化そうとしたのは通用しなかった。一発で俺の本心を言い当てられる。
「あ、ありますよ。健康な男なんですから」
「それならばいい」
「逆に問題がある人がいるんですか?」
こんな質問をするくらいだ。そういう例があるのだろうと、興味半分で聞いてみる。
「VRで18禁設定を解除し、擬似セックスにハマるユーザーの中には現実の女性に欲情できない者が多いんだよ」
「は、はあ……」
予想通りすぎて反応できない。
「だから君にはメンタル的に問題がないか、こちらとしても気になるんだよ」
「まあ、問題ないと思いますよ」
とはいえ、実際に兎月を前にしてその欲情を素直に行動に移せるかは自信がない。それこそ獣のように発情したまま相手を襲えばいいってわけじゃない。妹を傷つけるようなことはしたくないし、俺も自分を偽るような事は避けたい。
「そうか。あまり構えなくていいぞ。君のパートナーとの問題には私たちは干渉しない。そこは安心していい」
「本当ですか?」
このまま妹とどこか『子供ができるまで出られない部屋』に閉じ込められて、生殖行為を強要されるようなことは勘弁してほしいからな。
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