悪人たち

『それも、数年で飽きてしもうた。女性と付き合う気がなくなったんじゃ。その結果、ワシは金だけじゃなく、女性というリスクも取り除くことができた』


「じゃあ、もうリスクなんてないんじゃないのか?」


『いいや。その後、ワシの精神はどんどん病んで行った』


『外に出るとリスクだらけだ。交差点に車が突っ込んでくるかもしれない。工事現場で鉄骨が倒れてくることもある。そう思うと、外出ができんようになった』


「そんなこと気にしてたら、生きていけんだろ」


『金はあるので、大学は辞めた。たいていの物は、配達してもらえば生きていけた。しかし、ワシの体は弱っていったんじゃ』


「家で、運動しろよ」


『そこで、ワシは更なるリスクを認識した。「寿命」じゃよ。体が弱れば死ぬ。いくら運動をしても、年をとればいつかは死ぬ。ワシはこのリスクに怯えるようになった』


「なかなか、面白いが、この部屋の仕掛けにどうつながるんだ?」


『まあ、焦るな。分かるように話してやる』


 男性は組んでいた足を一度、ほどいて、改めて逆の足を組んだ。


「不老不死の薬でも作ったのか?」


『鋭いな。でも薬じゃない。コンピュータに意識を移動させたのじゃよ』


 この言葉には、さすがの男性も目を丸くして驚きの表情を見せた。


「じゃあ、オレはコンピュータと話しているのか!?」


『まあ、そういうことだ。本体はその小屋にはないが』


「遠くの安全な場所にあるってわけか」


 男性は半信半疑だった。しかし、作り話だとしてもおもしろいので、もう少し付き合うことにした。


『二十代後半で大金を得たワシは、研究に取りかかった。山奥に研究所を作り、ひたすら研究をした。金には苦労せんかったので、高価な装置を揃えることができた』


「噓くせえな。それで?」


『三十年。それが、装置が完成するまでに掛かった年月じゃ』


「根気のいいことだな。で、その装置に乗り移ったのか?」


『完成したときは歓喜したが、すぐに意識は移さんかった。装置の置き場所を慎重に選んだ。電源が何重にも確保できて、地盤が強く、人が来ない場所。見つけるだけで数年掛かったがな』


「じゃあ、場所は秘密ってことだな。まあ、聞く気もないが」


『装置を設置したワシは、早速、自分の意識を移した。何ともいい気分だったな、最初は……』


 若い男性は、ニッと笑った。


「何となく、話が見えて来たぜ。このゲームとの繋がりがな!」


『一年が経ったころじゃった。ふと思った……何にもないと。喜びも悲しみも、苦悩も何もなくなっていた。そのとき初めて気が付いたのじゃ』


 老人は一呼吸をおいて続けた。


『最後のリスクは『人の心』だって』


「ハハハハハ! よほどの馬鹿だな。考えればすぐにわかるだろ。そんな生活、楽しいはずがないって!」


 しばらくの無言のあと、老人は続けた。


『君の言う通りじゃ』


「爺さん、教えてやろう。そのリスクは正確には『人の心』じゃねえ。『本能』だよ!」


『本能?』


「人間は闘争本能ってもんがある。金がなきゃ、戦って手に入れる。手には入れば喜び、手に入らなければ悲しむ。そうじゃなきゃ、生きてる実感なんてねえ」


『……』


 老人は黙ってしまった。男性はさらに追い打ちをかける。


「……で、退屈しのぎにこのデスゲームを始めたってか。繋がったぜ。オレも悪人だが、アンタはもっと悪人だな!」


 若い男性はうれしそうだ。この世に命のやり取りほどスリリングなものはない、とでも言いたそうだ。


『そう。ワシは、君が言う本能を消すためにこのゲームを始めた』

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