第八話 アタシは悩める猫

窓が開いてる!

 アタシの名前は『あんず』。飼われ猫、メス。


 今、とっても悩んでいるの。


 家族はバタバタと学校やら仕事やらで出て行って、誰もいない。


 いつもなら、ソファーでお昼寝を始める頃。


 冬は、日の当たるソファーがいちばん暖かい。


 今日も「さあ、お昼寝!」って思ったらいつもと様子が違う。


 何だか肌寒い感じ。あれ、カーテンが揺れてる?? そう思って、ダイニングの大きな窓に近寄った。


 すると……なんと! 窓が開いている。横にスライドさせる大きな窓。


 その窓が、頭が入るくらいの幅だけ開いている。


 きっと、ママさんが閉め忘れたのね。


 これは、ダメでしょ!! 


 だって、庭に出られるじゃない!!


 郊外の住宅地にあるお宅。アタシは家猫。外には出られない。


 外に出られるのは二階のベランダだけ。手すりから身を乗り出して見る外の世界が、アタシが知る最も遠い世界。


 そんなわけで、庭に出たことはない。鳥が庭の木にとまっているのを窓越しに見るだけ。


 鳥に飛びついて捕まえたい衝動が起こるけど、遠くから眺めて、フーってうなるのがせいぜい。


 それが、今……ほんの一歩、進めば庭に出られる!



 ここで少し、ご家族の話をしましょう。


 このお宅の家族は三人。アタシも入れて四人、いいや、三人と一匹。


 パパさんと、ママさんと幼稚園の息子さん。みんな仲良しだ。


 朝、一番に起きてくるのはママさんだ。雨戸を上げてから朝ごはんの支度を始める。


 次に起きて来るのは幼稚園の息子さん。眠そうな目をこすり、あくびをしながら「おはよー」って言う。


 最後に起きてくるのがパパさんだ。どうも朝が弱いらしく、ギリギリまで寝ている。


 いつも慌ただしく起きてきて、用意されたトーストを急いで食べる。


 ママさんにいつも「もっと、余裕をもって起きたら?」と言われている。


 トーストを食べたパパさんは、部屋でスーツに着替えて再びダイニングに現れる。そして、「バタバタでごめんね」と言って、最初に出て行く。


 ママさんの言う通り、あと十分早く起きると余裕が出来るのにね。


 息子さんは食べるのがゆっくり。パパさんが出て行ったあと、おしゃべりしながらママさんと朝ごはん。


 このとき、アタシにも美味しいおやつをくれるの。


 「あら、もうこんな時間」とママさんは、息子さんを着替えさせる。


 それから、幼稚園のバスが来る場所まで送って行く。二人で出て行って、五分くらいしたら帰ってくる。


 それから、ママさんは自分の支度する。パートのお仕事に出かけるため。


 支度が終わると、いつも戸締りを確認する。


 そして、「行ってくるね。あんずちゃん」とアタシの頭を軽くなでてからお出かけするの。


 毎日、そんな感じなのだけど、今日は少し違っていた。


 息子さんを送りに行ってから、五分たっても帰ってこない。帰ってくるまで十五分くらい掛かっていたっけ。


 戻ってきたママさんは焦っていた。


「お友達のママといっぱいしゃべり過ぎちゃった」


 と独り言。急いで準備をした。そして、戸締りの確認をせずに出かけてしまったの。


 もし、いつものように戸締りの確認をしていたら、窓が少し開いていることに気が付いたはず。朝、雨戸を開けた時に閉め忘れた上に、しゃべり過ぎたことが重なったのね。


 そんな、こんなで、今、アタシの目の前の扉……いいや、窓が開いているってわけ。


 チュチュチュチュ……。


 鳥だ! 庭の木に鳥がとまっている。


 ああ、飛び掛かりたい! 窓から、新鮮な空気が流れ込んでくる。


 一歩、二歩……ちょっと踏み出せば外!


 出たい気持ちは大きくなるけれど、出ちゃいけないって気持ちも起こってくる。


 それは、もしかしたら、アタシがここに来た経緯に関係するのかもしれない。


 アタシがこのおうちに来たのはちょうど、一年前の冬。ちょうど、今と同じように寒い頃だった。

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