【短編】《自殺塔》と自殺志願少女の顛末
磨己途
エントランス
ここね……。
《自殺塔》という不穏な呼び名とともに、ネット上で噂されるそのビルの尖端は、どんよりと曇った灰色の空の中に溶け出すようにして混ざり合い、その境界を見定められなくしていた。
断片的に漏れ伝わってくる情報から、おおよそ想像していたとおりの外観。
あまりにも地味なたたずまいによって、幻滅することになるだろう──そういう評判だったけど、私は全く気にしなかった。
これから死のうという人間が、見栄えなど気にしてどうしようと言うのか。
意を決して足を踏み出す私の足元を、強烈なビル風が吹き抜けた。
捲れ上がった淡い水色のスカートの裾をコンマ数秒で押さえつける。
条件反射で動いた両腕──。
これは私の意図したものではない。思わず、そう動いたというだけだ。
私は心の中でそう自分に言い聞かせながら、太腿の上に押さえつけていた薄い布地から手を離した。
私は見栄えなど気にしない。だが、今日の服装に関しては幾らか気を遣うべきだったかもしれない……。
*
黒く遮光された自動ドアを二度くぐると、真っ先に目に飛び込んできたのは、鮮やかな、いや、これは毒々しいと言った方が適切かもしれない、原色まみれのデザインで彩られた売店の様子だった。
かなりの人で賑わっている。
やはり噂は本当だった。
自殺の名所が観光地化しているなんて……!
思わず、不謹慎な、という言葉が頭に浮かぶ。
人の死を、決心を、商売にするだなんて浅ましい。
だけど、私は事前にそのことを知っていた。
これは自殺志願者の感情を
私に限らず、積極的に商業主義に加担するのを嫌う層は多い。
世を
目の前にいるこいつらを、こいつらを操る資本の主を、これ以上
これは、そんな者たちを払い
確かに、一面において、その指摘は当たっているだろう。
ここで私が命を落とし、また一人
でも、それが一体どうしたと言うのだろう?
ここで
むしろその状況が延々と続くのだから余計に
所詮、私たちは生きている限り
誰も彼も、どんな職業で、何を趣味とし、どんな生活をしようとも、私たちは否応なく経済活動の一端を担うことになる。
そんなことと比べたら、一時的に客引きのための広告として使われることくらいどうと言うことはない。
私は人混みでごった返すエントランスを真っ直ぐに突っ切り、奥へと向かった。
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