第8話「懐くとかわいいんだよ」
目覚めるとベッドの上だった。
部屋の時計は【05:34】と表示され、日付は【8/4】となっている。
「なんだよ……夢かよ」
明らかに兎月の様子がおかしかったし、俺の中の願望が夢になったのだろう。
今日はこれから兎月と出かけなきゃ行けないってのに、こんな
気分を変えないとな。
といっても、もう一寝入りするには目がバッチリと覚めてしまっている。
約束は午後からだし、ゲームでもして気持ちをリセット……。
とはいえ、VRMMO「カナン」には、兎月に似せたアメリアがいる。それに、前回のログアウトの時にあいつの様子が変だったし、あいつともまともに顔を合わせられない。
たかがAIだというのに、妙に生々しかったりするからな……。
それにまた兎月にゲームを観られてたらと思うと、ログインなんてできるわけがない。
仕方ないので、無難にロボットアクションゲームにでもするか。
これは、1000種類以上ものパーツからカスタマイズして戦闘用ロボットを作り上げてミッションをクリアするゲームだ。
まだゲームが擬似3Dだったころから人気のあったゲームの続編である。といっても、初期の開発者はほとんど亡くなっているくらい大昔のものなんだけどね。
「久々に腕試しでもするか」
**
兎月は相変わらず無愛想だった。
中学に上がったくらいから、こんな態度だ。なので、今さらと言えば今さらのこと。
無言で歩くのも苦痛なので、ちょっとしたきっかけの言葉を投げかけてみる。
「なあ、それより予算はいくらまでなんだ?」
「予算? ああ、先輩へのプレゼントね。そうだなぁ、千円くらいかなぁ」
「そういや、どういう人なんだ。そいつの性格とか趣味嗜好がわからないとアドバイスはできないぞ」
「高城先輩は……二年上の男の先輩で……うーんと、そうだなぁ、お兄ちゃんに似てるかも」
「……」
「ちょっと抜けてて、人畜無害でオタクっぽくて……あ、でもお兄ちゃんと違って面倒見はいいよ」
「……」
背筋がぞっとなる。これは、俺が夢で見た会話とまったく同じであった。まさか、あれは本当にあったことなのだろうか? そんな可能性を考えてしまうほど。
「お兄ちゃん、聞いてる?」
「ああ」
それからは適当に話を誤魔化し、それこそ適当なプレゼントのアドバイスをした。
そもそもこんな状況でまともな思考が働くはずがない。夢なのか、それともループなのか……いや、時間がループするなんて現象は、リアルの世界では起こりえない。
中二病は卒業したつもりだったが、どうしてこんな非現実的なことを考えてしまうのだろうか。
買い物が終わると、俺の奢りでということでファストフードで夕食を摂ることになった。両親はまだ帰ってこないので、妹にしても食事の支度をするのが面倒なのだろう。
しばらくは無言で向かい合って食べていたが、その状態に耐えきれず言葉を投げかける。
「なあ、兎月」
「なに?」
妹は面倒くさそうな表情を俺に向けた。
「ああ、たいした話じゃないんだけどさ。おまえって、ゲームとかやらないんだっけ?」
「……お兄ちゃんみたいな、あんなヘビーゲーマー向けのものはやらないよ。もっとカジュアルな奴はやってる」
「カジュアル?」
「D&Mっていうやつ」
「D&M? あんまり聞いたこと無いな」
「ペットを育成するゲーム。お兄ちゃんが持ってるVR《仮想現実》機を使うやつじゃなくて、AR《拡張現実》を利用したコンソールアプリだよ」
なるほど、F-LINKの拡張メモリ内で動かせるやつか。俺が視界内に日時や道順のナビゲーションを表示させるようなアプリだ。自動歩行アプリもその部分で動かされている。
「へー、どんなやつなんだ」
「今育ててるのはこの子なんだけどね」
兎月のその言葉と同時に、視界の片隅にメッセージが表示される。
【前島兎月とAR情報を共有しますか?】
【了承】を選択すると、兎月の肩にピンク色の小さなドラゴンが乗っているのが見えた。
「うわ、ピンク色のドラゴンかよ」
「いいでしょ。かわいいんだから」
「ま、敵として出てくるドラゴンじゃないしな。名前はあるのか?」
「イーディスっていうの」
兎月はドラゴンの頭を撫でながら、自慢げに答える。
「ARでドラゴンを育てて、それからどうするんだ? このゲーム」
「え? かわいがるだけだよ」
「目的は?」
「懐くとかわいいんだよ」
「だから目的は?」
「そんなのが必要?」
兎月の答えにはっとする。シミュレーターの場合は勝ち負けとか、そんなもんは関係ないか。それに現実のペットだって、何か目的があって飼うわけではない。たいていは心を癒したり、寂しさを紛らわすためだ。
「まあ、ペットであれば飼うこと自体が目的でもあるか。でも、俺はあんまりシミュレーションゲーム系は好きじゃないからな」
「何言ってるの? お兄ちゃんのやってるVRMMOだってシミュレーションゲームじゃん」
「は? あれはRPGだろうが?」
「VRで仮想世界を作っているんだからシミュレーションの一種でしょ。遊び方がロールプレイなだけで」
たしかに兎月の言うことも一理ある。
カナンという異世界をシミュレートした世界で、冒険者っていう役割を演じているわけだからな。
「まあ、そうだな。それは否定しない」
「仮想世界だからって、鼻の下伸ばしちゃってさ」
兎月がだんだん不機嫌になっていく。ヤバい、この話題は出さない方がよかったか。
「それこそシミュレーションの中の出来事だろうが」
「まあ、いいけどね」
妹は視線を背ける。
「……」
こういう時は、こちらからは下手なことを言わない方がいいだろう。
「でもさ、お兄ちゃん」
再び兎月の顔がこちらに向く。そしてこう言葉を続けた。
「今いるこの現実世界がシミュレーションでないとも言い切れないんだよ」
その言葉に背筋がゾッとする。いや、ただの戯言じゃないか、何を俺は驚いている?
「おまえ、何言ってるんだ?」
「お兄ちゃん知らないの? ニック・ボストロムのシミュレーション仮説。それによれば自らの世界に仮想空間を作り出した時点で、自分たちの住んでいるこの世界もより高次元の者によって生み出された仮想世界かもしれないんだよって話」
ニックなんちゃらって誰だよ? そういやこいつ、一時期中二病みたいな思考してたもんな。
「高次元ねぇ。そんなの創作の中の話じゃないか」
「ところがそうでもないんだよ。だって人間は、そういう自分よりも上位の存在を太古の昔から感じ取っていたはずだよ」
「は? おまえ変な宗教にはまってないよなぁ?」
「わたしの話じゃないよ。昔の人、いや、今でも信じている人もいるじゃん。上位の存在ってものを。それは神とも言えるんじゃない? ある意味宗教で合ってるかな」
神は世界を創造した。そんな話はもう数千年前に人々の間で広まっていたものだ。たしかに創られた世界=仮想世界なのであれば兎月の話にも納得がいく。だが……。
「待て待て待て話が変な方向に行ってるぞ」
「シミュレーションがどうこう言ったのはお兄ちゃんでしょ?」
「そうだけど……じゃあなにか、ここにいるおまえはバーチャルな存在で、実在なんかしてないんじゃないかってことか?」
「そういう可能性もあるってこと。逆にわたしにとってみれば『お兄ちゃんこそ実在していない』って思ってもおかしくはないってこと」
「なんかこえーな」
「怖いかな?」
「実在していない相手に笑ったり怒ったり不安になったりするんだぞ」
実際、俺は兎月に振り回されているような気がする。
「お兄ちゃんはゲームの中でそういう体験したことないの? ゲームだけじゃない。小説とかコミックとかアニメとか、そういう創作物に対して感動したことないの?」
「そりゃあるけど」
「創作物なんて非実在の最たるもの。実在してようがしてまいが、そんなの関係ない。心を揺さぶられるのは事実だよ。だからわたしは、この子をかわいがるし」
兎月がドラゴンに頬ずりすると、さらに言葉を付け足す。
「お兄ちゃんがゲームの中で女の子に鼻の下を伸ばすんだ」
「……」
やべぇ。そっちに話を繋げてきたか。
その後は、なんとかアメリアの話を避けながら妹の機嫌を取る方向に全力で誤魔化した。
兎月との関係修復こそが、俺の最大の目的なのだから。
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