第5話「ずっとソロでやってきたんだ」
「やだな、ただのリジェネポーションですよ。周りの魔力に応じて体力が自動的に回復するレアアイテムですって。使い方によっては半永久的にHPが回復するんですよ」
「……?」
その説明でも理解はできないはずだ。仕上げはこれからだからな。
「穴を掘って、その中にあなたを放り込んで。あとで、魔石モンスターを呼んできてあげます」
魔石モンスターは、体内に魔力の元である魔石を溜め込む特長がある。魔法攻撃はできないクセに魔力だけはあるのだ。
魔法をメインで使うユーザーには出会ったらありがたい敵である。ふんだんに溜め込んだ魔力を吸収できるのだからな。
ちなみにジャンプ力もないので、穴に落ちたら這い上がれないというのも特長だ。
「魔石モンスター? そんな弱いモンスターを呼んでどうするんだよ」
「あなたを攻撃させます。けど、弱いモンスターだから、そんな攻撃では死ぬことはできない。戦闘が終わるまでずっとリジェネがかかるポーションだから、あなたの体力はすぐに回復する」
「は? 意味がわからない」
奴はまだ、俺の真の目的に気付いていない。
「あなたが強制ログアウトしたところで、次回のログインは同じ場所で復活する。しかも同じ状態、つまりリジェネがかかって麻痺が効いた状態だ。これらを解除するには一度死なないといけないんですよ」
このゲームはログアウトしても前回の状態を維持しているのが特長だ。
「おいおいおい! リジェネがかかった状態で死ねるわけないだろ。いっそひとおもいに殺してくれよ」
そういうことだ。第三者が何かしてくれるまで、こいつの状況は変わらないのだ。魔石モンスターは穴からは這い上がれないから、ログアウトしてこいつの身体が消えても同じ場所に居続ける。
モンスターは穴から這い上がれず、ログインすれば再び近くにいるラインハルトを攻撃し続けるだろう。
「仲間がいるなら連絡をすればいいじゃないか」
俺は嫌味ったらしくそう提言する。
この状態を打開したいなら、仲間に連絡してパラライズを解除してもらえばいい。
とはいえ、こんな性格の悪い奴に仲間がいるとは思えない。
「仲間なんていねえよ! ずっとソロでやってきたんだ」
そりゃそうだ。サポートキャラはギルドに所属していないカジュアルユーザーか、ソロを極める者にしか付けられない。それでも平和にプレイしていれば顔なじみやフレンドくらいはできるのだけどな。
「じゃあ、このアカウントは捨てて新しく作るんですね。あなたの大好きな初心者になれるじゃないですか」
「このキャラを育てるのに、どんだけかかったと思っているんだ!」
HPの表示から見て、少なくても3年以上は育成しているだろう。
「知りませんよ。まあ、ここを通りかかった親切な他プレイヤーに助けてもらえばいいんじゃないですか?」
「運に頼るしかねーのかよ。まあいいぜ。このゲームはユーザー数だけは多いんだ。誰か助けてくれるだろう」
「ちなみに穴の近く看板を置かせてもらいます。あなたがどんなことしてそんな状態になっているのか。『初心者狩り』の詳細をね」
もしかしたら、どこかの都市国家あたりの幹部の目に留まってスカウトされるかも……いや、こいつはゲーム自体から初心者を遠ざけてしまう存在だ。
自分の都市国家に初心者を呼び込めないユーザーをスカウトする利点はないな。こいつに『初心者狩り』なんてやらせたら、新規ユーザー数がどんどん減ってゲームが過疎化するだけである。
誰もこいつを助ける理由がない。
「……」
悟ったのだろうか、彼は黙り込むとそのまま強制ログアウトした。
たぶん、彼がこのゲームにログインすることは二度とないだろう。
他のゲームを新たに始めて数年かけてキャラを育成し、再びサディスティックな欲望を満たすために弱い者をいじめると予想する。まあ、俺には関係の無いことだ。
「終わりましたね」
アメリアがにこやかな顔で俺の前に現れる。少し前までは光学迷彩のマントを羽織って周りの景色に溶け込んでいたのだ。
「初心者狩りではあったけど、敵国の工作員じゃなかったみたいだしな。こういう場合ってクエストは達成になるのか?」
「証拠としての録画データはありますから大丈夫じゃないですか? そもそも、クエストの依頼内容が初心者狩りを『確保せよ』または『強制ログアウトさせよ』なんですから。そこに『敵国の』なんて補足説明はありませんでしたよ」
「ユーザー側からのクエストって、けっこうアバウトな依頼が多いからな」
「運営と違って、ゲームバランスとか考えなくていいですからね」
「まあ、そういうところが、わりとリアルなのがこのゲームのいいところだよな」
「ある意味リアルと変わらなくて『ゲームの世界に没頭できないじゃないか!』というユーザーもいますよ」
現実逃避のためにゲームの世界に逃げ込む者がいるのは理解できる。でも、逃げたいのなら他人が創りだした物語をなぞればいい。
VRゲーム全盛期とはいえ、アニメやコミックもまだまだ人気はあるのだ。
俺がゲームをやるのは、仮初めの世界であれ、自らが選択できるということだ。
「あ、マスター。そろそろ7時になりますよ。夕食のお時間じゃないんですか?」
そういや、今日から両親が旅行に出かけていて妹が食事を作ってくれるはずだったな。
「そうだった。そろそろログアウトするよ」
俺は目の前にコンソールパネルを出して、ログアウトボタンをタッチする。
「では、またお会いしましょう。マスター」
アメリアの顔が段々ぼやけていき、俺は覚醒する。そこにあるのは見慣れた天井ではなく、アメリア?
少女の顔がいぶかしげに俺を覗いている。ヘッドマウントディスプレイではなく、端子を身体に直接繋ぐタイプなので、ログアウトすれば視界は現実に戻る。
技術の発展により、人間は外部端末を手で操作する必要がなくなった。それがF-LINKである。ゲームだけではなく、通信機器なども身体に繋げれば相手とバーチャルな会話もできてしまうのだ。
「お兄ちゃん。食事冷めちゃうよ」
目覚めた俺を覗いていたのは妹の
ちなみにゲームの中ではウツセミという名前を使っていたが、現実世界では
首筋に付いていたコネクタを外してゲーム機に収納する。……と、ゲーム機にはもう一本、コードが繋がれていた。それは、妹に繋がっている。しかも、この端子は外部観戦用の接続箇所だ。
第三者が、ユーザーのプレイを観戦する場合に使う端子。本来はデバッグのために使われるものだった。
「お、おまえ、俺のゲーム観てたのか?!」
「だって、呼んでもこないし」
「……」
アメリアのことは妹には内緒にしていた。そんな恥ずかしい事を言えるはずがない。だからこそ、この状況はかなりマズイ。
あまりのことに思考が固まってしまう。
「お兄ちゃんのサポートキャラが、どうしてわたしに似ているのかは聞かないであげる」
「……」
やべー、やっぱり見られたか。
「けど、わたしとは全然性格違うんだ」
「……」
「お兄ちゃんってああいうタイプが好きなの?」
「違う違う。性格はランダムなんだよ。ユーザーが好き勝手に設定できない」
全力で否定する。それは本当のことだから。
「結構デレデレしてたじゃん」
「してないだろ。俺はあいつには厳しいぞ。それにただのAIだ。人間じゃない」
「なんだかんだ言いながらあの子には優しかったと思うよ」
「おまえ、いつから見てたんだよ!?」
初心者狩りのクエストでは、あまりアメリアとは話していないはずだ。まさか?
「1週間くらい前から……」
首をぷいと横に逸らし、俺の視線から逃げる
「……」
とてつもない恥ずかしさがこみあげてくる。
こういう場合は「キモい!」とか罵倒されたほうがマシだ。
「夕飯できてるから、早くリビングに来てよね」
こんな状況で、妹と二人で気まずく食事をとるのかよ!
「勘弁してくれ……」
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