悪人の最期

「本能を消す? 逆だろ。本能のおもむくまでにだろ。このゲーム自体がリスクの塊。矛盾だらけだな」


『君の言う通りかもしれん。退屈が消せるならワシは何でもやろうと思った』


「オレは悪人だが、ちいせえ悪人。人殺しなんでできやしない。どうだい、金に目がくらんだ人間が死ぬのを見るのは? 興奮したか?」


 小屋に入ったころの精悍せいかんな顔立ちは消え、その笑みには悪意が満ちていた。


『ワシは単なる人殺しじゃないと言っただろう!』


「自分の意志で来てるから死んでもいいってわけか?」


『違う! ワシも命を張っておるんじゃ!』


「!?」


 男性は、老人の言葉の意味が理解できなかった。


『ここに来た連中は、金塊を手に入れられなければ死ぬ。しかし、連中が金塊を手に入れた瞬間、ワシの機械は停止する。そのような仕掛けになっておるんじゃ』


 男性は老人の言葉を頭の中で反芻した。その意味が理解できると思わず笑いが湧き上がってきた。


「ハハハ、二者択一のロシアンルーレットをやっていたってわけか! 傑作だ! でも、信じられんな。二分の一の確率で百人に連続で勝つなんてあり得ねえ。悪夢だな」


『ワシにも理由がわからん』


「死にたいなら、自分で電源を落とせばいいだろ」


『自死は退屈しのぎにならない……と、当初は思っていてな。金塊の扉を開けることでしか電源が停止しないような仕掛けにしてしもうた』


「ハハ……不自由ない生活を手に入れた結果、死ぬこともままならなくなったってか。何かの呪いだな」

 

 小説家と嘘を言っていた男性だが、本物の小説家がこの話を聞いたら一冊書けそうな気がしていた。


『これ以上だ。もう語ることはない』


 若い男性は、大きく深呼吸をした。


「随分、楽しませてもらった。では、扉を選ばせてもらおうかな」


 組んでいた足を解き、両手で膝をパンと叩いてから立ち上がった。


「ところで、扉を開けるといきなり金塊があるのか?」


『いいや。どちらも、狭い部屋になっている。金塊がないと分かって、逃げられても困るからな。中に入って扉を閉める。正解なら奧の壁が上がって金塊とご対面。不正解だと床が抜けて待っ逆さまじゃ』


「ふー、怖い怖い」


 若い男性には怯えている様子はない。よほど自信があるのか、恐怖にうとい性格なのかのどちらかだろう。


『ところで……君に一つ頼まれて欲しいことがある』


「急にどうした? 頼みごとなんて」


『どちらの扉を選ぶか決めているのかな?』


「信号と同じ。赤は危険だ止まれ、青は安全で進めだ」


『悪人でも交通ルールは守るか。でも、死ぬぞ』


「何だと!?」


『君に終わらせて欲しいのだ。金塊は赤い扉、情熱の赤の向こうにある』


「……」


 男性は混乱した。信じていいものか? 老人の話の流れからは、このゲームを終わらせたいように思えた。それならば、金塊を選ばせることもあり得る。しかし、信じるに足りる材料はない。


「ありがとう。決めたよ」


 男性は、ゆっくりと扉の方へと向かった。


 そして、青い扉に手を掛けて開けた。


『お……おい!』


 老人の声には焦りが見えた。


「悪人の言うことなんて信じるか!!」


 男性は青い扉の中に入り、後ろ手に閉めた。


 数秒後……。


 小屋の中に叫びが響いた。苦悩、悶絶が混じった絶叫。


 その声は数分続いて、途絶えた。


 小屋の裸電球が消えた。そして、ザザ……と、小さな雑音とともに、スピーカの電源がオフになった。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る